Yahoo!ニュースによれば、デーモン小暮が登場した昨日の相撲中継は素晴らしかったらしい。
(引用始)
『実況を務めた吉田賢アナウンサー(45)らは大真面目に「デーモン小暮閣下」と呼びかけ、「世を忍ぶ仮の姿の」と説明を加えるなど気を配った。』
(引用終)
いいんでないの、吉田アナ!NHKに求められているのは、みのもんたを無理矢理引っ張り込んだりすることではなく、この吉田堅アナウンサーのような「もてなし」なのだ、少なくとも私の中では。かつてナンシー関が、民放に出演すれば確実に「陵辱(りょうじょく)」されてしまうであろう、ニットの貴公子広瀬光治の、NHK教育テレビにおけるもてなされ方について書いていたが、民営化するしないに関わらず、この線を踏み外してしまっては、NHKはそのアイデンティティを失ってしまうことであろう。
と余談はさておき、本日の日経新聞はネタ的に今ひとつだったので、同じNHKが先週土曜の朝に放映していた『ブラバン』もののテレビ番組を見て思ったことをとりとめもなく書いてみたい。『ブラバン』とは、もちろん「ブラスバンド(吹奏楽)」の略だが、高校1・2年生のときにブラスバンドでトランペットを吹いていた私は、この手のテレビ番組があると、つい見入ってしまう。所ジョージの『笑ってコラえて』では、一つのコーナーとして定着しているようである。所ジョージの番組では高校生のブラバンが対象だが、NHKの番組ではなんと小学生のブラバンが取り上げられていた。しかも、驚異的に上手い子供がいた!見た方は分かるだろうが、あのトロンボーンを吹く6年生の男の子。彼に対して、指導する教師は「自分のことばかり考えるのではなく、他のメンバーの指導にも気を配りなさい」と説いており、その子はその教えに従って行動しようとしていた!!!なんだか、オジサン、見ていて自分が恥ずかしくなりました。
その番組に登場した教師についてはそれほど気にならなかったものの、所ジョージの番組に登場する多くの教師はいわゆる「カリスマ型」のタイプである。絶大なリーダーシップを発揮し、時には理不尽な要求を生徒に対して押し付け、理にかなう反論も受け付けようとしない。こうした一見「理」が不在のアプローチも、その根底には「勝つため」という一貫した論理が流れている。県大会、全国大会に出場してメダルを獲得する、そうした偉業を成し遂げるために、教師はカリスマとして君臨するのである。
視点を転じてビジネス界に目を向けてみよう。いまどき、カリスマ型のリーダーシップをふるっている経営者というのはごくごく少ない。ハーバードビジネスレビューの昨年9月の特集は「ファシリテーター型リーダーシップ」であり、このリーダーシップの類型はカリスマ型とは対極に位置する。私もリーダーシップ研修を担当するときは、「まず、自らにあったリーダーシップスタイルを習得することを考えて下さい」と説いている。「リーダー、それはカリスマ」というのは時代錯誤も甚だしい認識である。
別に「学校教育」を「ビジネス」の予行演習とせよなどと述べるつもりは毛頭ない。ただ気になるのはこうしたカリスマタイプの教師は、生徒に何を学んでほしいと考えて行動しているのか、その意図である。「実社会では厳しい上下関係があり、時には上司からの理不尽な命令に従う必要がある。『選別』という厳しい現実にも目を見開く必要がある。勝つためには。」なんだか『女王の教室』を思い出すが、それも一つの見解かもしれない。しかし、世の中の潮流にも目を配り、時流にあった教育を実践して欲しいという想いも強くある。そして私が言う「時流」とはビジネス界のみならず、もっと幅広いものを指す。「部活動」の本当の目的は「実際に勝つ」ことではなく、「そのプロセスで学ぶ」ことであるはずである。そうであるならば、もっと違うアプローチが採られるはず、という気もする。
企業研修の現場で、「あなたがリーダーです。リーダーとして説得して下さい。」というタイプの演習を与えれば多くの受講生はそつなくこなす。しかし、リーダーを定めぬままでタスクを与えると、彼等はメシアの誕生を待ち望む子羊の群へと変貌してしまう。その原型を学校教育に見た気がした、というのが私の率直な感想である。