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2006年10月21日

ミンツバーグのMBA批判と『自律的なキャリア形成』

また最近、筆が滞りがちです。これは日々どこかで仕事があるからというよりは、その準備に追われることが多いためであるというのが一つの理由です。第二には、これだけ新聞をネタに書き続けていると、日々のニュースというのは、同じことろをぐるぐる回っているだけだなー、といった既視感(俗にいうデジャヴです)に見舞われるというのも理由の一つです。したがって、今後はブックレビュー形式のものが増えていくことになるかもしれません。(決してアフィリエート収入狙いではないので、念のため(笑))。また、最後の理由が実は決定的だったりするのですが、リアルで面識のある方が結構読まれているという事実を知ることが多くなったというのも、筆が鈍くなった大きな理由でもあったりします。リアルの世界での私は、自他共に認める「仏(ほとけ)」のような存在であり(もちろん「見かけが仏」ということではなく、精神面でのことです(笑))、バーチャルな私のように鋭い舌鋒を見せることは、油断でもしていない限りあり得ないのです。両面を知っている方がいる以上、リアルとバーチャルの私の統合をどう図っていくか、という点が私の悩ましい課題となっており、そんなこんなの理由で、更新が滞りがちです。11月も比較的スケジュールが忙しいので、週に1度くらい更新があるかもといった認識をもっていただければ、私も気分が楽です。
本題に入る前に、先日ものすごい「共時性」を体験しました。『ビジョナリーカンパニー』のブックレビューを執筆した直後に参加した、ケン・ウィルバー(スピリチュアリティー、トランスパーソナル心理学の権威の方)の勉強会で、取り上げられた書物が、なんと『ビジョナリーカンパニー』だったのです。本屋に行くと「USENの社長も絶賛!」みたいなPOPが置いてあり、そのようなPOPに反応する人々の大半は、ホリエモンの持つ「内面のドロドロ」あるいは「ギラギラ」を引きずっている方々で、スピリチュアリティーとは無縁の人々であると推測されます。だから、ケン・ウィルバーの勉強会で、この著作が取り上げられたことに、かなり驚いたのです。出席してみて、その理由は分かりましたが・・・勉強会に興味のある方は、こちらのページをご参照されてください。

【ミンツバーグがMBAを批判する訳】

さて、本日の本題で、ミンツバーグがなぜMBAを批判しているかについて、私なりのバイアスを交えつつ、彼の批判の論拠をご紹介しておきましょう。もうこの本を読んで随分と時が経過しているのでうろ覚えのところもありますが、彼がMBAを批判する大きな理由は「対人面のコンピテンシーに負の影響を及ぼすから」という点に集約されると申し上げてよいでしょう。例えばハーバードのMBAコース等は「相対評価」を貫いており、下位の数パーセントに分類されてしまった人々はMBAの学位を取得できなくなってしまうのであり、そういうシステムのもとで学習していると、必然的に「他人を蹴落とすこと」がサバイバルの手段となってしまいます。こんな考えをもった人々が上司になった状況を想像してみて下さい!!私も会社員時代に様々なMBAホルダーと一緒に仕事をしてきましたが、「そういう人もいないことはなかった」という程度にしておきましょう。私の想像のつかない、リアルな知り合いが、このブログを閲覧しているかもしれないので(笑)。
一方で、思考面、特に分析面のコンピテンシーに対して現在のMBA教育が果たす役割は甚大で、そうしたメリットについてはミンツバーグは否定していません。しかし、ミンツバーグの経営戦略に関する持論は、サイエンス(分析)・アート(直観)・クラフト(経験)の三者がバランス良く発揮されて、はじめて良質の経営戦略が構築されるというものです。MBA教育はサイエンスにおいては、大きなプラスをもたらしますが、アートに対してはなす術を持たず、またエゴイスティックな人格を形成されてしまった場合、クラフトを軽視してしまう可能性があります。

【日本の計画的人事異動に対する『憧憬』】
ミンツバーグは、自らが批判するMBA教育に対する代替的な教育システムのあり方を、本の後ろ3分の1において展開していますが、この部分については私はまだ読んでおらず、昨今の忙しさから考えると恐らく年内に読む時間を作ることは難しいでしょう。しかし、MBAに対する批判から、自らの提唱する理想的な教育システムの中間に位置づけられるものとして、日本の企業内の人材育成をまさに「絶賛」しています。その絶賛の対象は、「計画的人材異動」と呼ばれるシステムで、日本企業に勤務されるみなさんに、私から説明するまでもありませんが、日本のサラリーマンは人事部の一声により、タイの現地工場や福岡の営業所に、飛ばされます。もちろん「飛ばす」ということは否定的な考えに基づいてではなく、背後には「様々な部門やポジションを経験することにより、バランスのとれたマネジャーに育って欲しい」との人事部としての想いがあるわけです。
しかしです。最近、私はこうした計画的人材異動のシステムのもとにその恩恵を存分に受けているはずの方々を相手に研修をさせていただくことが多いのですが、若干の失礼を承知ながら言わせていただくと、計画的人材異動というのは、果たしてミンツバーグが絶賛するほどの効果をもたらしているのかが大いに疑問です。もし、計画的人材異動というシステムが正常に機能しているならば、私が研修でお会いする方々は、私が感嘆するようなリーダーシップを発揮されてしかるべきですが、そのようなことは稀なのです。

【日本の計画的人材異動が機能していない理由に対する仮説】
この事象に対して、私なりの仮説をもっています。第一には、育成する上司の側にメンタリング・コーチングの技術が不足しているという点です。酒席でお互いの価値観をぶつけて腹を割って話し合うことはあっても、「スキルとして」メンタリングやコーチングを体得されている方というのは、いまだに少ないのではないでしょうか?
第二の仮説は、「修羅場をくぐることが、米系企業に比べて少ない」というものです。ミンツバーグはアメリカの企業の人材異動を、「いきなり水に突き落とすようなもの」という比喩により批判していますが、私が思うに、いきなり水に突き落とすことによるメリットも甚大です。個人的な体験談を披露すれば、旧アンダーセン・コンサルティングでは、いきなり水に突き落とされて、その上水から上がってこれないように頭を押さえつけられるような経験を少なからず体験しましたが(笑)、そんな過去があるからこそ、現在の私があるわけです。もちろん全てが「良き思い出」ではないですけど(笑)。
そして、最後の仮説こそが、実は最も本質的だと思っているのですが、計画的な人事異動というものには、本人の意思がほとんど反映されていない、すなわち自律的なキャリア形成という発想が貧弱だという点です。おそらく、計画的人事異動のシステムのもとで企業と接してきた団塊の世代の方々は、自らを将棋の駒のごとく認識していらっしゃるのではないでしょうか?自分を将棋の「歩」に喩えるような人が、どうして情熱的に仕事に取り組めるといえるのでしょうか?

【スピリチュアルな動機に基く自律的なキャリア】
キャリア形成というのは、企業が主導すべきものではなく、個々の従業員が自律的に形成すべきだというのは、現在のキャリア論の主流です。しかし、企業の言いなりにならない自律的なキャリア形成を行う人々をイメージしようとすると、それこそミンツバーグが批判するようなMBAホルダーで、年収を増やすだけのためにジョブ・ホッピングを繰り返す人々をイメージしてしまいがちです。しかし、こちらの本を読むと、「自律的なキャリア」という言葉が真に意味するところはもっと深いのだということに気づかされます。

こちらの本は洋書なのですが、印象に残ったフレーズを抜き書きしてみましょう。

新しい時代のキャリアというのは、"persue one's own path with a heart"という考え方に基いているということ。

calling(直訳すれば「天職」)という考え方(the idea tha the person was put here in the world to do a certain kind of work)

このような言葉から連想される人々は、カネの亡者のジョブ・ホッパーとは明らかに一線を画する人々ですが、かといって、大企業の兵隊として、自分を駒としか認識できないような卑屈さも持ち合わせていません。何が一線を画しているかといえば、やはりスピリチュアリティ(精神性)という言葉で表現するのが妥当なのではないでしょうか?
残念ながら、この本で参照されているスピリチュアリティの観点からキャリアを論ずる文献は、どこぞのセミナーで配賦された文書のようなものが多く、英語でもまだそれほど豊富な文献は入手できないようです。
個人的な体験からしても、現在様々な企業研修を引き受けさせていただいている私は、まさに天職に出会ったという感じです。本日のように、土曜日に仕事をしなければならなくとも、3週間も休みがなくとも、疲れはするものの、意欲が途切れることはありません。なぜなら、これが私の天職であるとの確たる認識があるからです。(「錯覚」かもしれませんが、それならそれでいいと思ってもいます。)
こうした充実感が得られるのは、私が大きな企業という組織に属していないからということも確かにいえるでしょう。真にスピリチュアルなキャリア形成を選択するにおいて、私のようなフリーエージェント的なポジションは有用であると思われ、フリーエージェント社会の到来を著作にまとめたのは、またあのダニエルピンクです。(こちらはまだ読んでいませんが)

また、上記の著作の前後には、どうやら下記の著作があったようです。

しかし、やはり個人にかなりの自信がなければフリーエージェントには移行することは難しく、そうなると自律的なキャリア形成というのは、大企業の中で追求されるべきものでしょう。しかし、和書で紹介される自律的なキャリア形成のイメージが今ひとつ十分でなかったり、あるいはスピリチュアリティーと「前世とオーラと守護霊」分かちがたいものにしてしまった某番組の功罪により、大企業の人材育成において叫ばれる「自律的なキャリア育成」という掛け声には、魂がこもっていないという感も若干ながら漂っている気がします。
人材を専門性に縛られずに、様々な部門に異動させる仕組み・ノウハウは既に日本企業に蓄積されているわけです。これから必要となるのは①この異動の主体を企業から個人に明け渡すことと②個人が異動する動機に関して、高次のものがあることを自覚させることにあるのではないでしょうか?両者が実現できてこそ、はじめて真の21世紀型のビジョナリー・カンパニーが誕生するのではないかと、私は期待に胸を膨らませています。

Posted by Ken Kodama at 2006年10月21日 14:28
Comments

sakura様

すみません、忙しかったので長いことレスに気がつきませんでした。『統合心理学への道』はかなりのボリュームだったのでは?『無境界』は薄くて二千円しなかったと思います。

>個人がメインのFPとしてはやっぱりこのへんを押さえておかないと存在価値がなくなってしまうのではという気がします。

心強いFPですね!ちなみにそのような観点から、個人のFPを考えている方のサイトを、英語ではありますが、見つけたのでよければご参照を。では!

http://www.spiritualfinance.com/index.html

Posted by: 児玉 at 2006年11月10日 12:24

レスいただきありがとうございます。

私も実は一冊しか読んでいないのですが(爆)。値段が高くて・・・トホホ。
『統合心理学への道』というものです。
あと、インテグラルジャパンやケン・ウィルバー自身のサイトなど見てみましたが、修行の場としてのバーチャル床の間みたいなもんを創っていて思わず笑ってしまいました。
ケン・ウィルバーの師匠筋ってAlan・Wattsっていうひとなんですね。The Way of Zenの中に色々不可解な漢字がのってました(爆)。

そういえば『メガトレンド2010』なんかでも白隠っぽいこと言ってるし・・・。
個人がメインのFPとしてはやっぱりこのへんを押さえておかないと存在価値がなくなってしまうのではという気がします。

その前に私が消えるという可能性もあるわけですが(爆)。
暇で児玉様より多分年かさなんでこんなことに深入りするわけです(笑)。

こちらこそ今後ともよろしくお願いいたします。

Posted by: sakura at 2006年10月25日 10:17

sakura様

お久しぶりです!今回も内容の濃い書き込みをいただきありがとうございます!
ケン・ウィルバーは実は私は、1冊しか読んでないで、勉強会に参加しておるのですよ(笑)。『無境界』というやつで、これは様々セラピーを、彼の切り口でまとめたもので、分かりやすかったです。sakuraさんのウィルバーに関する前半のコメントは恐らく正しいと思いますが、後半については私自身ちゃんと読んでないので分からないです。ちょっと圧倒されるような分厚さだったので(笑)。
あとまた含蓄の深そうな言葉を引用していただいて、改めてsakura様の東洋思想への造詣の深さに驚かされます。最後のお言葉は私を持ち上げすぎですが(笑)、身の丈にあったことを地道に続けていきたいと思っています。今後ともヨロシクです!

Posted by: 児玉 at 2006年10月23日 10:55

久しぶりにお邪魔させていただきます。
ケン・ウィルバーの本、読んでみたのですが
東洋思想、朱子学・陽明学(宋明理学、禅学)を別の言い方で言っているのではないかと・・・。
で、ちょっと危なくなるのですが(爆)
機能としての天皇制の本質みたいなもの(対極性の管理)言ってないでしょうか?
ペーポ呼ばないでくださいネ(爆)。
スピリチュアリティというと確かに「前世とオーラと守護霊」になっちゃってますけど、(一分派なんでしょうが)
実は大きな水脈(宝)が足元にあるのにもったいないような気もします。

DCFとか企業価値評価に対する疑問には、この和讃が思い出されます。

衆生 本来 仏なり
水と氷のごとくにて
水をはなれて氷なく
衆生のほかに仏なし
衆生 近きを知らずして
遠く求むる はかなさよ
例えば 水のなかに居て
渇を叫ぶがごとくなり 
(白隠慧鶴)

児玉様のような志のある方が、MBA的な手法と本来日本にあるものをブレンドして人の育成という現場から21世紀的な日本のビジョナリー・カンパニーを創る手助けをされるような気がします(笑)。

 http://sakuradayori.blogzine.jp/i/ でした。

Posted by: sakura at 2006年10月22日 09:51
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