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2006年05月18日

『村上世彰氏』を考える

先日、村上ファンドをネタに執筆したら、アクセスを頂いた方の数が最近の通常時の1.5倍くらいに跳ね上がった。なんらかのRSSリーダーに登録いただいて、興味のあるネタがあるときのみアクセスいただくという慣習が、読者の方の間に根付いてきているようである。やはり、当初このブログをスタートしたときは、「この手」のネタが多かったためか、当ブログを愛読いただいている方も「この手」のものに関心を抱いていただいているようである。しかし、最近の私はといえば「カネ」の問題より「ヒト」の問題に関心が移りつつあり、今日は両者の折り合いをつける意味で、『村上ファンド』ではなく『村上世彰氏』について考えてみたい。
直接的にインスパイアされたのは、本日の日経金融新聞の1面に掲載された『「村上流」に限界 買収ファンドに憧れ』と題された記事である。記事の前半では、村上ファンドのこれまでの主な投資案件を振り返っているが、次の2つの村上氏の発言が実に興味深い。

(引用始)
「ほかの株主に期待しても無駄。もう委任状争奪戦はやらない。」

「ほかの株主はもう信じないし、少数株主では会社は変えられない。一人でやる。」
(引用終)

前者の発言は東京スタイルの案件に失敗を受けてのもの、後者は西武鉄道の案件の失敗を受けてのものとされる。失敗は人を育てる。これは人材育成の基本である。しかし、失敗から何を学び取るかは、その個人の主観に委ねられる。東京スタイルの案件も西武鉄道の案件も、ビジネスとは他の人々のネットワークとの相互依存に立脚したものであることを村上氏が実感するためには、絶好の教材であったはずである。しかし、村上氏は相互依存の大切さを学びとらず、「一人でやる」道を選択してしまった。
では、なぜこういう道を彼が選択したかといえば、それは自らの手法に対する過剰なまでの自信がそうさせたのであろう。先日のエントリーでも私が考察したように、ロジックで考えても彼のやろうとしていることには間違いがないし、私は法に明るくないので断言できないが、恐らくは適法性もクリアしているのであろう。「俺のやってること、どこも間違ってないのに、なんでやねん???」確かに彼の狭いフレームワークの中においては矛盾をきたしていないものの、その外側には広がる精神的に豊穣な世界と彼の手法は全く相容れない。村上氏の強みである論理的思考能力が災いして、自ら学習の機会を失ってしまったのだ。
こんな村上氏が買収ファンドに憧れているという。買収ファンドともなれば必然的に経営にも手を染めねばならず、買収した企業内の全ての人々への相互依存を自覚せねばならない。それは「一人でやる」道を選択してしまった村上氏には到底不可能な話であり、だからこそ「アクティビストファンドから買収ファンドへの転換に成功した事例は皆無(本日の日経金融新聞より引用)」なのであろう。
コーヴィーの『7つの習慣』を村上氏に贈呈したいのだが、多忙な氏には読んでいただく暇はあるだろうか?

Posted by Ken Kodama at 2006年05月18日 10:43
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