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2008年05月19日

見直されるべきオーナー資本主義

まず、下記の著作。

上記の著作は、私のファイナンシャル上の哲学の礎とも呼ぶべき本である。アクティブファンドに対するインデックスファンドの優位をくどいくらいに説くこの著作。そのおかげで、現在の私のファイナンスがらみの仕事の割合は激減したが、自分の資産運用においては、著者ボーグルが設立したバンガード社のインデックスファンドを、某社のFOFを通じて間接的に所有している。そのボーグルの最近の著作が下記である。

2ヶ月くらい前だったか、日経新聞の書評で紹介されているのを目にして即座に購入し、その後読むタイミングを逸して、ツンドク状態・・・今日も、「そろそろ読んでみようかな」と手をとって何気なく目に入った一節から、私の頭の中で小さな稲妻が走った。

(引用始)
『まず次の分析から始めたい。株式会社アメリカはどこで道を誤り、伝統的なオーナー(株主)資本主義から、新種のマネジャー(経営者)資本主義へと、「病的突然変異」をきたしたのか?』
(引用終)

上記を読んで私の頭の中に走った稲妻とは、これから書く2つであり、これからその2つを書くが、予め予防線をはっておくと、最後に落ちがあるわけではないので、念のため(笑)
まず、船場吉兆問題。この問題は、「ブランド」ということを考える上で、いつかこのブログで取り上げてみたいと考えていたのだが、オーナー資本主義という観点からも興味深いと思う。
ここで読み手の方が想起される疑問はおそらく「オーナー資本主義を見直すとかタイトルつけときながら、船場吉兆はそもそもオーナー経営者が問題の元凶なのでは?」というもの。しかし、問題をおこした船場吉兆のオーナーとは、婿養子であったことを忘れてはいけない。船場吉兆というブランドを、正当な対価を支払って獲得したわけではない。また、苦労して創り上げたわけでもない。船場吉兆の問題の根源をたどれば、恐らくオーナーシップの移転のプロセスに元凶が求められるのであろう。
オーナー資本主義の見直されるべき点の体系的な分析は恐らくボーグルの著作に詳しいのであろう。ここでは私の体験談を通じて、オーナー資本主義を礼賛してみたい。
私自身、現在はどこかの会社の従業員として働いているわけではない。したがって、オーナーであるといえる。オーナーとなって働き出してから、私の仕事に対する打ち込み方は以前の比ではない。なぜって、私自身が「児玉健ブランド」の所有者であるから。会社員であったころは、週末を楽しみたくて、例えば金曜の夜に舞い込んできた案件には手を抜いて対処したかもしれない。でも今は、そのようなことは絶対できない。一度手を抜けば、自分のブランドを毀損してしまう。だから、金額の小さい案件に対しても、手を抜くようなことはできない。
オーナーであるということは、上記のような「緊張感」「プロ意識」といったストイックな面のみを醸成するだけではない。自分自身で築いたブランドに対する、正当な対価を受け取ることが可能となる。身を粉にして働けば、それなりの金銭が得られる。理由が病気であろうと、バケーションであろうと、寝ていれば金は入ってこない、当たり前のこと。
固定給をもらう会社従業員は、こうした「相応の収入」を得ているという実感が湧かない。だから、成果主義なる仕組みが見出された。しかし、成果主義のベースたる「成果」は、多くの場合「今年度の実績」である。だから、将来の資産価値を毀損するような形で「成果」を挙げたとしても、例えば部下に対する指導を一切行わず、「プレーイングマネジャー」が自身のプレーヤーとしての「成果」の極大化に専念しても、自身の収入を極大化できる。また、会社のブランドを一晩のうちに崩壊させる、「不正」に手を染めることを思いとどまらせるだけの、「資産価値」からの報酬に預かっていない。
・・・ということが思い浮かんだので、ブログ上にメモ書きしておきたかったまでのことです(^_^;)ちょっと、このブログの活用法も、そろそろ真剣に再考せねばなー、とも思っております。

Posted by Ken Kodama at 2008年05月19日 11:59
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