ホリエモン。全くすごいというか、恐ろしい男である。自らの幕引きには、一時的ではあったが東証上場株の全面的な下落、はたまた東証システムの処理能力を上回る約定を創出し、そして本日誠に遺憾ながら関連者の自殺まで誘発してしまった。まさに「地獄に道連れ」。彼の本質を理解するには、彼のパーソナリティだけを見ようとしていては、「古き因習を打破してくれる改革者」みたいな誤った先入観を植えつけられる恐れがある。したがって、彼の繰り広げた「錬金術」、すなわち株式分割、MSCB等が真に意味するところも合わせて理解していなければならず、そこに彼の本質を知る手がかりがあったはずだ。人を見ることにかけては海千山千のはずの武部幹事長や経団連のお偉いさん方が、誤った判断をしてしまったのは、一重に後者の「錬金術」に対する理解不足ゆえである。幸いなことに、私には両方を見る目が備わっている。(と、勝手に自分で思い込んでいる。)今までのエントリーは後者の「錬金術」に焦点をあてたものであったが、本日は彼に対するレクイエムとして(なんていうとシンパの人に怒られてしまうかな?)「ヒト」としてのホリエモンに迫ってみたい。
以前、上記のようなエントリーを執筆した。エニアグラムというのは、人を九つのタイプに分類する手法であり、伝統的な心理学者の方からは疑問を投げかけられているようだが、私が人を知る手がかりを入手するためのツールとしては、まあまあよく機能していると思う。もちろん、個々の人間はオンリーワンの輝きを放つ存在ではあるが、分類して認識することも手がかりとしては有用である。ホリエモンが9つのタイプのどれに相当するかは、ネット上でも様々な議論が戦わされていたようだが、私はホリエモンと姉歯氏は同じタイプ3であると考える。が、これはあくまでも私の仮説にすぎないことはご承知おきたい。
タイプ3の主たる関心は「人から注目を集めること」である。しかし、自らの「感情」に上手くアクセスできないという特徴を持つために、他人の関心を集めるために行うのは、感情的なアプローチに頼るのではなく、何かを成し遂げてその成果を認めてもらうことによる。タイプ3の人々が健全なレベルにいるときには、大きな仕事を成し遂げ、周囲からは「仕事ができる人」として認めてもらえて、またときとして、多くの人の憧れの的となるロールモデルとして輝く存在となる。まさしく昨年のホリエモンである。
「感情」を上手く扱えないはずのタイプ3が、時として豊かな喜怒哀楽に満ちているように見えることがある。例えば、昨年ライブドアの株主総会で、ホリエモンが涙を見せたときのように。あるいは、選挙に立候補して、スクラムを組んで「エイ、エイ、オー!」みたいなことをやっているときに。しかし、これらの「感情の放出」に見えるかの事象は、実は他人の求めるものに合わせているにすぎず、株主が怒り謝罪を求めているから、涙を流したのであって、これは彼の本心とは繋がりをもたない行為である。
「想定内」という流行語もタイプ3の深層心理と密接に結びついている。タイプ3は自らを拒絶され自尊心を傷つけられることを極度に恐れる。そのために、自己を防衛しようと、尊大な態度をとり自分の方が優越的な立場にあることを誇示する。こうすることにより、球団オーナーとしての道が閉ざされたときも、ホリエモンの自尊心は守られる。なぜなら、「オッサン連中よりはるかにIQが高い俺様には、こうなることも想定内」だったのだから。
そして、不健全なタイプ3を襲うのが「欺瞞」である。自己の理想像と現実がかけ離れたとき、不健全なタイプ3は最も安直な方法、すなわち「欺瞞」によりそのギャップを埋めようとする。姉歯氏は構造計算書を偽装し、ホリエモンは粉飾決算に手を染めてしまった。
読者の方にも、多くのタイプ3がいると思う。しかし、たまたまこの二人が同じタイプなだけであって、「タイプ3=悪人」では決してない。だから、私があなた方を批判しているのでは決してないことを理解していただきたい。例えば、ヒューザーの小嶋社長は恐らくタイプ8であり、それぞれのタイプで「落ち方」は異なる。しかし、時代背景的に「タイプ3」の人に私が多少ではあるが、特別な関心を抱いているのも事実である。それぞれのタイプにはそれぞれの人格の成長のさせ方がある。これはあくまでも一つの例であるが、エニアグラム研究の権威であるリソとハドソンの著作に書かれていた事項で私が印象的だったのは、「タイプ3が人格的に成長する道の一つとして、自らが尊敬できる人と恋愛関係を結ぶことが有用である」という趣旨のことが書かれていたことである。
最近、当ブログのコンテンツには広がりがでてきたため、読者の方の関心は一様ではないと思うが、過去のエントリーの傾向からして、どちらかといえばファイナンス系の話題に興味を抱いていただいている方が多いと思う。それが、自己のキャリアのためなのか、自己の資産運用のためなのかは動機は異なろうが、自らの精神的な成長なくしての金銭的な成功は、ホリエモンという極端な例を見れば分かるように、無意味とすらいえる。両者を同時に追及することが重要なのであり、もし両者の利害が対立することがあれば、精神的な成長を優先させねばならない。ホリエモンの人生から、我々が学ぶべき最も大切なことは、そこにあると思う。