『ビジョナリー・カンパニー②』を素直に読めば、自らもビジョナリー・カンパニーになりたいと願う企業が第一になすべきであるのは、先日も書いたように第五水準のリーダーシップを持つリーダーを選び、育てることであるというのが当然の帰結のはすです。で、この分野についてはまだ邦訳された本が見当たらないので、アマゾンで本を取り寄せて、年末年始にでも読みふけろうかと考えております。
しかし、リーダー一人を選んだところでどうなるものでもなく、当然次には、フォロワーの育成に必然的に意識が向かうはずです。しかし、この点については『ビジョナリー・カンパニー②』は厳しく、「適切な人をバスに乗せ、不適格な人をバスから降ろし(引用)」とあり、暗黙的に終身雇用が前提となっている日本では、あまりにも非現実的な話です。ここで、「はた」とあのベストセラーの本がひらめいたのです。あの本には何かしらのヒントが書いてあるのではないかと・・・
週末に読んでみると、確かにこの本も『ビジョナリーカンパニー』に触発された部分も大いにあるようで、参照文献としても明示されていました。しかし、あくまでも「私にとっては」ということですが、正直な感想は「がっかりだよー(桜塚やっくん風)」てな感じでした。この本の大きな骨子は『ビジョナリーカンパニー』から怪しげな要素を差し引いて作られたといった感じで、「現場力」というキャッチフレーズとともに、日本のビジネスマンに受け容れられ易い語り口で語ったという点においては大いに功績があると思います。しかし、「現場力をいかに高めるか」という肝心のHowの部分については、トヨタのアンドンを紹介してみたり、「パーティションをとっぱらいましょう!」みたいなことを言ってみたりと、具体的な案はハード面に傾斜しがちで、ソフト面(業績評価等)に関する言及もあるものの、今までの一般論と大きな差異は見られません。
「ビジョナリー・カンパニー」みたいなご大層なものを目指すのではなくとも、何か新しいことを始めようとするには、現場で働く人々の「心」を揺さぶらないことには始まらないと私は思うのです。その顕著な失敗例を先日朝日新聞で読みました。
この記事から何を読み取るかは、人によって様々なのでしょうが、私はトヨタから派遣された指導員の対応の悪さばかりが目に付きます。トヨタの内部にいる従業員を相手にする指導であるならば、「ムダは悪」であり、「日々改善を追求せねばならない」という価値観は、全ての従業員に刷り込まれているわけなので、指導員は「いかに改善を実施するか」のみに焦点をあてればよいわけです。しかし、郵政公社の従業員は、そもそもそのような価値観を持ち合わせておらず、彼らの心を動かさないことには、「改善ごっこ」に終わるのは当たり前の話です。短期的には効果が出なくとも、トヨタのベテラン指導員がベストと考える手法を押し付けるのではなく、業務改善案が郵政公社の従業員によって自発的に提案される土壌を作ることこそ、「カイゼン」に「魂」を込めるにあたっては必要であったはずです。
具体的にはトヨタの「QCサークル」やGEの「ワークアウト」のような、インフォーマルなグループ活動、今風に言えばアクションラーニングを導入することが、「現場の心に灯をつける」にあたって有用であると思います。というのも、手前味噌になってしまいますが、この手の研修をいくつか担当させていただいて、「受講生の心に灯がともる」のを間近に見るという感動的な経験を、これまで何度もしてきたからです。もちろん、100人中100人の心に灯がともることはありえず、また、職場に帰ってもその灯がともり続けているかについては関知できないという限界はあります。でも、私の経験から確実に言えることは、どれほど悪評の漂う風土を持つ企業であろうと、内部の人間の心までは腐っておらず、性善説にたったアプローチを粘り強く続けていくことは、大いに有用であるということです。
こういう経験から考えると、特にオペレーショナルな部分についてのコンサルティングは、「他社のベストプラクティスを紹介する」的なものから、「自発的なアクション・ラーニングの場を築く」といったファシリテーション型のものに移行していくのではないかという気がします。
なお、本日のタイトルの英語は、書いた内容からなんとなく下のアルバムに収められている曲のタイトルを連想したためつけました。
もちろん、工場の現場で働く工員さんとファシリテーターの心の交流を歌った歌ではないので、念のため(笑)。