本日から上記のタイトルのもと、私がスピリチュアリティと企業経営について考えてきたことを、少しだけ「形」にしてご紹介しようと考えています。通常のエントリーとは異なり、どちらかといえば「私」自身の自己啓発のために書くというよりは、みなさんに向けてメッセージを発したいという欲求が強いため、口調は「ですます調」とし、できるだけ分かりやすい文章を心がけるつもりです。アクセス数等からの分析からすると、例えば村上ファンドやファイナンス理論に比べると、スピリチュアリティなるものに対するみなさんの関心が薄いことは重々承知しています。しかし、実はそのような方にこそ、今回からのエントリーは読んでいただきたいのです。あまりこのようなことは書きたくないのですが、あの『最強組織の法則』でおなじみのピーター・センゲの最新の著作(邦題は『出現する未来』)は、正しくこの領域に関するものです。そして、この著作を監訳しているのは、あの野中先生です。スピリチュアリティには、先端的な経営学者達も注目している、といえば私のエントリーを読んでいただく動機付けとしていただけたでしょうか?
スピリチュアリティと企業経営の関わりに、私自身が着目しはじめたのは、どうやら下記のエントリーを執筆した去年の11月のようです。
『オーラの泉』が職場に進出??? 21世紀の人材育成と「スピリチュアル」
「スピリチュアル」という考え方は人材育成にとって重要なのでは、との直観に基づいて書かれたエントリーですが、その直観自体は間違っていなかったものの、当時はあまりにもこの分野に関する知識が乏しく、「10年後くらいに、人材育成において新たな潮流が見られているのではないか」という予測は全く的を得ておらず、既にスピリチュアリティは一部の企業経営にとりこまれている模様です。あれから約8ヶ月と短い期間ではありますが、私の中でこのテーマに関する考えがまとまりかけてきたので、それをみなさんに投げかけてみたいと考えています。
【スピリチュアリティとは何なのか?】
そもそもスピリチュアリティとは一体何を指す言葉なのでしょう?ネットで検索すると、「精神性」や「霊性」という訳語が振られている他は、「統一的な定義はない」、と片付けられてしまっていることが多いようです。したがって、私なりに考えた「スピリチュアリティ」という言葉の理解の仕方をご紹介しておくことと致します。
「霊性」という言葉を使用してしまうと、無用な誤解を招きかねないため、私はとりあえずはスピリチュアリティを「より高い精神性を追求すること」と定義しておきます。しかし、これでもイメージは湧かないはずです。「より高い精神性」って何なのでしょう?
様々な説明の仕方はあると思うのですが、当ブログに来訪いただいている方の共通項として、「経営学に関心がある」という点が挙げられるはずです。そういう方は、あのマズローの欲求五段階説は、なじみの深い概念なのではないでしょうか?ご存知ない方は上記のリンクより説明をお読みいただくとして、5段階の最も高い次元に位置づけられる欲求として「自己実現の欲求」が掲げられているのはよく知られていても、実はそのさらに上位の欲求として、「自己超越の欲求」なるものをマズローが指摘していることはあまり知られていません。現段階では、私はマズローの言う「自己超越の欲求」と、スピリチュアリティが言うところの「高い精神性」というものは同じものを指すと考えております。
「自己実現」と「自己超越」を分かつものとは一体何なのでしょう?私なりの理解を示せば、それは自分を取り巻く「全体」に対する意識の違いです。自己実現において問題とされるのはあくまでも「自分」であり、「自分が創造的な活動をしたい」「自分が成長したい」という欲求を満たすことが課題となり、ともすれば自分の周囲に対する関心は希薄となり、エゴイスト的な状況に陥ってしまう可能性があります。
対して「自己超越」においては、自分と自分を取り巻く全体の繋がりが明確に、かつ鋭敏に意識されます。「地球の中の私」、あるいはもっと広く言えば「宇宙の中の私」が意識され、哲学的な表現になってしまいますが、「個」あるいは「部分」が「全体」を内包しているという、あのフラクタル理論の結論を実感するに至るのです。
しかし、このように「全体」との繋がりを認識しているだけで終わるのではありません。全体との繋がりを意識すると、その「全体」の大きな枠組みの中での自分の「使命」を自覚するに至り、この全体から自覚した大いなる使命を実践していくことこそがスピリチュアリティなのだ、と私は考えています。
例えば弁護士や公認会計士等の高度の知的労働に携わりながら、かつ大きな組織への依存度が低いという恵まれた立場にいる方などは、マズローのモデルに従えば、自己実現の欲求が充足されていることが少なくないのではないかと思います。しかし、それほどまでに恵まれていながら、バーンアウトと背中合わせになっているとしたならば、自己実現から自己超越を意識すべき転機に差し掛かっているのではないかと自問してみることは有用でしょう。
私自身も一般的なビジネスマンでもありますから、そういった方々が何に抵抗感を感じるかを熟知しているつもりであり、そのような抵抗感を極力減ずる方向性でここまで執筆をしてきたつもりです。しかし、「全体との繋がり」や「宇宙」といった言葉に反応して、嫌悪感を抱いた方も少なくないのではないでしょうか?これらの言葉自体には罪はないものの、これらの用語を怪しげなコンテクストの中で使用する人々は多く存在します。次回のエントリーでは、こうした抵抗感を払拭していただくために、スピリチュアリティと超常現象あるいはオカルトの問題と、私が正面から向き合って考察した結果をお伝えしたいと考えております。
Posted by Ken Kodama at 2006年06月26日 09:30