本日はネット上にはアップされていない記事で、私の興味をそそる、ワンセンテンスを目にしたので、それについて考えてみたいと思います。
本日の日経朝刊の3ページにみずほコーポレート銀行頭取の斉藤宏氏へのインタビューが、「月曜経済観測」に記載されていました。企業の資金繰りに関する話題の中で、斉藤氏は以下の発言をされました。「ここ何年か、有利子負債返済で企業価値を高め、株価を上げる動きが、企業の一種の”信仰”だった。」さて、この斉藤氏の指摘する「信仰」について、掘り下げて考えてみたいと思います。
まず、負債と企業価値の関係を説明する2つの代表的な理論を紹介したいと思います。
①MM理論
第一の理論はモジリアーニとミラーが展開したMM理論です。大変難しい理論ですが、大雑把に言えば、「負債を増やせば増やすほど支払利息による節税メリットのため、企業価値が増加する」というものです。つまり、利益を出せば国に税金を取られてしまうけど、負債で利息を払っていればその分、税金額が節約できるから、企業の価値は増加するという理屈です。そして、その節税メリット額は下の計算式で計算できます。
節税メリットによる企業価値増加額 = 負債額面 × 税率(法人税)
負債額が1億円の企業があり、税率を40%とするとすると、その企業の節税メリットのよる企業価値の増加は4,000万円ということになります。
②企業評価(Valuation)の理論
第二はアメリカのMBAで使われるマッキンゼーの企業価値評価に関する理論です。同著によれば、企業価値というのは、以下のような要素に分解できます。
企業価値 = 事業価値 + 非事業用資産の価値(資産サイド)
= 負債価値 + 株主価値(負債サイド)
上の式によれば、企業価値を増加させるには3つの方法があることが分かります。資産サイドからのアプローチとしては(A)事業の魅力を高めること(B)遊休土地等の非事業用資産を有効活用することが、企業価値を高める戦略となります。一方、資産サイドが一定であるならば、負債サイドからアプローチして、(C)負債を削減することが、企業価値は同じであっても、株主価値を増加させることにつながります。
さて、斉藤氏の発言と上記2つの理論を比べてみると、斉藤氏の言う企業の「信仰」は②の理論に基づいていることがわかります。ただ、負債を返済しても「企業価値」自体は高まることはなく「株主価値」が高まるのであって、これは斉藤氏が定義を曖昧にしているのか、新聞記者の理解不足によるものであるかは定かではありません。
では、②の理論に基づけば、負債返済は株主価値を高めるのかといえば、実はそうではありません。これについては本家マッキンゼーの本田桂子氏の記事がネット上にありますので、そのまま引用させていただきます。
『一定の企業価値を出しつつ有利子負債額を減らすことは、実際的には意味がないことも多い。必要資金額が変わらないとすると、資金調達の構成を変えるということになる。これは、有利子負債を返済する分、増資をすることを意味するが、重要なことは、支払利息は損金参入できるのに対して、配当金は損金参入できないということである。このため、税務上のデメリットを被る可能性があり、有利子負債を減らしても必ずしも、株主価値創造につながらなくなるわけである。』(引用終)
このように、本家マッキンゼーの方が、負債を減らすことは必ずしも株主価値の向上につながらない、とはっきり述べています。このような理論的背景をバックにして、斉藤氏の発言があるのだと思われます。
実際に、企業がなぜ負債返済を急いだかといえば、一つには、こうした財務理論を理解していないという可能性も十分に考えられます。ただ、日本の企業の財務担当者は優秀な方が多く、そういうことを考えると、やはり今までの景気低迷の影響が大きいと思われます。つまり、「節税」できるほどの利益を継続的に稼ぎ出す自信がなかったり、負債を抱えて倒産してしまう、そういうマイナスの側面からのみ負債をとらえていたことが、負債の「過剰返済」につながったのでしょう。