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2005年07月01日

私が摩邪の登場を心待ちにするに至った理由を考えてみる。

出先から帰ってきて、かなり疲れているのに、なぜか執筆欲は冷めることを知りません。金曜の夜だというのに、一人パソコンに向かって、ひたすら書く書く・・・こういう日もあるのです。書きたければ、ひたすら書けばよいだけです。
少し古い話ですが、6月18日オンエアのエンタの神様をご覧になられたでしょうか?その日、CM明け後に登場したのは、本日のメインテーマである摩邪と友近でした。CM明けに登場するということは、CM前に登場を告知して視聴者をテレビの前に釘付けにしておく狙いがあるため、二人ともそれなりの地位を築き上げたということです。摩邪を語る前に友近のネタに触れておくと、その日の友近のネタは正に圧巻という他ありませんでした。ベテランの声優になりきるというのは彼女によくあるパターンですが、今回なりきるのは「声優」だったため、なりきるネタの中でも芸が完成されており(外人の料理番組の吹き替え、地方のイカ船のCMの吹き替え等)、正に一粒で二度おいしいどころか十度おいしいくらいの出来映えでした。
摩邪を始めて知ったのは、今年のお正月のことです。初めて彼女を見た印象は「イタイ奴」といったところでしょうか。なぜ、イタイと思ったかといえば、奇抜ないでたちの割には、ネタがマトモすぎてオヤジの愚痴を聞いているような印象を受けたからです。ところが、6月18日のオンエアでは摩邪の登場を誰よりも心待ちにしていたのは私だったのかもしれません。この半年で、なぜ私は摩邪ファンなんぞになってしまったのでしょうか?
私が摩邪のネタを聞いて連想するのは、春日三球・照代の地下鉄漫才です。両者の共通点は①誰もが首をかしげることを②分かりやすく伝えることで③安堵の笑いを誘うという点です。同様の路線を狙う芸人は多くいますが、それは決して万人に対して分かりやすくはなく、また安堵をもたらす類のものではありません(あるあるネタ系のレギュラー、あべこうじ等)。6月18日はたまたま私の母も横で見ていたのですが、恐らく初めて見た摩邪を見て、「面白いわね~、この人」と言っていました。あのイデタチに生理的な拒否感さえ覚えなければ、摩邪はかなり年配の方にも受け入れられるポテンシャルを持ち合わせているのではないかと思います。
摩邪の登場を待ち望むに至ったのは、私自身が「破壊の笑い」「奇抜な笑い」から「安堵の笑い」を求める境地に達したからかもしれません。ただ、摩邪の面白さは、他にも「落差があまりにも大きい演じ分け」といったところにもあり、安堵感だけで春日三球・照代と並べるのは、可哀想かもしれません。また、最近はみなぎる自信がブラウン管を通して伝わってきて、少しずつ新しいことにチャレンジする姿勢も伺えます。このままスター街道を突っ走って、「はぁ?」で今年の流行語大賞をゲットしてもらいたいものです。
老婆心ながら心配なのは、その後どうやってテレビの世界で生きていくかということ。先日、テレビのチャンネルをパチパチ変えていたら、ギター侍の衣装を着ていない波田陽区らしき人を見かけました。波田陽区からあの衣装を取り去ると、アイデンティティの確認すら覚束なくなってしまう有様なのです。摩邪もいつまでもあのイデタチという訳には、問屋がおろさないでしょう。でも、とりあえず、今年いっぱいは乗り切れそうなので、今年はこのまま大暴れしてもらいたいものです!!

Posted by Ken Kodama at 2005年07月01日 22:27
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