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2005年07月23日

11日間の空白で得たもの

11日間もの間のブログ更新の空白・・・この間私は断食をしていた、といっても真実からはそう遠くはない。

7月12日の朝、毎朝のことながら「今日はどの記事を料理しようか」と思案しながら日経新聞をちらちら見ながら朝食をとった直後、強烈な嘔吐感に見舞われる。その嘔吐は2時間経過後も止むことはなく、脂汗にまみれながらもだえ苦しみ、遂には救急車を呼ぶという決断に迫られ、私の11日間の入院生活が開始する。
最初の7日間は点滴投与により食事を一切絶たれることとなるが、入院2日目にして嘔吐の苦しみからは逃れられることとなり、その後私は「病院」というものの問題、そしてその背後に控える「家庭」の問題をつぶさに観察することとなる。
私は内科病棟に入院したため、周りは高齢の患者の方が多く、老人医療の現場を目の当たりにすることになる。介護問題に対しては、当初より関心があり、山井和則氏著の『こんな介護施設を選びなさい』等の著作から、介護の現場を推し量る他なかったのだが、現場ははるかに壮絶であった。徘徊老人の手足を縛る「身体拘束」については、同著作の影響も受け、私は批判的であった。しかし、同じ病院内の近くの病室に尿を撒き散らしながら徘徊する老人がいた場合、治療のために入院する側としては、「身体拘束」は安眠を得るための保証をも意味するのである。
それでも「人間的な」介護を追及し「身体拘束」との決別を試みようとするのであれば、高コストという難問につきあたる。「しばらない」介護・医療を実現するためには、まだまだ知恵を振り絞らねばなるまい。

さらに、私が目にしたのは、いわゆる「独居老人」の生活である。入院患者は見舞客の多いものと、そうでないものに二分される。当然、その差を分けるのは家族がいるかいないかであるのだが、結婚していない私にとっても、他人事の問題ではない。
国民生活白書はかつて、独身者の増加をとりあげたが、若き「独身貴族」はいつかは「独居老人」へと移行するのである。日本という国家には、独居老人に対する問題意識が欠落している。
退院後に特別養護老人ホームへの入居を希望する患者の方がいたが、介護の必要のないものが特養に入居するのは難しい。かといって、独居で生活をすれば、確実に要介護度が高まることは事実である。健康な独居老人が集合生活する場、いわゆるグループリビングという生活形態が様々な面から考えて有効であるのに、いまだグループリビングは試験的な段階に止まったものである。

第三は、私個人というミクロの視点で。この病気のおかげで、私のささやかな楽しみであった「飲食」は大きく制限を受けることとなる。ここで思い出すのは私が敬愛するスティービー・ワンダーの軌跡である。彼が生まれて間もなく、視力を奪われてしまったことはあまりにも有名だが、1973年の名作Innervisions発表直後の交通事故により、彼は味覚と嗅覚までも失うこととなる。これは神様が「もっと音楽(聴覚)に専念しなさい」と与えた試練であったのかもしれない。なぜなら、翌年の"Fulfillingness First Finale"そして1976年の"Songs in the Key of Life”というR&Bという枠を取り去った名作を立て続けにStevieは発表することとなるからである。さらに商業的には成功しなかったものの、1979年の「サントラ」である"Journey through the Life of Secret Plants"は、これは21世紀の今聞いても未だに追いついていけない時代感覚を先取りした未来の音楽の集大成である(西城秀樹の「愛の園」の原曲も収録されています。)
酒を奪われ、油モノを奪われた今、私に残されているのは仕事のみ。今まで以上に集中して、社会のために貢献できる仕事を追及していきたい。

なお、入院中に二つ嬉しいことがあった。一つはサイトのリピーターの訪問者数のカウントがほとんど落ちていなかった、というよりむしろ増えていたこと。更新がない間もサイトに訪れてくれた方に心からお礼を申し上げたい。もう一つは雑誌WEDGEで、私のコメントを取り上げていただいたこと。恐らくは雑誌を見て当サイトにアクセスしていただいた方もいるようである。同誌8月号の『ファンドに豹変する証券会社が企業に弊害をもたらす』という記事でコメントさせていただいているので、ご興味のある方は、駅売店でWEDGEをお求めいただきたい。

入院生活を経て、いつなにが起こるかわからないということを深く思い知るにいたった。そのため、少しでも時間を有効活用するため、当ブログは冗長な「ですます調」を改めさせていただくことをご了承いただきたい。また内容についても、「サルでも分かる○○」的なものは、反応を見ながら減らしていくつもりである。逆境は私をますます強くする。そんな決意文で本日は失礼させていただくこととする。

Posted by Ken Kodama at 2005年07月23日 18:09
Comments

やすゆき様

お久しぶりです!介護の現場にも比較的近かったとは、なかなか広いキャリアをお持ちですね。『「サルでも分かる○○」的なもの』については、「分かりやすい解説」では、なんらかの提言をすることに比べて意義が低いのではないかと考えてのことですが、やすゆきさんをはじめ他の方々が当サイトの「解説」に意義を感じていただいているのであれば、やはり残していきたいと思います。本日のエントリーも、その趣旨に沿ったものとしましたので、またお時間があるとき、お立ち寄り下さい。

Posted by: 児玉 at 2005年07月25日 17:02

児玉殿、お久しぶりです。このたびは大変でしたね。
介護>
(辞めた仕事ですが)昔、業者として特養に出入りをしてたことがあるのです。もちろん現場は大変で、だから介護士さんの定着率も悪いのです。ほとんど死んだように動かないおばあちゃんと、杖を振り回して歩き回り周りに喧嘩をうってるおばあちゃんが同居するのですから、大変なのも当然ですね。

文体>
自分にとって楽な書き方、があるようです。私も「ですます調」をやめると楽な感じがしました。ごくわずかに「ですます調」が混じりますけれども。

「サルでも分かる○○」的なもの>
経済の基本が解ってない自分にとっては、有り難い記事なのでなるべくなら残しておいて欲しいのです。が、それが負担になってしまうのも本末転倒ですね。「これだけは言っておかなければ」と言う話だけ採り上げて頂ければ嬉しいです。

ご自愛ください。失礼致します。

Posted by: やすゆき at 2005年07月24日 00:00
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