今日は新聞休刊日だったので、ブックレビューということで。裏表紙をめくると、この本の日本語訳が1刷が発売されたのは1995年9月29日とある。なんと11年前!その間、なぜ私はこの本を読もうとしなかったのだろうと悔やまれる。「ビジョンが根付いている企業は長い間元気がよい」って辺りが言いたいことだとおおよその察しがついていたことがわざわざ読まなかった理由なのだが、先日土曜日に手にとって二日で一気に読んでしまった。いや、感覚としては「ぺろりと平らげた」という感じ。なぜって、「おいしい」と感じたから。私がこのブログで考えてきたことが、既に10年前近くに出版されたベストセラーに書かれていた。なんか恥ずかしい気もするが、本との出会いというのは神様の定めと私は信じている。今が読むときだからこそ、私は『ビジョナリーカンパニー』に今出会うべくして出会ったのだ。
まず簡単にこの本のあらましを説明しておくと、この本は「よいビジョンの作り方」的な話題は全くといってよいほど、扱っていない。この本は「ビジョンをいかに組織に根付かせるのか」という点について延々と語っている。これは私の比ゆ的な表現だが、「企業がビジョンというDNAを脈々と受け継ぐ生命体となったときにビジョナリーカンパニーは誕生する」のであり、企業を生命体に転換すべくヒントがいくつか記述されているのがこの名著なのである。
以下にこのブログで考えてきたこととオーバーラップする部分をいくつか書き出しておきたい。
【イノベーションのジレンマについて】
「ネットと放送の融合」と「利己的な遺伝子」と「クリステンセンの破壊的技術」と
こんなとんがったタイトルでかつてクリステンセンの『イノベーションのジレンマ』をとりあげた。
一般に企業というのは、規模が小さくかつ利益率も小さいような市場への進出は躊躇する。なぜならファイナンスの理論に従えば企業価値を最大化する意思決定ではないから。しかし、そのような市場にこそイノベーションの萌芽は見出せるのであり、HDDの栄枯盛衰はその好例であるというのがクリステンセンの著作の語るところである。
では、大企業が自らイノベーションを生み出し続けるにはどうしたらよいのか?その答えとして『ビジョナリーカンパニー』では、3M(ポストイット作った会社ですよ)の事例を紹介している。あんまり中身を書くとクレームがくるかもしれないので、イノベーションを生み出す3Mの仕組みが気になる方は是非『ビジョナリーカンパニー』をご一読いただきたい。
【短期と長期の相克】
短期的な利益を志向すべきのか長期的な利益を志向すべきなのか?この難問に対してGEのウェルチが「どっちも大事だよ」と言っていることを紹介したのが、下記のエントリーである。
しかし、『ビジョナリーカンパニー』で紹介される企業は、みなウェルチと同じような考えにたどり着いて、短期的な利益と長期的な利益を両方とも手に入れようと模索しているとのことである。あるいはもっと大胆に「利益を超えた目的」と「現実的な利益の追求」との両取りを狙っていたりとか・・・
このような事例企業を見せ付けられると、下記のエントリーで紹介した、ワールドとすかいらーくの株式非公開化の意思決定はスケールが小さく思われる。
両社が市場から身をひいた最大の理由が「長期的な利益を追求するために、一時的に損失を計上することにより、短期的な株価の下落にさらされるのが嫌だから」てなもんだったはずである。両社とも素晴らしい企業であるとは思うが、ジム・コリンズの定義によるビジョナリーカンパニーには、残念ながら加えてもらうことは難しいであろう。
【カルトとの類似】
宗教も私が若かりしときから、私を魅惑するテーマの一つだが、ビジョナリーカンパニーはカルト集団に似ているところが多いという。その共通点は以下の4点であるという。
・理念への熱狂
・教化への努力
・同質性の追求
・エリート主義
関連するテーマでは、かつてこんなエントリーを書いてみたことがある。
「信」とは何なのか? 「Web2.0」と「バフェット」と「オーラの泉」を結ぶもの
信ずることのパワーと、いかにして「信仰心」を高めるかという点について、ビジョナリーカンパニーが実践している施策がいくつか紹介されている。
先日のエントリーにおいて、私はDCF法というフレームワークを使って金融を生業とする人々さえ「信心深い」と形容した。錬金術だってかつては科学と信じられていたのだ。ファイナンス理論ですら、数百年後に「20世紀の錬金術」と揶揄される時代がやってくるかもしれない。こう考えると、投資銀行というのもやはりカルトと似ている面があるのかもしれない。ただ「ビジョナリーカンパニー」との呼称はコリンズが許さぬだろうが。
【創発戦略(emergent strategy)】
「戦略とは事前に綿密な計画によってもたらされるのではなく、振り返ってみればいつのまにか戦略が形成されていた。」こんな理論を展開するのがミンツバーグであり、その内容は下記の著作に詳しい。
ミンツバーグの言わんとすることは分かるのだが、なにか具体例が欲しいなーと思っていたら、その具体例を紹介していたのだが、やはり『ビジョナリーカンパニー』だった。アメックスは当初は地域小荷物会社だったそうである。それが、意図しないまま金融サービスと旅行サービスに進出することになり、今日に至る。正しく創発戦略(emergent strategy)ではないか!でもどうやって?それが知りたければ、是非『ビジョナリーカンパニー』を読んでみてください。
【ファイナンス理論への疑問】
10年近くファイナンス&アカウンティングに身を捧げた私だが、ここのところファイナンスの理論基盤に疑問を持ち始めている。そんな例をいくつかあげると・・・
①「DCF法っておかしくない?」というのは先日のエントリーで述べたとおりである。
②企業価値を高めようとしてファイナンス理論に基づいた意思決定を行うと、先に書いたようにイノベーションに取り残され、企業としての生命を失うことすらある。(これはリアル・オプション理論を使えば乗り越えられるのか?私にはよく分からない)
③ビジョナリーカンパニーの多くは負債を使わない。負債を使えば企業価値が増すことはファイナンス理論の基本中の基本である。にもかかわらず、負債を使わない。なぜかといえば、「自己を律することが難しくなるから」みたいな理由だそうだ。
偉大な企業ほどファイナンス理論に基づいた意思決定を行っていない。この辺りは「行動ファイナンス理論」により克服されているのか?あるいは、「スピリチュアル・ファイナンス」みたいなものが必要になるのだろうか?後者だったら私は嬉しい(笑)。
最後に、ちょっと気になったのが、著者のジム・コリンズはスタンフォードを離れ、現在はコロラド州ボールダーに在住しているとのこと。彼が生まれたのがここだから、というのが多分その理由なのだろうが、ボールダーというのは我々日本人にとっては「高橋尚子がトレーニングしていたところ」として有名だが、実はアメリカのスピリチュアル・ムーブメントの一種総本山的な地域でもあるらしい。『ビジョナリーカンパニー』もなんとなくそんな匂いをかすかに放つ本である。だからといって、どうというわけではないのですが(笑)。