色々と仕事が続き、昨日は研修終了後、梅雨の湿気も手伝って疲労が蓄積し、自宅最寄り駅からタクシーに乗らねばならぬほど疲れきっていた。今朝もなんとなく気だるい感じなのだが、意外なことにこういうときこそ、つまり意識が鋭敏に働いていないときにクリエイティブになれることに気付いた。本日のエントリーのタイトルも自画自賛でなんだが、気が利いているんでないの?(笑)
【悪魔の発明品 Suica】
このタイトルの流れを最も最近に私が体験したのが、先日のエントリーにも書いたSuicaである。私の自宅最寄駅はJRであり、その意味ではJRにとっては「かも」である私だが、私は一度としてJRの職員に親近感、感謝の念を抱いたことがない。新幹線に乗っていたとき風邪で悪寒に見舞われ、車掌に毛布を貸してくれと頼んだら、「あれはグリーン車のお客様専用です」とあしらわれたこともある。乗り継ぎ駅で、前を行くオバちゃんに切符を間違って持っていかれてしまい、降車駅でその旨を説明しても信用してもらえず、結局二重に料金を払わされるハメになったこともある。また、JR横浜線の最終列車の込み具合は、あれはアウシュビッツへの護送車よりもひどい状態である。ほろ酔いサラリーマンがすし詰めにされるのは、まさに地獄絵図である。もう1本列車を増やす余裕はあるはずなのに、一向に増発の気配は見られない。彼らは我々を顧客と思っていない。というか、人とすら思っていない。
とまあ、たまった恨み節を書いてしまったが、上記からも分かるように私はJRに対しては憎悪の念すら抱いているロイヤリティーの極めて低い顧客である。しかし、Suicaによって私はJRに対して無利子の資金貸付者という関係性までも結ぶハメになってしまった。最初は2千円くらいのチャージから恐々はじめていたが、今は1万円くらい、どんとチャージしてしまう。なぜかといえば「面倒くさい」から。JRへの否定的な感情は消えないまでも、やはりあのカードにより享受できる「利便性」は捨てられない。反感を抱く顧客が、気がつくと無利子で資金を提供している。しかも、JR以外の私鉄各線に乗る分の金額まで。極めて「クレバー」で「クリエイティブ」だが、「悪魔的」ともいえる発明であろう。
【ロイヤリティの高い顧客→個人株主】
企業にとってのステークホルダーといえば、顧客、株主、従業員、ベンダー、債権者、地域社会などが挙げられるであろう。そして、この垣根を取り払う、あるいは曖昧にすることで、過去に画期的な数々の発明があったのであり、これを疲労状態から高度なクリエイティブな状態にあった私が「ステークホルダー・リエンジニアリング」と名づけてみたのだ。その「ステークホルダー・リエンジニアリング」の歴史を振り返ってみることとしよう。
ファンドによる敵対的買収が隆盛を誇る現在において、安定株主工作は保身を考える企業経営陣にとっては、正に死活問題といえる。そのような中、個人株主をいかにして獲得するかが上場各社の財務担当者の一つの共通のミッションとして浮上する。
いかにきれいごとを言おうと、根っこの動機の一つとして「経営陣の保身」があることは否定はできない。したがって、安定株主の新たなターゲットは「甘い」株主でなければならない。そこで注目されたのが、極めてロイヤリティーの高い顧客である。彼等をレアな特典がつく「株主優待」で巧みに誘い、一定の「物言わぬ安定株主層」を形成したしまった策略は、これまた実に巧みであるといえる。その背後で失われるものとして忘れてはならないのは、当企業にとっての規律である。規律はまさしく「良薬口に苦し」なのであり、経営陣の耳には短期的にはうるさい存在だが、それでも長期的には「良薬」であるということを忘れてはならない。きつい言い方をすれば、ステークホルダー・リエンジニアリングは画期的である反面、良薬を阿片に転ずるという側面もある。失われた規律を、どう自ら律するか、という観点で議論が行われてしかるべきだが、恐らくそのような議論が行われた企業はほとんどないであろう。
【ハイブリッド金融商品】
株主も債権者も、「資金提供者」という上位のカテゴリーを持ち出せば共通的にくくれるのであり、他のステークホルダーに比べれば両者の類似性は一目瞭然である。で、両者の垣根に関しては、かなり早い段階から曖昧になってきている。優先株、劣後債、転換社債、WB・・・様々なクリエイティブな金融商品が開発されたことは、わざわざここで書くまでもない。しかし、これにより失われたのはやはり、財務上の規律であった。
あの、バブル期の日本企業によるワラント債発行ブーム。普通社債に「ワラント」という甘味剤を付与することにより、社債の利率を低利に抑えることが可能となり、日本企業の財務担当者は争ってワラント債を発行しまくった。ここで忘れられていたのは、ファイナンスの基本原理である、「株主資本コストは負債コストよりも高い」というあまりにも基本的な事実であった。バブルが過ぎ去った後に、ワラント債発行体は、そのツケの大きさに気付き愕然とするのである。
バブル期の狂騒から10年以上も経過し、再びゼロクーポンCBブームが日本に訪れる。ああ、学習しない哀しき経営者達よ。彼らは利率がゼロになる代償に気付かなかった。ゼロクーポンCBに内在されるオプションはヘッジファンドに転売され、「空売り保険」として機能し、株価の引き下げに大いに寄与したのであった。
【その他及び総括】
その他の流れでいえば、アウトソーシングというのは「従業員」と「ベンダー」の垣根を曖昧にすることに寄与したといえるのかもしれない。また、SCMの全体最適の潮流により、ベンダーと企業の間の垣根が低くなったのかもしれない。
ステークホルダー間の垣根を見直すことにより、様々なクリエイティブなビジネスモデル、商品が誕生してきたのは上記に概観してきた通りであり、まだ新たな見直しにより何らかの新しいクリエイティビティが発揮される余地があるのかもしれない。しかし、どのようなクリエイティビティであれ、共通的な代償としてなんらかんの「規律」が失われてきたこのには、留意せねばならない。『ビジョナリー・カンパニー』が説くように、長期的に渡って反映する企業の条件の一つが「規律」である。失われる規律にどう対処すべきか、という観点さえ忘れなければ、今後も斬新なステークホルダー・リエンジニアリングが展開されていくのかもしれない。