昨日の組閣記念撮影を見て、なぜか思い浮かんだ宮崎駿アニメの一節。
『飛べない豚はただの豚だ。』
・・・???そっか、あれは『紅の豚』でしたね。こちらは素敵なブルーの・・・
私の執筆しているもう一方のブログで先日ホンダの決算について書いてみました。数字という客観的なものを相手にしながら、なぜ様々な解釈が出てくるのか、という観点から考察してみましたので、ご興味のある方は是非ご一読下さい。
今日は、全くビジネスの話題から外れて、私がこのブログを書くプロセスについてお話してみたいと思います。私の執筆は、まず朝の電車の中で新聞を読むところからはじまります。そして目ぼしい記事を見つけると、それをどう料理しようか考えます。そして、大まかな構成が頭に浮かんだら、一時間くらいで一気にダダダと打ち込みます。
「この程度の文章に一時間もかけてるのか」「一時間しかかけていない割りには上出来だ」など色々なご感想があろうかと思いますが、私は自画自賛タイプの人間なので、自分で読み返してみると、我ながら「よくあの短い時間でこれだけのモノが書けたな」と思うことの方が多いのです。確かに限られた時間で執筆するため、推敲が不十分で、分かりにくい表現や誤字脱字が多い点は否めませんが、私が自分でも関心するのは独自のユニークな着眼点を、これほど継続的に表出し続けているという点です。そして、白状すると、実は私は自分の「創造」のプロセスがよく分からないのです。
私は「天才」では決してありませんが、昔から「天才肌」の人間であることは自覚していました。どういうことかというと、例えばアンダーセン・コンサルティング在籍時代は業務改革を担当していたのですが、新業務を設計するにあたって、私の同僚はファクトをベースにロジックを積み重ねてソリューションを提案していましたが、私の場合ロジックは後付けで、ソリューションは電撃的にひらめくことが多く、自分ではこの状態を「神が舞い降りた」と表現していました(笑)。しかしイタコのように神が舞い降りるのを待っていたのでは、「納期」という問題もあるため、「ロジック」を積み上げて解にたどりつく手法も習得したのですが、そうして得られたソリューションは「神が舞い降りた」ときのソリューションに比べて、かなり不恰好に見えることは否めません。恐らくは私は「直観タイプ」の人間なのでしょうが、この直観がどのようなメカニズムで機能しているのか、私には全く分かりません。ですから、創造のプロセスをコントロールすることなど、私には到底不可能なことです。
なぜ、こんなカミングアウトもどきを書く気になったのかというと、先日胆嚢を摘出して以来、なんだか「以前ほど神が舞い降りなくなった」気がするんですね(笑)。実は私の胆石は7つも出てきたのです、親指の爪くらいの直径1.5センチくらいの奴が!!!ブラピとモーガン・フリーマンの『セブン』を見た方はご存知でしょうが、私は7という象徴的な数字と私の胆石の数を結びつけ、私の中の7つの大罪(高慢、嫉妬、憤怒、怠惰、強欲、暴食、色欲)が取り除かれたのだ、とオペ体験をとらえることにしていたのです。でも、術後約10日を経て感じるのは、どちらかといえば負の面が多いのですよ。ま、傷もまだ完全にくっついてはいないので、疲れているからだとは思うのですが、今日も新聞記事を見ても電撃的なひらめきが舞い降りなかったため、こんな告白もどきのエントリーにしてみたという次第です。
もし、今後このブログが急速につまらなくなるということがあれば、私は胆石とともに創造力を失ってしまったということです(笑)。そうなっても哀れな男の末路を見届るために、時々ブログを覗いていただけると嬉しいです。