一連のホリエモン騒動、及び村上ファンドの行い、さらにはMBOによる非公開化の動きに関して、私は極めて散発的な形ではあるが日々考察を重ねてきたわけだが、これらの問題がこれほど大きく取り上げられる共通の根本的な原因は、会社法の基本原理にあるようだとの、個人的な認識が高まりつつあった。折しも本日の日経新聞の経済教室では、一橋大学教授の伊丹氏が同様の考えを呈しており、『会社法の一種の欠陥(引用)』とまで言い切っている。
伊丹教授の主張を私なりに要約すれば、会社法は『投資家保護』を念頭に株主に権利を与えているのに、その権利は『投機家』までにも付与されてしまうため、様々な問題が生じるとしている。で、前出の『会社法の一種の欠陥』とは何かといえば、『恐らく会社法自体に、株主にしか支配権力を与えていないという本質的欠陥があるのである。(引用)』と、学者の方にしてはかなりラジカルな意見を呈している。要約という行為自体もバイアスが不可避なものであるから、興味をもたれた方は、是非本日の日経新聞の経済教室に目を通すことをお勧めしたい。
会社法の根本に原因があるという点では私も共感するものの、他の多くの点では私は伊藤教授の意見には共感できない。私は、問題の根本を会社法の『欠陥』とみなすべきではなく、日本の経営層が会社法の基本原理を頭では分かってもハートで理解できていないと考えるべきだと思う。伊藤教授が指摘するように「株主にしか支配権力を与えていない」という点を欠陥とみなしてしまうと、会社法という論理体系は恐らく破綻する。ここに疑問を投げかけるというのは、資本主義そのものに疑問を投げかけるのと同義に見え、スピリチュアルに並々ならぬ関心を抱く私であっても、伊藤教授ほどのラジカルな意見を呈する気にはなれない(笑)。法の問題というよりは、法をとりまく我々のマインドの問題であると、私はとらえたい。
では、私が日本の経営層がハートで理解できていないと感じている、会社法の基本原理とは何かといえば、それは株主平等の原則である。種類株というものを抜きにすれば、会社法においては株主の権利は保有する株式数に応じて平等に取り扱われる。だから、村上ファンドはある夜突然大株主として浮上して、経営陣に「ものを申す」ことができる。大株主なのだから、株主平等の原則にたてば、経営陣は言うことを聞かねばならない。でも、ハートでは納得できない。「だって、あいつら株主になって一月も経ってないじゃん!俺なんか、社長になるまで苦節30年、どれほど努力したことか・・・こんな若造に好き勝手やらせてたまるか!」会社法には保有期間の短期長期の時間の概念が存在しない。一方で、会社とは組織である以上、時間が育む文化なり秩序がある。この会社法の冷徹なロジックと、経営陣の浪花節的なハートの相違が、これらの問題が大々的に取り上げられた根本にあるのであろう。
MBOにより非公開化するにいたった企業は、短期的に売買を繰り返す投機家をシャットアウトするというソリューションを選び取った。もちろん、これは一つの道ではあるが、投機家を好ましくないものとみなす考えは、恐らくは正しくない。経済学の基本が教えるように、投機家の存在があるからこそ、市場は厚みを増し、投資家は好きなときに保有株式を売却できる。小鬼のように見える投機家も流動性を与えるという意味において、社会的に貢献をしているのである。また、短期的なバッドニュースに過剰反応して、株を売り浴びせる投機家の行動も、経営陣にとっての規律として意義は深いと思う。「長期的には株主価値の増大に努めて経営しており、今期の減益は一時的なものにすぎません。」なんて説明されたって、細木数子じゃあるまいし、未来のことなんか分かる訳がない。もし経営陣の説明がホンモノであるならば、合理的な『投資家』からの買い注文が入るはずである。
私の主張は、会社法に不在の『時間』の概念を盛り込むようにすべきなどというものではない。株主には短期的保有を志向する投機家と長期的保有を志向する投資家の二種類は確かに存在する。確かに投機家は経営陣には五月蝿い存在だが、投機家なしには投資家の売買のための流動性は確保されず、日本の経営陣には投機家とも正面から向き合うべく、マインドチェンジをすべき必要がある。どんな?過去にも「『日本的』経営というアナクロ」というエントリーにおいても引用したが、下記のジャック・ウェルチのウィニングからの一節が恐らく参考になるのではないだろうか?
(引用始)
私はよく、「四半期ごとに成果を出しつつ、五年先のことを考えて行動するにはどうしたらいいのですか」という質問を受ける。
私の回答は「それに悩むようなら、あなたも経営者の仲間入りだ!」
そう、短期の業績を上げるのは誰にだったできる。ギリギリと絞り上げればいいのだから。長期経営だった簡単だ。夢をみつづければいいのだから。あなたがリーダーに選ばれたのは、ギリギリやりながら同時に夢を見られる人だと上司が見込んだからだ。
(引用終)