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2006年07月19日

禅問答 ~アサヒビールの和光堂買収~

今の私はサラリーマンではなく、また必ずしも毎日顧客企業のもとに出向いたりするほどの売れっ子でもないため、忙しい時はそれこそ2ヶ月くらいろくに休めないくらいの日が続くのだが、暇なときは結構暇だったりする、全然自慢できる話ではないが(笑)。実は今週の後半から、忙しさの「嵐」が訪れることが分かっているのだが、さしずめ今日当たりは「嵐の前の静けさ」といった感じの「暇」な日なのだ。なので、本日のエントリーはちょっと趣向をこらして、本日の日経新聞17ページに取り上げられた、アサヒビールによる和光堂の買収を取り上げてみたい。私がこの記事に惹かれたのは、普段あまり明らかになることのない、買収価値の算定根拠が以下のように明確に記述されていたからである。

(引用始)
『和光堂の2006年3月期の連結営業利益は11億円。アサヒはコスト削減やグループの連携による相乗効果でこれが3年後に30億円、10年後に40億円になると想定し、フリーキャッシュフローを算定した。投下資本のコストの7%弱で割戻し企業価値を算出、投資採算に合うTOB価格を導き出した。』
(引用終)

上記の情報をもとに、和光堂の理論的な企業価値を自分のスプレッドシート上で再計算する作業をしてみた。まず、運転資本の増減等の情報がないため、FCFは1・2年目が10億円、3~9年目が30億円、10年目以降が40億円とし割引率は一律7%を適用してみて再計算したところ、470億円という数値が出た。日経新聞を見る限り、もう少し理論値は高いはずなのだが、詳細な情報がないためこれで止むを得ない。以下は、この計算過程を巡って、私と禅師の間で交わされた、禅問答である。

禅師「児玉よ。和光堂の企業価値を自分で再計算したとのことだが。」
児玉「は、スプレッドシート操作は、私にとって朝飯前ですから。」
禅師「そんなことはどうでもよい。ところで、割引率は7%を適用したとのことじゃが。」
児玉「『投下資本のコストが7%弱』とありましたので従いましたが何か?」
禅師「この7%という数値は今の資本コストなのか、それとも買収後の資本コストなのか、どっちじゃ?」
児玉「新聞にははっきり書いていませんが、おそらく今の資本コストかと・・・でも今の資本コストを使うことに何か問題がありますか?」
禅師「お前ら『カネの亡者』達が組み立てた理論によれば、資本コストというのはリスクの大きさを反映しているそうじゃな。ならば和光堂という大型買収を終えたアサヒビール自体の経営リスクは増大し、従って資本コストも増加すると考えて企業価値を計算するのが妥当ではないのか?」
児玉「私は『カネの亡者』などではありませんが、そうですね、それなら2%ポイントくらい増やして、9%の割引率で再計算してみましょうか?・・・うわっ!!」
禅師「どうしたというのじゃ?」
児玉「割引率をたった2%ポイント増やしただけで企業価値が350億円、さっきの値より120億円も減少してしまいました!」
禅師「ホッ、ホッ、ホッ。どうせ、こんな割引率なんて浮ついた数字は、経営者の鶴の一声で数%動かすことは、それこそ『朝飯前』なんじゃろ。そんな適当な計算で、何百億という高い買い物をする奴らは、わしから見れば狂気の沙汰じゃな。」
児玉「まったく、お口が悪い。」
禅師「まあよい。ところで、さっきの7%の前提のもとでだが、10年目までのCFのもたらす価値と、それ以降のCFのもたらす価値の比率はどのくらいになるのかな?」
児玉「10年目までが180億で38%、それ以降が290億で62%になります。」
禅師「10年目以降の価値はどうやって計算したんじゃ?」
児玉「まず、割引率7%のもとでの40億円の永続価値が571億円と求めらます。そこから、1年目から10年目まで40億円が続くCFを現在価値に引き直したものの合計額である281億円を差し引いて、11年目以降の永続価値を計算しました。」
禅師「まったく、お前の数学は昔から力づくじゃな、エレガントさのかけらもない。」
児玉「余計なお世話です。」
禅師「まあよい。わしがお前に気付かせたかったことは、この500億円近くの高い買い物の大半の価値は11年目以降から未来永劫に渡るキャッシュフローからもたらされるということじゃ。お前らカネの亡者は流行に踊らされて、『ドッグ・イヤー』だの『アジャイル』だのと横文字を語ることで分かった気になっておる。まあ、それはよいとして、この万物が生々流転する変化の激しい現代においてじゃな、『11年目以降未来永劫まで』なんていう先のことを、誰が言い当てられるというのだ?」
児玉「我々は科学的に行動しますから、誰も未来のことなど言い当てるなどという、人智を超えたことを行うつもりはありません。」
禅師「しかし、少なくともアサヒビールの経営陣は、未来永劫までのキャッシュフローを算定に含めるというこの企業価値算定のフレームワークを『信じて』いないことには、株主様に対して、申し訳がたたんぞ。」
児玉「彼らが何を信じようが、私の関知するところではありません。」
禅師「聞けば、お前は中小企業診断士の受験予備校なんぞというところで、このDCF法なるフレームワークを教えておったそうではないか。信じてもいないことを、ぺらぺらと教えるほど、お前は軽い奴だったのか。」
児玉「・・・言葉をつつしんで下さい。私はこのDCF法のフレームワークを体得して信じた上で、教壇に立っておりました。私が信ずる根拠はこの本です。」

禅師「この本がなんだというんじゃ?」
児玉「この本は『マッキンゼー』というビジネスコンサルタントの最高峰と言われる人々が集う組織に属す人々が著した本で、今回の和光堂の企業価値算定方法も、この本の記述にのっとったものです。」
禅師「ホッ、ホッ、ホッ、普段威勢のいいことを書いているお前さんも、最後は権威に頼るんじゃな。」
児玉「・・・それだけではありません。多くの買収案件において、このフレームワークが使用され続けてきたこと自体、DCF法の有効性を物語っているといえます。また、証券アナリスト達が理論株価を算定するときに使用するフレームワークも、やはりDCF法です。」
禅師「今度は『時の流れに耐えてきた』から信じるというのか。証券アナリスト達という『多くの人々に支持されている』から信じるというのか。まあ、お前の底は知れとるわい。」
児玉「私、そしてDCF法を信奉する株式市場全体を馬鹿にするおつもりなのですか?」
禅師「落ち着け、落ち着け。そうではない。わしが分からんのは、お前らの心の中の矛盾じゃ。わしが宗教的な観点から『未来永劫』という言葉を一度口にしようものなら、嫌悪感で口を歪める。しかし、お前らの信奉する資本主義の象徴たる企業買収の理論価格算定のフレームワークにおいては、『未来永劫のFCF』なんていう化け物が内包されているのじゃぞ。」
児玉「でも、我々が『未来永劫のFCF』への信奉をやめてしまったとしたら、全ての企業の理論価値は半減近くの水準になり、株式市場は大暴落してしまいます。禅師はそんな結果をお望みなのですか?」
禅師「もちろん、わしはそんな悲惨な結末を望んでおらん。わしが言いたいことは、お前らの『信』の基盤を構成する『メンタルモデル』に目を開け、ということだけじゃ。そこで矛盾や不条理に気付きながらも、なおも他の人々の幸福のために悩み続けるのが人間というものじゃ。」
児玉「少々頭が混乱してまいりました。落ち着いて禅師の言われたことを、考えてみたいと思います。
禅師「それがよい。」

・・・ま、上記のエントリーで何が分かったかといえば、今日の私はこんな文章を執筆するために、1時間半を割くことができるほど暇である、ということだけかもしれません(笑)。

Posted by Ken Kodama at 2006年07月19日 10:20
Comments

>Kiefer様

毎度コメントをいただきありがとうございます。自分で言うのもなんなのですが、書き終えてみて読むと結構面白いんですよね(笑)。なんだか新たな表現手段を手にできたみたいで、適度なネタがあれば、またやってみたいと思います。
「新入社員に部長が分かりやすく教える」みたいなシリーズはありますが、さすがに禅師の登場するシリーズは見たことないですね、新入社員余計に訳分からなくなっちゃうし(笑)。
出版社の方、もしご覧になってましたら、お声をおかけ下さい(笑)。

最後にKiefer様のブログアドレスが例のごとく、私のブログの不具合で隠れてしまっているので、掲載させていただきますね。

http://mtack.exblog.jp/

Posted by: 児玉 at 2006年07月19日 16:38

最近絶好調(舌好調?)ですね。
この禅問答形式は面白かったです。もしご自身のアイディアであるなら、これで出版とか検討されては? 女子大生モノとか竿竹モノ?とかより面白そうです。

Posted by: die Kiefer at 2006年07月19日 15:21
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