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2005年12月30日

本田宗一郎の哲学、そして私がたどった軌跡

当ブログへのアクセス数から類推するに、28日が仕事納めの方が多かったようです。年内に当ブログに来訪される方はあまりいないことと思いますが、年末を締めくくるエントリーは、「リーダーシップ」がらみのものとしたいと思います。本日、私が取り上げるのは本田宗一郎氏の『私の手が語る』と題した著作です。以下の文章を読んだとき、私はハッとさせられました。

(引用始)
『人を動かすことができる人は、他人の気持ちになることができる人である。相手が少人数でも、あるいは多くの人びとであっても、その人たちの気持ちになりうる人でなければならない。
そのかわり、他人の気持ちになれる人というのは自分が悩む。自分が悩まない人は、他人を動かすことができない。私はそう思っている。自分が悩んだことのない人は、まず、人を動かすできない。』
(引用終)
(講談社文庫版、24ページより)

前段の文章はすんなりと受け容れられることと思いますが、後段の根拠は何なのでしょう?なぜ、「自分が悩んだことのない人は、まず、人を動かすできない。」とまで言い切れるのでしょうか?その理由は同著作の別の場所に記載されています。

(引用始)
『こちらが望んでいること、こうやりたいと欲していることをスムーズに受けいれてもらうためには、まず、先方の心を知らねばならない。相手の気持ちを知って、相手が理解しやすいようにもっていかなければ、心からの協力は求められないからである。
そのためには、相手の立場に自分を置き換えたものの見方、考え方をすることが大切だろう。
(引用終)
(講談社文庫版、43ページより、強調は私の判断)

①人を動かすためには、②相手の気持ちを知ることが必要であり、そのためには③自分自身が悩んで、相手の立場にたって物事を考えねばならない。実に深い人間の洞察に基づいた文章ですが、なぜ、私がこの文章を読んでハッとしたかと言うと、これは、EQの概念の提唱者として知られるダニエル・ゴールマン氏等が著した『EQリーダーシップ』の結論の一部と重なるからです。同著においては、リーダーシップに不可欠な感情面でのコンピテンシーを以下の4つ掲げています。

①自己認識
②自己管理
③社会認識
④人間関係の管理

それぞれのコンピテンシーについて、簡単に説明すると、①の自己認識とは文字通り、己の感情を読み取るということです。そして②の自己管理とは、己の感情や衝動をコントロールするということです。③の社会認識とは、他者の感情を察知したり、組織の政治力学を読み取るというこです。そして、最後の④の人間関係の管理とは、モチベーションを与えたり、説得により影響を与えたり、人材を育成したり、チームビルディングを行ったりすることです。
④の「人間関係の管理」には、「モチベーション」、「人材育成」、「チームビルディング」といった、ハーバード・ビジネス・レビューのテーマにもなったりする、きらびやかな用語が満載されています。ですから、「リーダーシップ」というテーマに少しでも関心がある人が、まず関心を持つのは④の「人間関係の管理」というコンピテンシーでしょう。
しかし、『EQリーダーシップ』においては、これらのコンピテンシーを身につけるには順番があると説いています。④の「人間関係の管理」を身につけるには、その前に②の「自己管理」と③の「社会認識」のコンピテンシーを身につける必要があり、その二つのコンピテンシーを身につけるには、①の「自己認識」のコンピテンシーが必要となるというのです。
これは本田氏の考えた結論と、全く同じではありませんか!!こんなお堅い文章に頼らずとも、リーダーシップの本質に、ダニエル・ゴールマンが脚光を浴びる何十年も前に到達していたという点に、私はハッとさせられたというのです。
ですから、「リーダーシップ」などという、カッコつけたことを言う前に、自分を認識するということが非常に大切なのです。簡単なようでいて、自己認識に優れる方にお目にかかった経験は、私はあまりありません。あなたは、本当にあなたの中の、目をそむけたくなるような醜い本質と対峙できているのか?そんな問題意識を持って書き上げたのが、以下のエントリーです。

構造計算書偽装問題と『静かなリーダーシップ』

こうしてみると、聖書という2千年近くも前に書かれた書物にも、自己認識の大切さは説かれていたわけなのですが、その後の2千年の間に我々の文明は知識面でこそ大きな進歩を遂げたものの、感情面では、全くといっていいほど進歩を遂げていないわけです。

私の個人的な軌跡を申し上げれば、こちらのエントリーで書いた20代半ばに、知識関連のみならず、ヒューマンな部分が仕事に与えるインパクトに目覚め、その後自己流で研鑽を積んできました。そして、昨年頃から、人材アセスメントやリーダーシップ研修という仕事をいただくようになり、その蓄積を他の方におすそ分けするにまで至るようになったのです。
私のプロフィールや他のブログのエントリーを見ればお分かりいただけるように、私は財務系のキャリアを10年近く積んできましたが、ヒューマンな部分に焦点を充てたお仕事をするにいたっても、この経験は少しもマイナスになど作用せず、むしろ大きくプラスに影響しています。
その理由は、ヒューマンな部分の大切さをただ説くのでは宗教家と変わらず、そのようなアプローチをとっても、インテリジェンスの高い大企業の従業員の方は聴く耳をもってくれないからです。もっと、ぶっちゃけて言えば「馬鹿(に見える人)の言うことはきいてもらえない」ということです。
そんな、学歴社会とブランド信奉の申し子のような「傲慢さ」だけの、昔の私の分身のような方に出会ったとき、私はこんな接し方をします。「私は企業価値の概念も重要さもわかっているし、リアル・オプションやポートフォリオ理論といった概念からも企業経営を斬ることもできる。そんな私が、ヒューマンな部分の重要性を説いているわけです。真剣に聴いてくれますか?」もちろん露骨にこのような言葉で接すれば嫌味なだけですが(笑)、こうした態度でアプローチすることにより、相手にする方の多くは、真剣に私の言葉を受け止めて下さっています。
かつて、ヒューマンな部分を軽視し、アンバランスなまでに知識に偏重した自分に対する、確たる自己認識がある。だからこそ、私は大企業の人材育成という重責をお手伝いできるのです。
思えば不思議なものです。こんなキャリアの軌跡をたどることになるとは、10年前は夢にも考えていませんでした。財務やシステム以外の領域で、お仕事をいただいている今の私。しかし、とはいっても、財務やシステムの領域で切磋琢磨した10年がなければ今の私がないのは、先ほど申し上げた通りです。私は特定の宗教に帰依などしてはおりませんが、こうした軌跡をたどってきたことを考えると、なにか神々しいものに導かれたのではないかと、考えたくもなります。
年末ということで長くなりましたが、私のブログのコンテンツが今後どのような傾向をたどるのかは、私にも予想がつきません。自己研鑽がこのブログの主目的ではありますが、これが他の方にもなにかしらの意味を持つと信じているから、私は書き続けるわけなのです。今までも当ブログを読んで何かしらの収穫があったという方は、来年も是非引き続き来訪していただければ大変幸いです。
本年は、ご愛読をいただき大変ありがとうございました。よいお年をお迎え下さい。

Posted by Ken Kodama at 2005年12月30日 12:05
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