政府はタイ、フィリピンなどから看護師・介護福祉士を受け入れ、外国人に閉ざされている門戸を開放する検討に入ったとの報道が本日の日経1面を飾りました。また、ヤフー記事によれば、既に全国12の病院や介護施設などが、外国人の看護師や介護士の受け入れを認めるよう求めているとのことです。日経紙面を読む限りでは、東南アジア各国と自由貿易協定を結ぶ上で、しぶしぶ譲歩して、看護師・介護福祉士を受け入れざるを得ないとのニュアンスが伝わってきます。
基本的には私はこの動きに賛成です。理由は、第一に看護・介護分野で将来的に予測される深刻な人材不足が解消されること、第二にライフスタイルの変化により出生率の回復は望めず、経済成長の達成・年金財政の健全化のためには移民の受け入れしか選択肢が残っていないことが、賛成の理由です。
しかし、日本の長期的な展望なくして、交渉のカードとして労働者を受け入れていくというのは、問題があると思います。日本はこれから移民とともに成長していく国家を目指すのか、それとも経済成長は放棄し、あくまでも日本民族を主体とした国を維持するのか、その根本的な議論なくして、労働市場をなし崩し的に開放していけば、必ずその歪みが将来現れることが目に見えているからです。
移民を受け入れるには覚悟が入ります。治安が悪化するかもしれないし、文化的にも変化が加速するかもしれません。また、日本の高齢者・障害者のお世話をしていただく方々なのですから、受け入れる側として彼等が日本社会に適合できるための支援を全面的にし、彼等に対する精神的なケアや言語面でのサポートについても万全でなければなりません。
中曽根元首相は何度となく「小泉には哲学がない」と小言を言い、私もその通りだと思うのですが、この問題については、確たる哲学なしで対処するのはあまりに危険だといえるでしょう。