There is good and bad in everyone.
この中学生にも訳出できる平易な英語は、ご存知Paul McCartney & Stevie Wonderの往年の名曲"Ebony & Ivory"の一節である。「誰にでもいいところも悪いところもある」というのは、恐らく万人が納得する真ではなかろうか?しかし、我々の行動は概してこの真に従わず、どちらか一方しか見ようとしないのが人の常である。
①一点でも曇りを見出せば、「その人は悪人」と決め込む
これは我々から遠い人々、つまりマスコミを賑わすような人々に対して我々がとるスタンスである。一点でも法令違反を発見すれば、それまでの善行を「偽善」と断罪し、世間の表舞台から引き摺り下ろす。汚職で政治生命を絶たれた数々の政治家達。日本の産業界を変えようとし拍手喝采を浴びながら、国策操作によってそれまでの全てを否定されてしまったホリエモン。その例を数えだせば枚挙に暇がない。
②「悪」の部分を直視せず、「善」の部分だけを信じる
これは、逆に我々に近い人々に対してとるスタンスである。ここで言う「近い」は物理的な距離に限定されず、心理的な距離も含む。従って、スターに対してファンがとるスタンスも同様である。
鈴木宗男氏のように汚職で一敗地にまみれた政治家が、再び当選し政治の舞台に返り咲くことはよくあることである。そして、新聞やテレビニュースを通じてそのことを知った我々は、「随分と民度の低い地域だ」と嘆く。しかし、その感覚のずれは当該人物との距離感の大小に端を発しているのみであり、不思議なことは何もない。
また、未だにオウム真理教(現アーレフ)に帰依する信者を、我々は理解できない。あるいは「マインドコントロールによって催眠術にかかってしまっている人々」という形でしか理解できない。しかし、彼等は麻原彰晃の善き部分に接してきた時間の方が長い訳である。であるから、「麻原の全てが悪でありまやかしである」という一本調子の説得では、信者を我々の世界に引き戻すことは無理だと私は思う。
③「善」と「悪」を切り離した上で、誰にでも両面があるとするスタンス
①、②に見たように、我々は往々にして、他者の善悪の一方しか認識することができない。そうした認識を助長するのがマスコミの一方的な論調だが、マスコミが形成する世論を一段階高いところから客観視できるようになった「大人」は、ポール・マッカートニーが説くような、シンプルな真理に従って人を見ることが可能となる。
「鈴木宗男氏は、確かに高圧的に人に接するところもあったかもしれないが、外交に注ぐ情熱は並大抵ではなかった。」「ホリエモンは、『欺瞞』に頼ってしまった部分もあったが、日本を変革しようとする意欲は人一倍であったし、実際ビジネス界の認識を大きく変えた。」「麻原彰晃は何人もの人々の命を奪った極悪人だが、信者を惹きつけるに足る何らかの教えを有していたことは否定できない。」
こういった具合に、他者の善悪を切り離して認識をすることは、大人の階段を一歩登るための重要なステップであると思う。
④「善」と「悪」は切り離せない関係にある、とみるスタンス
こうした見方は、我々が芸術家を見るときに一般的な見方だと思う。例えば、マイケル・ジャクソンがあの奇怪な家で少年達に倒錯した性的衝動を発露させていたという報道を耳にしたとき、正直私はそれほど驚かなかったことを記憶している。「あれだけの高い音楽的な才能を持つマイケルなのだから、裏でこれだけ奇怪な行動をとっていたとしても驚かない。むしろ、彼の裏の歪んだ性衝動が、表の才能の源泉となっている、とすら感じられる。」
なぜ、我々が芸術家に対してはこのような見方を許容し、一般のビジネスマンや政治家に対してはこのような見方をしないかといえば、それは前者が「創造性」に関わるからであろう。全く新しいものを創り出すためには、一般人には理解し難い「源泉」に接していることが必要になるのではないか。だから、優れた芸術家は、想像を絶する裏の顔を持つのだ、と。
しかし、マイケルやプリンスとて、エンターテインメント・ビジネス界の住人である。「創造性」が必要とされるのはエンターテインメント・ビジネス界のみではない。分かりやすい例でいえば、アパレルのデザインや、工業製品のデザイン等々。もっと挙げれば、全く新規なビジネスモデルの考案等も、高度な創造性を必要とする。で、あればビジネスマンにも「裏の顔」が必要なのか?あるいは、創造性の源泉は、他のもっと「明るい場所」に求めるべきなのか?
こうした思考を経た後では、コービーが『第8の習慣』で語るように、「リーダーとなるには、他人から模範となるべく、一点の曇りもない人生を歩め」といった趣旨のアドバイスは、どこか白々しく聞こえる。が、当たり前のことだが、私とてコンプライアンスの重要性は人一倍認識しているつもりだ。
人間は知れば知るほど深い。
Posted by Ken Kodama at 2008年04月16日 09:41