本日の日経新聞トップ記事は医療費の抑制案に関するもの。冒頭のグラフの横には、抑制案の大まかな内訳が記載されている。それによれば①診療報酬の引き下げ②患者の負担増③入院日数の短縮が三本柱のようである。このうち私が毎度「本当に効果があるの?」と疑問に思うのが「診療報酬の引き下げ」である。政府がコントロールができるのは、いわば「価格」にすぎない。一方で、ビジネスの基本中の基本として「価格」が外的な要因で下がってしまった場合、減収を補うために行うことは「量」を増やすことである。ということで、経営感覚の優れた病院(もちろん皮肉の表現だが)は「無駄な検査や投薬」を増加させる。これにより以下の負のスパイラルが形成される。
医療費の増加 → 診療報酬の切り下げ → 無駄な検査の増加 → 減らない医療費 → 診療報酬の切り下げ ・・・
上記の負のスパイラルに加えて、「良心的な医療機関から非良心的(よりビジネス的)な医療機関への所得移転」などという構図もできあがりつつあるのかもしれない。診療報酬の切り下げが、本当に良心的な医療機関の首を絞めているようなことがあるのならば、それは医療費抑制の根本的な解決策となっていないばかりか、医療の質の低下という極めて重大な副作用を産んでいるということになる。
コストを下げるために、単価を下げる、負担を増やす・・・これは心無き財務屋の発想である。そう、あの懐かしきAl "Chainsaw" Dunlapのような。私もかつて企業勤務していた頃は彼と似たところがあったことは認めねばならない。でも今は確実に違うといえる。
医療費の問題に立ち返れば、根本的に病気の発生を少なくするという発想は出てこないものなのであろうか?といっても、「健康に気をつかいなさい」「煙草は体に毒ですよ」という政府広報に頼ったところで、それはまた貴重な財源に浪費で終わることであろう。しかし、それを健康保険料とリンクさせればどうであろうか?イメージとしては民間では、生命保険料率が喫煙者と禁煙者の間で既に異なる料率が設定されており、それを公的な健康保険にも拡大しようというものである。喫煙/禁煙以外にも、定期健康診断の受診の有無、フィットネスクラブでの活動の有無、時間外労働時間数などを総合的にスコアリングして、予防活動への積極性を勘案した段階的な保険料率を設定することは十分実現可能であると思われる。介護保険においても予防給付へのシフトが謳われているようだが、65歳以上の介護保険料率を決定する際に所得のみによるのではなく、予防活動への関わりの度合いも考慮に入れるべきである。行動ファイナンスを持ち出すまでもないが、人間は経済的に合理的な判断ができない動物であり、損失回避のもとに我々の意思決定はなされる。「予防活動をすればアメをあげる」より「予防活動をしなければムチ」の方がはるかに効果があるのだ。また周知のように、健康保険料は被保険者と企業が半分ずつ負担するものである。従業員の健康に留意することがコスト減につながるのであれば、これほど素晴らしいことはない。
これはそれほど突飛な発想だとは思わない。同じ厚生労働省が管轄する労災保険にはメリット制なる制度がある。労災保険料率を過去の災害の発生率を勘案して決定するというもので、予防活動と保険料率は直接的にリンクしていないものの、メリット制の恩恵を享受しようとする企業は、必然的に職場の安全を真剣に考え、予防活動に従事するように動機付けられる。
もちろん、私のアイデアには「実現性」という観点から疑問を挙げればいくらでも挙げられる。「予防活動の有無をいかにして客観的に把握するのか」「事務が煩雑になる」「予防活動と疾病の間に科学的な因果関係はあるのか」などなどなど。しかし、このような「NOから入る発想」に凝り固まっていたのでは、なにも変わらない。また、別に私の案がベストなどとも毛頭考えてもいない。しかし、心無き「チェーンソー」財務屋の発想では、医療費の問題は根本的に解決しない。日本の医療費の問題を解決するには、なんらかの新たな発想を持ち込まねばならないということだけは、確実に言えるであろう。
heartcross様
洞察に富んだコメントをいただき深く感謝しております。
内容以外のことですが、書き込んでいただいたheartcross様のサイトのURLが、当方のサイトの不具合により反映されておりません。これは、以前私が膨大なコメントスパムに悩まされたときに「なにかやった」ことと関連があると思うのですが、「具体的になにをしたのか」覚えていないために復元できません(笑)。以下に貴サイトのURLを記載させていただきますが、記載に関して異議がありましたら、ご連絡下さい。
http://heartcross.cocolog-nifty.com/starcross/
>医師の特性として検査・治療の裁量権を堅持したい方向性もあり、これが医療の発展にも寄与する一方で、
こうした見方を教えていただけるのは、インタラクティブなブログの醍醐味です。患者にとっては「無意味」としか思えない検査が、長期的には医療の発展につながっているというのは、恥ずかしながらご指摘をうけるまで全く気付いておりませんでした。とはいえ、少子高齢化のピラミッドを考えると、現状のままではその「医療の発展」の恩恵に与れる人は限られてくるものの、コスト増は必至であるため、なんらかのガイドラインのようなものが必要となるのかもしれないですね。
>検診・予防・フィットネス・時間外労働関連は保険外の問題とされている傾向があります。企業の福利厚生の範囲内と考えられているのでしょう。
ご指摘に通りだと思います。でも、「保険」「保険外」「福利厚生」「医療」・・・といった分類は何なのかとも思うのです。確かに「保険」と「保険外」を明確に峻別すべき必要性は私も痛切に認識しますが、「25年先の医療費」などという問題を考えるにあたっては、こうした垣根を取り去った柔軟な思考が必要なのではないかと考えます。
今後もお時間のある際にお気軽にコメントしていただけると幸いです。
Posted by: 児玉 at 2006年01月12日 12:46今回も大変刺激的なブログを拝見させていただきました。
患者負担増は一過性の医療費抑制効果しかないことは確かですが、診療報酬の引き下げは「?」かもしれません。保険経済は完全な市場経済と異なりpseudomarketとされているので、純粋に「価格」x「量」のみでは考えられない面もあると思われます。理論的には「価格」が下げれば「量」の維持に走るのは経営側の正しい判断かと思われます。しかし医師=経営者でない場合もあり、医師=経営者でも倫理観を堅持している医師もいます。ここに医療の非営利性を遵守しなければいけない理由もあるかと思われます。
また医師の特性として検査・治療の裁量権を堅持したい方向性もあり、これが医療の発展にも寄与する一方で、無駄な検査・治療が蔓延している理由にもなっているのではないでしょうか?医師の行動は複雑です。
「良心的な医療機関から非良心的な医療機関への所得移転」は現実的にあると思われます。医療の質が医療施設の外観・患者受けで判断されだしている傾向などはその一例かもしれません。
予防医療は重要だと声高に言われながらそのコストをペイする報酬が得られないためになかなか進んでいない実態もあります。ここから考えても報酬が割に合わない場合はその医療が進まず、医療費の削減もされるでしょうが、医療の質の低下、それどころかその医療が受けられない事態も想定されます。
検診・予防・フィットネス・時間外労働関連は保険外の問題とされている傾向があります。企業の福利厚生の範囲内と考えられているのでしょう。産業医の活躍の舞台でもあります。
取り留めないのですが、勝手なコメントをさせていただきました。