2005年05月31日

ご質問

「5つの競争要因」「自動車」といったキーワードでの検索によるアクセスが昨日かなりあったようなのですが、なにか関連のテレビ番組でもあったのでしょうか?ご存知の方いらっしゃいましたら、興味があるので教えていただければ幸いです。

Posted by Ken Kodama at 20:17 | Comments (0)

高い金利には要注意!

あおぞら銀行が1%台の金利の定期預金を発売するとの報道です。以下にNIKKEI NET記事を一部引用しておきましょう。

(引用始)
『あおぞら銀行は30日、金利が年1%の個人向け固定金利定期預金を6月から取り扱うと発表した。金融派生商品(デリバティブ)を活用して高めの金利を可能にした商品で、期間は8年が基本。ただし4年後に市中の金利が下がり、他の手段で資金調達した方が得だとあおぞら銀が判断した場合には、預金の満期が4年に短縮される。』
(引用終)

まず、最初にお断りしておくと、この金融商品に対するこれから述べるコメントは、新聞報道及びネット上の報道文書のみをもとにしたもので、詳しい商品情報を見ていない上でのコメントであることを、あらかじめご了承下さい。
さて、このご時世では1%の金利の定期預金は、明らかに高い金利です。そして、高い金利の背後には必ずそれなりの高いリスクが潜んでいるということを、忘れないでいただきたいのです。
NIKKEI NETの文章でもこの預金は「デリバティブ」を活用していることが明記されていますが、一般的に金利を高くするためのデリバティブというのは「オプションの売り」というものです。「オプションを売る」ということはなんらかの義務を負うことで、この定期預金を購入することになる人々は、実はオプションを売ってなんらかの義務を負うことになるわけです。つまり、買ったつもりが実は売っていた、という事態になるわけです。
そして、その背負う義務が大きければ大きいほど、オプションを売った人の手元には、当初は大きな金額が入り込み、表面的な金利が高く見えるわけです。数年前に大流行した『他社株転換社債(EB)』と呼ばれる社債は、発行体がBNPパリバのような欧州系の名門金融機関(ちなみに私の古巣です(^^ゞ)でありながら、10%近くの金利がついていました。これは常識的に考えればオカシイわけで、そのからくりも「オプションの売り」でした。EB購入者の背負った義務というのは、「ある他の会社の株(例えばトヨタ)がEBの満期時に一定の値段を下回っているときに、それより高い値段で買わねばならない」というもので、いくら天下のトヨタといえど、株式市場で3,000円の値がついているときに、4,000円で買わねばならない約束をするなんて、大抵の方は嫌がるはずです。しかし、多くの人が「欧州名門金融機関の債券」「日本の勝ち組企業」「10%の高金利」というお膳立てに目がくらみ、その結果、多くの人が大損をこいてしまったというわけです。
今回のあおぞら銀行の定期預金の利率は1%であり、高いといってもそれほどではありません。したがって、義務を背負っていることは背負っているのですが、その義務の大きさが小さいため、大して利率が高くならないのです。どういう義務かといえば「4年後の金利がある水準以下であれば、8年の満期のところを4年に短縮する」というものです。確かに4年後の金利が今よりも更に下がっていたとしたら、4年後に1%の定期預金の満期が来てしまっても、有利な運用手段がなくて困ってしまうでしょうが、EBほどの大損を出すことは考えられません。この4年後にやってくるかもしれないリスクを納得して引き受けるというのであれば、「それも一局(将棋用語です)」といったところでしょう。
先日ご紹介した吉本佳生氏著の『金融広告を読め』では、あおぞら銀行の商品とは反対の商品が紹介されています。オプションを売ることによって金利が高くなる点は同じなのですが、背負う義務が「金利が上がったら満期を延長せねばならない」というもので、全く逆方向であるといえます。吉本氏はこの商品を「恐ろしいワナを秘めた定期預金(引用)」と紹介しており、私も、まあ同感です。あまり本のネタバレをしてもクレームがくるかもしれないので、簡単に理由を言えば、インフレリスクに対抗できないからです。
高いリターンを得るためには高いリスクを覚悟せねばならず、それはどんなに知名度のある銀行の金融商品とて同じです。金融技術がいかに発展しようとも、リスクとリターンの関係は、いつの世も変わらないのです。高いリターンの背後にあるリスクが見抜けないのであれば、その金融商品に投資する資格がない、と考えて身を引いた方が賢明でしょう。

Posted by Ken Kodama at 19:57 | Comments (0)

2005年05月29日

「外為証拠金取引」とどうつきあえばよいのか

本日の日経新聞の『資産運用』のコーナーは、外為証拠金取引がテーマでした。まず、この資産運用のコーナーですが、編集・企画において新しい情報の目を配って、有益な情報を提供しており、日曜日の昼下がりに目を通されることをおすすめいたします。ただ、難点は、いわゆるデイトレーダー向けの情報と、長期投資家向けの情報、いいかえれば「投機」のための情報と「投資」のための情報が混在している点で、読者の皆さんが、自らの立場に応じて、情報の取捨選択を行わねばならないという点には注意して下さい。

【外貨預金の代替としての外為証拠金取引】
さて、私のスタンスは他のお仕事を持った人は、投機に手を染めるべきではないとの長期投資家よりのものですから、細かい外為証拠金取引の概要については、本日の日経新聞を一読いただければと思います。
一つ、長期投資家にとって、有益になるかもしれない考え方をご紹介しておくと、外為証拠金取引は外貨預金の代わりに使うことができるというものです。私は、このアイデアを『内藤忍の資産設計塾』と『金融広告を読め(吉本佳生著)』等のユニークな本で目にしました。
まず、外貨預金の手数料が法外に高いことは、一年前当ブログのエントリーでご紹介したので、ご参照下さい。

『外貨預金の罠』

なぜ、外貨預金のコストが高いのかといえば、外貨預金の場合、為替手数料が発生するのは入金時、満期時、利払時と少ないからです。その少ない回数で銀行にとって十分な手数料収入を得ようとするため、かなり割高な手数料負担を強いられるわけです。
対して、外為証拠金取引は本来的にはデイトレーダー向けの取引であるため、業者はデイトレーダーにたくさん売買を行ってもらって手数料収入を得ようとしますから、一回の売買あたりのコストは外貨預金に比べてかなり割安となっています。ですから、割安な外為証拠金取引で、外貨の売買を少なくすれば、オイシイところどりができるというのが、この考え方の背景にあるものです。
外貨預金の購入を検討されている方にとっては、このアイデアが参考になることは否定しないので、是非、外為証拠金取引との比較検討をしてみて下さい。

【個人投資家は外貨預金を行うべきなのか】
問題なのは、そのさらに背後の部分です。すなわち、「そもそも個人投資家は外貨預金を行うべきなのか否か」という点です。この点に関しては、前掲の著書の著作者の意見は分かれているようです。
まず、内藤氏は「輸入インフレから資産を守る唯一の方法」が外貨建ての資産を保有することである、と述べています。対して、吉本氏は過去のデータを調べた上で、外貨建ての資産を保有しても、輸入インフレからは身を守ることはできないと述べています。(本日、吉本氏の著作が手元にないため、うろ覚えです。後日、訂正するかもしれませんので、あらかじめご了承を。)
私の考え方は、「分散投資という観点から外貨建ての株式や債券を保有すべき」というものです。まずマクロ環境を概観すると、公的年金は少子高齢化の影響で将来の給付削減から逃れることができません。また、企業年金も確定拠出年金等の導入で、運用を従業員一人一人の自己責任に委ねてしまっています。つまり、物質的に豊かな老後が送れるか否かは、我々一人一人の資産運用にかかっているわけです。したがって、老後生活資金を増やすには、株式等のリスク資産への投資が不可欠ですが、その一方で分散投資によりリスクの軽減をはかることも忘れてはなりません。「分散投資のツボ」は、お互いの値動きが無関連な資産を保有することです。したがって、日本の株式・債券のみならず、外国の株式・債券も保有することが重要で、そのような「リスクの分散」の観点から外貨建て資産を保有することが重要である、というのが私の考えです。
ここで、また一つ問題が生じます。というのは、そのような外国の株式・債券に為替ヘッジをすべきか否かというポイントです。実際に、投資対象が外国の株式でありながら為替ヘッジを行うファンドも存在します。本日のエントリーは長くなってきたため、この点についての私の考えは、また別の機会があれば、当ブログでご紹介したいと思います。

Posted by Ken Kodama at 13:16 | Comments (0)

2005年05月25日

子が親の面倒を見る? ~ 西武鉄道は今なにが問題になっているのか?

本日の日経新聞3ページで、西武鉄道がまた大きく取り上げられています。以下に関連する日経ネットの報道を引用しておきましょう。

(引用始)
『西武鉄道の新社長に就任した後藤高志氏は24日、都内のホテルで記者会見をした。後藤社長は西武グループの再建について、「3月末のグループ経営改革委員会の最終答申をたたき台に、これから(外資系金融機関など)いろいろな提案があるだろうから、グループにとって最良の案を検討したい」と語り、改革委員会の答申に必ずしも固執しないとの考えを示した。』
(引用終)

当初、西武問題は堤氏のコーポレート・ガバナンスに焦点を当てた報道で、私もその線に従ったエントリーを執筆しました。(『堤義明氏のコーポレートガバナンス意識』をご参照下さい。)ここ最近の西武報道の主眼は、全く別の方向にシフトしています。実は、これはイトーヨーカ堂の持株会社統合と同じ根っこの問題で、その根本の問題とは「子会社上場」なのです。(イトーヨーカ堂については、4月に執筆した『どうして「純粋持株会社移行」で「時価総額」が向上するのか???』をご参照下さい。)
私の言葉で、本日の西武報道を要約させていただくと、今焦点になっているのは、西武の再生プランです。それには2つの方向性があり、(1)親会社のコクドと一体で再生を目指すプランと、(2)西武とコクドは切り離して考えるプランの2つです。コクドは非公開会社であり、その経営思想の根幹は「相続税の軽減」で貫かれており、そのことがコクドの財務内容を著しく悪化させたのでした。(これについては、『公開企業 VS 同族経営 西武問題』というタイトルで、今年の3月にエントリーを執筆していますので、ご参照下さい。)
さて、西武鉄道の株式の保有者の約7割はコクドですが、残りの3割はそれ以外の人々です(村上ファンドもその一人のようですね)。そして、新聞報道によれば、コクドの財務内容は悪いけれども、西武鉄道の財務内容はそれほど悪くない、といったところのようです。では、ここで質問をします。3割の西武鉄道の一般の株主にとって、(1)西武はコクドと一体で再生をするのが望ましいのでしょうか、それとも(2)西武とコクドは切り離して考えるのが望ましいのでしょうか?後者が一般株主にとって明白なのは、火を見るより明らかです。しかし、コクドに融資をした銀行にとっては、前者が望ましく、ここで株主と債権者の利害の対立が生じています。
親会社は子会社が問題を起こせば面倒をみなければなりませんが、子会社は親会社の利益を享受することはできないのですから、法人の世界では子が親の面倒を見る道理はないわけです。しかし、「子が親の面倒を見なさい」というプランを作成したのが西武グループ経営改革委員会であり、その不条理にかみついているのが村上ファンドなのです。
では、なぜこんな問題が生じてしまったかといえば、それが中途半端な子会社上場なのです。確たるポリシーもなく子会社の株式を一部上場してしまい、親会社が苦境に陥ったときに子会社株主に親会社の負担を負わせてしまうというのが、「中途半端な子会社上場」で子会社株主が強いられる代償なのです。「将来有望な子会社の株式が、あまりぱっとしない親会社との抱き合わせの株式に転換される」という点で、イトーヨーカ堂グループと西武鉄道問題は似ています。異なるのは親会社の財務内容の悪化の程度で、コクドはガタガタですが、イトーヨーカ堂本体は収益性では見劣りするものの安全性ではすこぶる健全です。むしろイトーヨーカ堂は資本のねじれを早期に解消したという点で賞賛されましたが、もとをたどれば、そもそもセブンイレブンジャパンを上場しなければよかったのです。
「子会社上場」、「公開VS同族非公開企業」「コーポレート・ガバナンス」「コンプライアンス」・・・西武鉄道問題は経営を考える上で、実に多くの深遠な問題を包含しています。(あと、深遠ではないが興味深い「渡部絵美の過去」とかも・・・)今後も西武問題からは目が離せないですね。

Posted by Ken Kodama at 10:21 | Comments (0)

2005年05月24日

ローソンの『生鮮コンビニ』とかけてQBハウスととく

ローソンがショップ99と競合する、百円均一の『生鮮コンビニ』に進出するとの報道です。本日の新聞ではファミリーマート、エーエムピーエム、スリーエフといったところも『生鮮コンビニ』を展開すると書かれています。先日、当ブログで触れたダイエーの食品の「ミニ店舗」も競合するはずですし、生鮮食料品マーケットはまさに戦国時代の様相を呈しています。
さて、ここで全く別の話題にいったん入りますが、皆様はQBハウスという床屋さんに行ったことがあるでしょうか?千円でカットをしてくれる、まさに「理容業界の価格破壊」といったお店なのですが、私は千円という値段は技術的に問題を抱えているような印象がして、最近まで行っていなかったのです。しかし、私の画像で分かるように、これほど髪が短いのに、髪型にお洒落する必要もない、ということにはたと気づいて、先日QBハウスでカットしてもらって、「千円」のカラクリが分かったのです。QBハウスには水周りがないのです。髭剃りはないだろうということは分かっていましたが、頭を洗うシンクすらないので、カット後は掃除機のようなもので、細かい毛を吸い取ってもらいます。床屋にシャワーとシンク・・・当然あると思われる設備を置かないことにより、あの低価格が実現できていたわけで、決して技術の低い理容師さんが働いているわけではないのです。
さて、話はローソンの『生鮮コンビニ』に戻りますが、利益率の低い生鮮食品を百円均一で売って、フランチャイザーとフランチャイジーが共に潤うためには、コンビニにあってしかるべき設備投資を行わないことにより、コスト削減を図るはずです。新聞には『宅配便や公共料金の収納代行などは扱わない。(引用)』とありますが、私は、おそらくPOSレジを置かないだろうと思っています。それは、『百円、二百円、三百円といった価格の刻みで販売する(引用)』との記述とも符号します。POSレジを置かないことで大きなコスト削減になるだけでなく、価格が百円刻みであれば、レジ打ちも単純になり、レジ打ちの人員は店舗毎に一人ですむはずです。
床屋にシンク、コンビニにPOSレジ。当然あると思われる設備を配置しないことによって、販売価格は低下し、我々消費者は恩恵を受け、これがなかなか終わらないデフレにつながっているのでしょう。「何を省くことができるか?」これを突き詰めて考えれば、また、新しい業態が誕生するかもしれません。

Posted by Ken Kodama at 21:18 | Comments (0)

2005年05月23日

中学校の法教育

はじめて社会面の記事をネタにしますが、本日の日経新聞34ページには『司法入門に生徒白熱』との記事があり、私は興味を惹かれました。以下のような設定のもとで、生徒同士で議論をしてルールを作るというのが教育のカリキュラムのようです。

(引用始)
『住宅地にできた24時間営業カラオケ店のトラブル解決のため、店長や近所の人、利用客ら6人が集まってルール作りを話し合う』
(引用終)

この法教育を体験した生徒のコメントが素晴らしいのです!!以下に、引用します。

(引用始)
「一人ひとりが意見を主張し相手に伝えることは大切」増渕沙緒里さん(14)

「譲らなきゃいけないこともあった。ルールは偉い人が決めると思っていたが、みんなで話し合い納得するように作っていくんだとわかった。」坂本龍ノ介君(14)
(引用終)

特に、坂本君のコメントから、法教育のかなり本質に迫る内容が中学生に伝わったことが感じられます。ちなみに私が坂本君の気づきを得たのは、社会人になってしばらくたってからで、ルールは偉い人が決めるのだと思っていました・・・
裁判員制度開始をにらんで法曹界が主導している試みのようですが、「学校現場や文科省が必要性を感じない限りは浸透していかない(引用)」とはなんとも残念なこと。教育の現場に立っていらっしゃる方は生徒に最も近い場にいる反面、実社会から最も遠い場所にいる方でもあります。そうした方が必要性を感じるまで待つというのは、なんとも気が長すぎます。省庁の枠組みを超えて教育のカリキュラムを考える必要があるのではないでしょうか?
私がもうひとつ切に望むのは、「マネーリテラシー」に関わる教育です。年金の運用が国家と企業から外だしにされてしまったのですから、これは当然教育の現場で教えねばならないテーマだと思っています。あえて新しい科目を設けなくとも、『確率・統計』の授業の中で、リスクとリターンの関係や、分散投資の効果を説明するだけでも、大きな進展だと思うのですが・・・
「起業」に関する同様の教育が行われているという話を先日聞きましたが、それも経産省が旗を振っているとのことで文科省は関与していないようです。教育に思い入れのある首相の誕生を待たないと、抜本的な教育改革は望めないのでしょうか?

Posted by Ken Kodama at 21:05 | Comments (0)

2005年05月22日

オリエンタルラジオ

エンタの神様ですが、オリエンタルラジオはすごいですね。レギュラーは、コントの中に8分休符を感じることができましたが、オリエンタルラジオはリズムボックスなしで16分休符を感じることができます。それでいて面白い。彼等の練習量は半端ではないはず。人生を賭けてお笑いをやっているという感じで大変好感が持てます。

Posted by Ken Kodama at 14:08 | Comments (0)

2005年05月21日

サルでもわかる「量的緩和の下限割れ容認」

久々に日銀ネタです。企業経営に関する記事はつぶさに読むのに、経済ネタとなると一瞥もしない方も結構いるのではないのでしょうか?そうした方を対象に、日経新聞を余すところなく読み取っていただけるよう、本日は「分かりやすい解説」というスタンスでエントリーを書いてみたいと思います。

まず、NIKKEI NETより記事を引用することといたしましょう。

(引用始)
『日銀は20日の金融政策決定会合で、金融の量的緩和の目安としている日銀当座預金の残高について、誘導目標の下限としてきた30兆円を一時的に下回ることを容認すると賛成多数で決めた。金融不安の後退で金融機関が手元に余分な資金を置かなくなり、目標達成に向けた資金供給が難しくなっているためで、4年間にわたる量的緩和政策のもとで初めて目標割れを認める。ただ目標水準そのものの引き下げは見送り、現行の量的緩和の枠組みは堅持する。』
(引用終)

もし、上記の文章が皆様の眠気を誘ったとしたら、執筆者の力量を疑う前に、恐らく「量的緩和」と「日銀当座預金残高」の意味を調べることが先決事項でしょう。これらの意味が分からないと、恐らく一歩も先には進めません。
「量的緩和」の意味については、以下の昨年7月に執筆した私の過去のエントリーをご参照下さい。

インフレ参照値とは一体何?

自画自賛になってしまいますが、このエントリーは今読み返してみても、自分で感動するほど分かりやすいです。原点に立ち返って、こうした分かりやすいエントリーの執筆を志したいものです。

【日銀当座預金残高とは?】
この辺の用語が分かりにくくなるのは、この当座預金が日銀のものなのか、民間金融機関のものなのか、といったものが曖昧に記憶されてしまうからでしょう。
正解はといえば、日銀当座預金残高とは、一般の金融機関が日銀に開設している当座預金の残高をいいます。ですから、この残高が増えるということは、民間の銀行のB/S上で「現預金」の勘定の残高が増えることを意味します。では、この残高をどうやって増やすかといえば、それが買いオペなる手法によってです。つまり、民間の金融機関の債券や手形といった他の資産を買い取ってあげて、そのかわりに現金を渡すのです。こうすることによって、民間に出回る現金の量が増えるので、「量的緩和」と呼んでいるのです。

【なぜ誘導目標残高を下回ることを容認するのか】
さて、日銀は「日銀当座預金残高」の目標を30兆円と掲げた政策を一貫してきたわけですが、ここでこの目標残高を下回ることを容認したわけです。なぜでしょう?この理由として、日経新聞の記述を引用しておきましょう。

(引用始)
『金融不安の後退により金融機関が手元に余分な資金を置こうとしなくなったためで、日銀は目標下限の三十兆円を維持するのが難しくなっている。』
(引用終)

現金が他の資産と比べて、最も収益を産まない資産であるというのは、銀行とて同じことです。「金融不安」という銀行の信用面での不安材料が後退したことから、銀行は自らの収益性のことを優先的に考え始め、結果として日銀の買いオペに応じるメリットがなくなってしまったのです。民間の金融機関が買いオペに応じないならば、民間に資金の供給をすることは難しいですから、「目標残高の下割れ」を容認せざるを得なかったのです。

【では、なぜ目標残高自体を下方修正しなかったのか?】
さて、目標残高の三十兆円を一時的に下回る事態となったわけですが、それならば、なぜ目標残高自体を、例えば二十兆円といった具合に下方修正しなかったのでしょうか?どちらであっても、実際の残高が三十兆円を下回っていることに変わりはないじゃありませんか???
この言い回しこそが、我が日本の中央銀行総裁の「話術」なのでしょう。「目標残高を下方修正」といってしまうと、「金融引き締め」の色合いが強くなり、そうすると7月のエントリーに書いたように長期金利が上昇し、場合によっては株価に影響を与え、実質的な景気にも影響を与えかねません。「目標は維持しつつも一時的には容認」という話術が、金融引き締めの色彩をやわらげる上で有効だと福井総裁は考えたのでしょう。

Posted by Ken Kodama at 14:15 | Comments (0)

2005年05月20日

「日本の消費者の厳しい視線」を考える

当ブログを継続的にご覧いただいている方は(改めてありがとうございます)、恐らく本日の日経新聞から、私が何をとりあげたいのか、大方察しがついていると思います。そう、ビンゴです!本日は西友です。
西友が「スーパーセンター」なる大型店舗の本格展開に乗り出すとの報道ですが、NIKKEI NETには記事がなく、詳しい内容をお知りになりたい方は、NIKKEI ShopBizのこちらの記事をご覧下さい。
本日はマーケティングを正面きって考えるというよりは、もう少し深層の部分であると私が考えるところを、おつきあいいただいて一緒に考えてみたいと思います。私が本日の日経新聞の記事で引っかかったのは、以下の記述です。

(引用始)
『日本の消費者は品揃えの幅や品質、季節や流行に応じた変化に対する要求度が高く、低価格だけを優先すると、顧客が離れてしまう。』
(引用終)

グローバルなマーケティングにおいて、国ごとの習慣や国民性などといった違いを意識せねばならないのは、当然のことです。しかし、カルフールが失敗し、ウォルマートが苦戦しているときに、マスコミが使用する上記の常套句には疑問を覚える、というのを超えて嫌悪感すら覚えます。この文章はその裏で「ウォルマートの本国のアメリカ人は品揃えや品質を気にせず、価格が安ければ満足する」というニュアンスを嗅ぎ取ることができ、あの「日本的経営バンザイ!」の時代に蔓延していた、「根拠なき日本人としての優越」のような心理を読み取れることが、私が「嫌悪」というきつい言葉を使う理由です。
アメリカ人は消費者として繊細さに欠けるなどと考えるのは私は間違いだと思います。品質や品揃えに目をつぶって「低価格」で買い物をせねばならない背景には、極端に進んだ「所得の二極分化」があると私は考えます。「所得の二極分化」は日本では、ようやく始まりかけたばかりです。「所得の二極分化」が日本で10年も押し進めば、「日本の消費者の厳しい視線」などという表現はナンセンスになっているかもしれません。「とにかく安いものを買う」という購買行動があるのならば、それは明日の我が身なのではないでしょうか?
あるいは、「日本の消費者」が「厳しい視線」を持っているように見えるのは、地理的な問題や人口密度の密集度等を上げることができるかもしれません。私の事務所の近くには、生鮮食料品を扱うスーパーの隣に、個人商店の八百屋さんが頑張っています。こんな近くに競合店があるものだから、主婦はレタスを買うにも両方の店で、見て触って値段を確かめて、買うことができるわけですから、視線が厳しくなるのは当然です。
日本の株価が天井知らずで上昇していた80年代は、我々の多くはその答えを「日本民族の優越性」に求めていたのではないでしょうか?少なくとも学生の私は、そう思っていました。しかし、その自信はバブルの崩壊と、その後の「失われた10年」で跡形もなく消失してしまったはずです。それにも関わらず、こうした深堀りしない表現が、日本を代表する「経済新聞」で繰り返されるのは、残念なことだと思います。

Posted by Ken Kodama at 19:35 | Comments (0)

2005年05月19日

「タワー投資顧問」パート2

本日は先日に引き続き、タワー投資顧問の謎にせまりたいと思います。といっても、ヘッジファンド自体については私はあまり明るくなく、今回の騒動を通じて私が学習したことをまとめておきたいと思います。

【タワー投資顧問とゴールドマンサックスの関係】
先日ご紹介したサイトに気になる記述の一文がありましたので以下に引用いたします。

『タワー投資顧問様の名称ではなく、「ゴールドマン・サックス・インターナショナル」として表示されます(引用)』

「なんか、怪しいところは怪しいところ同士でつながってるんだな」というのが、恐らく皆様の印象だと思いますが(私も恥ずかしながらそう思いました)、実はタワー投資顧問はゴールドマンサックスにとってのクライアントなのです。では、ゴールドマンサックスがタワー投資顧問に提供しているサービスとは何かといえば、プライム・ブローカーなるサービスです。
プライム・ブローカーというサービスの概要については、こちらのサイト(このサイト面白いです!ヘッジファンドを運用されている方のようです。)より引用させていただきます。

(引用始)
『プライム・ブローカーとはそのファンドの資産、つまり顧客から預かったキャッシュや、買い建て、売り建てした株式や債券などを預かり、管理するサービスのことを指します。』
(引用終)

上記には書いてありませんが、プライム・ブローカーの最大のサービスの一つが、空売りするときに株を貸してあげることです。上記の説明から受ける私の印象は、なんだか、カストディアンのような仕事で、ゴールドマンが手がけるには地味な仕事という気がしたのですが、こちらのサイトによれば、『最近、プライム・ブローカー業務ほど価格的優位性のあるビジネスはないことが分かり(引用)』との記述もあり、収益性が高いビジネスのようです。
収益性が高いということは、タワー投資顧問がゴールドマンに払っているお金が大きいということです。さらに、運用部長が長者番付の1位になるくらいの報酬を払い、それでもファンドの出資者に払う分配金があるわけですから、いかにタワー投資顧問の運用収益が大きいかがお分かりいだけるかと思います。

【なぜ、そんなに収益が高いのか?】
ではなぜそんなに収益が高いのかといえば、その原因はvox mundiさん(この方のサイトも面白いです。パッシブVSアクティブ運用の論争が面白くまとめられていました)が指摘してくださったので分かりましたが、割安な中小型株を買い建てるだけでなく、割高な株を空売りしているからです。こうすれば①株式市場全体の動きに関係なく超過リターン分を稼ぐことができますし、②空売りにより現金が入ってくるわけですから、レバレッジを効かすことが可能です。
しかし、「割高」「割安」というのは、話題の運用部長が思っているだけのことで、必ずしも彼が思うように株価は収束しません。現物株が投資対象ではありませんでしたが、「割高」「割安」の思惑が外れて、ベアリングという名門証券会社を潰してしまったのが、あの懐かしきニック・リーソンなのです。これだけ大きなリスクをとったおかげでこそ、納税番付1位をゲットできたのです。

Posted by Ken Kodama at 22:22 | Comments (6)

2005年05月18日

配当が増えると・・・

「2005年3月期に増復配する企業が3月期企業全体のほぼ半数にあたる800社以上と過去最高の水準になることが日本経済新聞社の集計でわかった(NIKKEI NETより引用)。」との報道です。

【ホリエモンの功績】
これほど増配する企業が増えた理由として、本日の日経新聞では野村證券金融経済研究所の伊藤高志氏(よく出てきますね、この方)がコメントしていますので、以下に引用しておきたいと思います。

(引用始)
『配当の原資である純利益が過去最高となるほか、配当性向という考え方が企業の間に定着したきたのが大きい。』
(引用終)

前半は企業のファンダメンタルが好転してきたことによるものですが、後半は経営者の腹積もりでどうにでもなることで、日本の経営者のマインドを変えたのは、やはりホリエモンと村上ファンドの存在が大きいでしょう。ホリエモンはライブドアの株主価値を大きく損なったという点で「経営者」としては疑問符をつけざるを得ませんが、他の上場企業の配当性向を増やし、個人投資家全般の利益を向上させたという点で「世直し人」としての功績は、否定できないでしょう。
R&Bの大御所プリンスに対する好き嫌いがはっきり分かれるように(時間が20年前で止まっててスミマセン)、ホリエモンに対する好き嫌いもはっきり分かれますが、色々な意味で「スゴイ」人は好き嫌いの評価が分かれるものです。しかし、その対象が「経営者」であるならば、我々はビジネスマンとして、「このディメンションは評価できるが、あのディメンションはだめ」と各要素に分解して、論理的に人物評価をして行くべきでしょう。

【配当と長期リターンの関係】
最近、私は日本の個人投資家にバリュー投資とアセット・アロケーションを普及させるという野望を抱きつつ(草の根的ではありますが)、時間が許す限り関連図書を読んでいます。その中でアメリカのインデックス投信会社のバンガード社長のJ.C.ボーグル氏の『インデックスファンドの時代』は、繰り返しが多く若干くどいものの、これほど感動した本に出合えたのは久しぶりです。
この本の中で株式投資の長期のリターンは(アメリカのデータを元に分析していますが)以下の3つの要因により決まるとされています。

①初期投資時点の配当利回り
②その後の利益成長率
③投資期間内の株価収益率(PER)の変化

しかし、最後の「PERの変化」という要因は長期投資においては重要性は相対的に小さく、実質的に配当利回りと利益成長率こそが、株式投資の長期のリターンを決定する要因であると述べています。つまり、本日の報道は配当利回りの上昇につながるため、株式の長期リターンの上昇につながり、我々が株式を長期保有するメリットが増した、ということができるでしょう。では、具体的にどのように投資をすればよいのか、ということについては、機会があれば当ブログで小出しにしていきたいと思います。

【"Being There"と高校時代の思い出】
ボーグル氏の本が私にとって感動的であったのは、パーソナルな理由もあり、冒頭に"Being There"という小説が引用されていたためです。この小説の粗筋は「庭師のおじいさんが庭のことを語っているのに、周囲が経済に対する深遠な洞察を語っていると受け止め、大統領に助言するまでにいたった」といったところですが、私は高校生3年の英語の授業で、この映画を見させられたので、はたと思い出したのです。
高校3年の受験前の大事な時期にイディオムや長文読解をやらずに、見た映画はチャップリンものを中心に7本近くだったと思います。(1本の映画を平均3コマ使って見るわけですから・・・)私の在籍した横浜翠嵐高校は変わり者の先生が多く、他にも半年かけて「ソ連」だけをひたすら教える地理の先生や、夏休みの宿題として生き物の絵を描いてこいという生物の先生やらで、学校が終わってからようやく受験勉強に専念できるといった感じで、当時としては大いに迷惑だったのです。
しかし、20年近くたった今、思い出すことができる先生というのは、こういった型破り型の方々ばかりなんですよね~。こうした先生方が本当に教えたかったことが、20年の歳月を経て分かってきたことで感傷に浸ったわけですが、しかし、もう少し受験に配慮しながらも授業を展開できたんではないと思うのですが・・・
英語の期末テストの最後の問題として出題されたのは「この映画はなぜ"Being There"というタイトルなのか?」という、およそ英語のテストとは思えないもので、私は5点満点中4点でした。足りなかった1点は何なのでしょうか、新免先生?お元気でしたら、教えて下さい。

Posted by Ken Kodama at 10:32 | Comments (0)

2005年05月17日

「タワー投資顧問」とは何なのか?

タワー投資顧問の清原達郎運用部長(46)が納税番付で、サラリーマンとして初のトップになったとの報道です。この方は昨年も8位でしたので、そのとき知人にタワー投資顧問について聞いたところ、「なんか怪しいとこらしい」といった趣旨の情報を得て、それっきり私はタワー投資顧問について関心を持つことがなかったのですが、やはり納税番付が1位ともなると、話は変わってきます。
ネット検索でネタを仕入れて書こうとしたところ、まず驚かされるのは、その情報量の少なさです。ヤフー検索のページ一致数は、わずか231件にすぎません。また、同社のサイトに行ってみても、一時的なものなのかどうかは分かりませんが、真っ白で何もでてきません。唯一、タワー投資顧問の概要がおぼろげに見える記述のあるサイトを見つけましたので、こちらの情報を元にタワー投資顧問について考えてみたいと思います。
サラリーマンでありながら納税番付で1位になるほど稼げるというのは、運用実績がさらに巨額であるからに他なりません。では、清原達郎運用部長の投資スタイルとは、どういったものなのでしょうか?上記サイトから浮かび上がるキーワードは、「中小型株を対象にしたバリュー投資」というものです。「バリュー投資」自体については、当ブログで何度も考えてきました。その第一人者はアメリカの富豪ウォーレン・バフェット氏であり、日本でその投資手法を推進したのが村上ファンドの村上氏であり、一言でいえば「理論値より安く推移している株式を買って長期間保有し、高くなったら売り抜ける」というのがバリュー投資家のスタイルです。
ここで、タワー投資顧問の独自性は、その対象を時価総額の小さい「中小型株」に絞っているという点がポイントです。この中小型株の投資家として、いわゆる「機関投資家」は参加してきません。なぜかといえば、きれいにいえば、このマーケットは機関投資家にとってリスクが高すぎるからです。ぶっちゃけていえば、百分割で故意に株価を乱高下させたり、突如MSCBの発行を決めて既存株主価値を崩壊させるような、「トンデモ経営者」がうじゃうじゃしていて、おっかなくて踏み込めないわけです。ですから、このマーケットのプレイヤーのほとんどが個人投資家であり、そしてその個人投資家の多くは、哀しいほど投資の基礎知識がないというのが実情です。
訳の分からない人たちが集まって株の売買を行っていれば、正しい水準に株価が落ち着くことはまれで、したがって、市場は効率的ではないということができます。効率的な市場では、みな合理的に行動し、情報量も豊富なため、他人を出し抜いて儲けを得ることはほとんど不可能ですが、非効率な市場では、大もうけをするチャンスがあります。つまり、タワー投資顧問は、子供の中に一人大人が混じって、巨額の冨を手にしているような状況なのです。しかし、易々と利益を手に入れられるわけではないはずです。なぜなら、そもそも合理性を持ち合わせていない投資家が多いマーケットなのですから、理論値より割安な株価が理論値によせていく可能性は、大型株に比べて少ないのではないかと、私は思います。①リスクに果敢に挑んだこと、そして、②このマーケットに理論武装して望む競争者が存在しなかったことが、清原達郎運用部長を納税番付の1位に押しあげた原因と見てよいでしょう。
ただし、なにぶんタワー投資顧問に関する情報量が不足しているため、その他の反証の情報があれば、私の推論は音を立てて崩れる可能性があることをご了承下さい。

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2005年05月16日

グリーンスパン VS ナベツネ

「私も卒業生の皆さんと共通の問題を抱えておりFRBの任期が終われば職探しをすることになるだろう(NIKKEI NETより引用)」

なんと、カッコいい去り方なのでしょう・・・私も長生きできるのなら、こういうおじいさんになりたいものですね。
もちろん冒頭の言葉は、現在FRB議長を務めるグリーンスパン氏の引退表明の報道からの引用です。「年功序列」という概念の希薄なアメリカにあって、60歳を超えて18年間、この要職を勤め上げたのには、ただただ恐れ入るばかりです。本日の日経新聞にはグリーンスパンの手腕を知る上で的確な一文がありましたので、以下に引用したいと思います。

(引用始)
『FRBの意図をたくみに市場に伝え、十分に織り込ませてから金融政策の変更を慎重に決断する手法も徹底した』
(引用終)

各国の中央銀行のトップの言動は、エコノミスト等の専門家達から日々ウォッチされるのですが、グリーンスパンの発言は、ウォッチしがいのあるものだったのではないのでしょうか?冒頭文からも彼の言葉のセンスを窺うことができますが、経済に関する経験・知識のみならず、ボキャブラリーがものを言うのがこの仕事でしょう。私は自分の文章に関して、構成力や分かりやすさという点からは、それなりの自信があるのですが、語彙量にいたっては、貧困そのものなので、見習って勉強したいと思います。
自らの辞任を、孫ほども年齢の違う「卒業生と同じ問題を抱えている」と表現するのは、少しキザな感じもしますが、日本の79歳からは絶対出てこない表現ですね。
で、本日のタイトルにある「ナベツネ」ですが、なぜグリーンスパンと並べたかといえば、同い年だからです。彼のセンスでは、「ピアスは清原より堀内の方が似合う」くらいが限界なのでしょうが、自分で並べておいて、なんだか日本人であることが恥ずかしくなってしまった次第です・・・

Posted by Ken Kodama at 19:01 | Comments (0)

2005年05月13日

日米の「リタイアメント」の温度差

アメリカの企業年金の財政悪化が深刻であるという報道が本日の日経新聞でありました。私の正直な感想は、「意外」です。日本でも、まだまだこれからこの問題で苦境に陥る企業は出るかもしれませんが、「企業」年金問題に関しては(「公的」年金はまだまだ危ういですが)、法整備・会計基準の整備や各企業の努力により、かなりメスが入ったという気がしていました。さらに、先日の報道では、日産が隠れ年金債務を計上するうんぬんという次元を飛び越えて、年金債務を現金拠出により、前倒しで処理するという積極的な策が報じられました。キャッシュリッチ企業が日産の動きを追随し、こうした報道がしばらくはあるのかなーと思っていたところに、アメリカでのこの報道です。
私が「意外」であると感じるのは、日本が企業年金問題の解決策として採用した、運用リスクを企業から従業員に転嫁する「確定拠出年金(日本版401k)」は、アメリカが本家本元であるからで、企業が運用リスクを負うタイプの「確定給付年金」がこれほど多く残存しているとは思っていなかったからです。本日の新聞報道によれば、アメリカで401kへの移行が進んでいない理由として「強い労働組合」の存在が指摘されていますが、確かにアメリカは「自らの権利は戦って勝ち取り守り抜くもの」という思想が根付いている国であるため、そう考えると確定給付企業年金が多く残存していることはうなづけます。一方で、確定拠出年金への移行がこれほど急速に進んだ日本は、労働者が自らの権利を強く主張しなかった結果(あるいはよく分からないまま会社の文書にサインしてしまった結果)であるといえるでしょう。
さて、では日本はアメリカに比べてリタイアメントの問題において先進国であるのかといえば、それは大間違いです。自らの権利意識の薄い労働者のおかげで、日本は企業から運用リスクを外出しにすることは成功したものの、その結果個人が自己責任で負うこととなってしまった運用リスクについては、実質的になにも手がつけられていないといっていいでしょう。老後の生活を心配する堅実な方の多くは、その資産の大半を運用リスクの小さい預貯金で運用しますが、そのような方は、実は自らが大きなインフレリスクにさらされていることに全く気がついていません。また、そうした個人を導くべきであるファイナンシャル・プランナーの方々も、税や保険が専門である方が多いために、必ずしも資産運用の問題に明るい方が多くないという事情もあります。
対して、個人の資産運用という分野においては、アメリカがはるかに先を行っており、「Wealth Management」という考えの下で、ポートフォリオ理論、アセットアロケーション、効率的市場仮説、行動ファイナンス・・・といった科学的な手法により、個人の資産運用という問題が体系化されつつあり、かつそれらの理論体系に基づいた助言が実践されています。つまり、個々人のレベルで見れば、アメリカでは、確定給付年金があれば労働組合を通して強く権利の存続を主張し、確定拠出年金になってしまったのであれば、ファイナンシャルプランナーを活用して自らの人生設計に合致したリスクを積極的にとりにいっており、日本のはるか先を行っているのです。日本のサラリーマンは、まず、自分に運用リスクが転嫁されたのだという、その事実にまず気づくところから始めねばならないでしょう。

Posted by Ken Kodama at 10:34 | Comments (0)

2005年05月12日

クレジット・デリバティブと銀行の20年後

大手銀行が貸出リスクを売買する専門部署を相次いで新設したとの報道です。貸出リスクの売買はクレジット・デリバティブと呼ばれる金融商品を通じて行われますが、ご存知ない方も多くいると思われるため、簡単にその商品の概要を見ておくこととしましょう。

【クレジット・デフォルト・スワップとは何なのか?】
まず、用語の整理をしておきましょう。クレジット・デリバティブは信用リスクを原資産とした金融派生商品全般を指す言葉です。具体的にはクレジット・デリバティブにも色々なバリエーションがあり、金融マンのバイブルであるハルの"Options, Futures, & Other Derivatives"の第四版には、「クレジット・デフォルト・スワップ」「トータル・リターン・スワップ」「クレジット・スプレッド・オプション」の3つが紹介されています。その代表格が「クレジット・デフォルト・スワップ」であることは、本日の新聞の記述からもお分かりいただけると思いますが、この商品にフォーカスして話を進めることとしましょう。
「クレジット・デフォルト・スワップ」の詳しい説明は金融大学のサイトをご覧頂きたいのですが、私なりの言葉で一言でいえば、「金融債権が貸し倒れた際に備える保険」です。
1億円を(有)エイムハイ・コンサルティングに融資しているA銀行が、貸倒リスクに敏感になり、貸しはがしするのは可哀想だけど貸出リスクは外だししたいという場合には、クレジット・デフォルト・スワップの売り手であるB証券にα%を支払うことにより、貸倒のリスクを肩代わりしてもらうことになります。もしも(有)エイムハイ・コンサルティングが経営破綻してしまった場合、B証券は1億円をA銀行に対して支払うこととなり、A銀行は貸倒リスクから解放されることになるのです。「会社版の生命保険」というイメージでとらえても、それほど遠くはないでしょう。

【なぜクレデリは儲かるのか?】
2~3年前の金融業界の関係者によれば、「クレデリ(クレジット・デリバティブの略称です)は儲かる」が一般的な認識でした。なぜ、儲かるのでしょう?
その前に、先ほど例に出した、保険料として支払う「α%」について考えてみたいと思います。この「α%」はどういう水準に落ち着くべきなのでしょうか?答えは(有)エイムハイ・コンサルティングのリスク・プレミアムです。銀行の貸出であれ、社債による直接金融であれ、企業の調達金利は、「無リスク金利(国債の利回り) + 各企業のリスクプレミアム」という考え方で決定されます。もし、(有)エイムハイ・コンサルティングが社債を発行していたとすれば、社債市場で観察される(有)エイムハイ・コンサルティングのリスク・プレミアムが、クレジット・デフォルト・スワップの「α%」ということになります。
さて、クレジット・デフォルト・スワップは、生命保険に似ているということを思い出してください。どうして、このような金融商品でリスクを外だししようと考えるかといえば、損失を回避したいからです。クレジット・デフォルト・スワップの本当の対価は「α%」なのに、損失を回避したいという心理的なバイアスが作用し、保険の買い手であるA銀行は、「α%」に上乗せした金額を支払ってしまうものなのです。買い手が理論値より高い値段で買ってくれるために、クレデリのディーラーは大もうけしているのが現状ですが、クレデリの日本市場が厚みを増し、売り手の参加者が増えれば、こうした非合理的なプレミアムはそのうち消失すると思われます。

【20年後、銀行は信用リスクの取り手であり続けるのか?】
さて、このようなクレデリを売買する投資銀行は、日々これらの商品のプライスを出しています。単純に社債市場のプレミアムを引っ張ってきているという部分もありますが、一方で、「クレジット・アナリスト」なる専門家を抱え、財務諸表分析や定性分析等のアプローチで、各企業のクレジット・リスクを日々ウォッチしているところが一般的です。
その一方で、融資を行う日本の銀行に目を向けると、自らの貸出債権を時価評価しているなどというところは、皆無に近いといってよいでしょう。つまり、クレデリを売買する投資銀行の方が、信用リスクを厳しく見て、積極的に信用リスクを取りにいっているのです。本来、信用リスクを取った対価として利息を得ていた銀行は、信用リスクを外だしする方向に進むのであれば、銀行の存在意義とは何なのでしょう?融資実行の際の初期の形式的な審査や事務手続きを行う「窓口」に過ぎないのでしょうか?
新聞の記述によれば、東京三菱銀行で新設された部署は、「クレジット・ポートフォリオ・マネジメント室」なる名前のようですが、どういった方向性を志向するのかといえば、以下の引用をご覧下さい。

(引用始)
『市場売買を通じて突出した特定の業種、地域、グループ向けの貸出リスクを外部に売却する一方、逆に取引の薄い業種・地域向けのリスクを調達すれば、全体の貸出資産の構成やリスクを均衡のとれた中身に組み替えることができる。』
(引用終)

上記の記述にしたがって、銀行が貸出ポートフォリオを整えていくと、いわゆる貸出市場全体に連動してくるようなポートフォリオ像に近づいていくことでしょう。すなわち、信用リスク全体のインデックスに連動したパッシブ運用のポートフォリオが形成されていくはずです。その一方で積極的にリスクを取る投資銀行は信用リスクのアクティブ運用者とみることができます。パッシブVSアクティブのどちらが良いのかという議論は古くからありますが、パッシブを選択するにしても、銀行自らが貸出債権を時価評価する覚悟で信用リスクに積極的に対峙しないことには、旨味のあるプレミアムがまたしても「外資系」に流出してしまうことになります。
クレデリとどう対峙するのか・・・銀行の哲学が問われていると私は思います。

(今日は神が舞い降りてきたかのように、短時間で(45分くらい)納得のいくコンテンツを書き上げることができました!日々のコンテンツレベルのバラつきはどうかご容赦下さい(^^ゞ)

Posted by Ken Kodama at 10:32 | Comments (0)

2005年05月11日

トヨタ3期連続最高益の意外感

トヨタの純利益が前期から1%増加して1兆1712億円となり、三期連続で過去最高になったとの報道です。我々は、この1年間製造業のコスト増加要因となる「資源インフレ」に関する報道を、連日のように、日経新聞の一面で見続けてきたわけです。そのような中でトヨタは前年度を上回る純利益を上げてしまったわけで、驚嘆せざるを得ません。なぜ、トヨタは逆風下の中、最高益をあげることが可能となったのでしょうか?
一言でこの原因を説明するとすれば、資源インフレはトヨタにとってただの「逆風」ではなく、実は両刃の剣であった、ということができるでしょう。本日の日経新聞3ページから、以下に一部分引用しておきましょう。

(引用始)
『ガソリン価格の高騰で消費者が燃費性能に敏感になるなか、「プリウス」の米国販売台数は2.7倍の6万9千台に急増した。』
(引用終)

つまり、鉄鉱石の価格の上昇はトヨタの製造原価の上昇を意味しますが、ガソリン価格の高騰は「燃費に強い」というイメージを持つ日本車の販売促進として効いたわけです。別な言葉で言い換えれば、資源インフレに端を発するコスト増加は、同じ要因が売上増に結びつくような商品を持つことにより、リスクヘッジされたともいえるでしょう。
もちろん、これをトヨタの想定内であったとして、賞賛するのは行き過ぎでしょう。鉄鉱石の価格と原油価格は必ずしも連動しているわけではなく、その連動が保たれていなければ、今回のようなリスクヘッジはなかったわけですから、今回の原材料増加と売上増加の相殺を「リスクマネジメント」であるというのは、合理的な経営とはいえません。
しかし、無味乾燥なリスクマネジメントの教科書が説く、「保険の活用」や「万一の場合に備えて自己資本を厚くする」、といった保守的な方策よりは、自らの弱みを強みに変える逆転の発想のリスクマネジメントの方がはるかにクリエイティブで斬新です。今回トヨタに偶然吹いた神風を参考に、各社はより斬新なリスクマネジメント手法を志向されると、「強い日本」が復活するのではないでしょうか?

Posted by Ken Kodama at 09:44 | Comments (0)

2005年05月10日

「見えない幸せ」と企業統治監査

先日、人事評価に関わる研修を受けたときに、その参加者の方が面白いことを口にされていました。それは「人事評価の訓練を受けると、様々な対人関係において、相手を評価する癖がついてしまうのではないか?全ての対人関係の相手のことがよく見えすぎてしまうがための不幸せを、我々は訓練を積めば積むほど経験することになるのではないか?」といった趣旨の発言です。視覚障害者の方に不謹慎な発言と受け取られたとしたら事前にお詫びしておきますが、樹木希林が片目を失明したときに、「今まで見えない方がいいものまで、見えすぎましたから」と発言したことを、改めて想起した次第です。
なぜ、このようなことを切り出すのかと言えば、本日の日経新聞一面の企業統治監査の記事につながるのですが、以下にNIKKEI NETの記事を引用することといたしましょう。

(引用始)
『金融庁は全上場企業を対象に不祥事防止に向けて、日々の業務遂行や内部管理の状況、取締役会の意思決定過程などを文書にし、公認会計士が会計監査の際にチェックする制度を導入する方針だ。証券取引法を改正し、2008年3月期にも義務付ける方向で検討する。企業不祥事が続発したことに対応した措置だが、企業にとっては費用負担が生じるほか、組織体制の見直しにつながる可能性もある。』
(引用終)

私は「会計士」という資格こそ持っていないものの、長年外資系企業で数値分析の仕事を行ってきたのですが、数字をつぶさに見ていると、実に多くの問題点が分かるものなのです。しかし、それを正そうとすると、組織内部の壁というものに阻まれ、その虚しさの積み重ねが、組織の外部に飛び出した理由の一つでもあります。
さて、今回の法改正が実現すれば、監査を担当する公認会計士の方々は、今まで以上に大量の「文書」を目にすることになるのです。私の個人的な興味は、会計士の方々が「見えすぎてしまう不幸せ」を自己の良心に照らして、どう心の中で処理していくのか、という職業的プロフェッショナルの極めてパーソナルな部分に関わるものです。
具体的な例を出して見ると、例えばある鉄道会社が、コスト削減のために安全対策の予算に大ナタを入れたとします。しかし、安全対策に関わる法令には違反していない場合、会計士はその文書に目を通したとしても、それを報告する義務はないのです。そして、その直後、第二の福知山線のような事故が生じてしまった場合、その文書に目を通した会計士の内面では、どのような葛藤が生じるのでしょうか?
この問題は会計士の内面にとどまるものではなく、外部からの監査に対する期待と実態のギャップという問題にもつながっていくものです。本日の日経新聞記事は、「チェック」という言葉を再三繰り返しているものの、それが「誰のための」「どこまでの」チェックであるか、またあるべきかについては、一切触れていません。「チェック」の意味を深く掘り下げて考えることが、期待と実態のギャップの乖離を小さくして、ひいては、会計士の内面の安定につながっていくのではないかという気がする次第です。

Posted by Ken Kodama at 10:49 | Comments (0)

2005年05月09日

ビールと販売チャネル

GW中は皆様いかがお過ごしになられたでしょうか?私は執筆やらセミナーの準備やら研修やらで以外に忙しく、GWでも仕事をしていました。当ブログは休日になると、ガクンとアクセスが減るため、お休みをさせていただいていました。
さて、本日は日経新聞経済面(3ページ)のアサヒビール社長池田弘一氏の「ビール業界から見た消費」と題したインタビューに着目してみたいと思います。新聞記事のみの数値をもとに、ビール系飲料の販路別・商品郡別の売上割合を整理すると以下のようになります。

家庭向け 65% 第三のビール 5%(昨年の数値を採用)
           発泡酒     39%(家庭向けの6割)
           ビール     21%
外食向け 35%  ビール    35%(発泡酒は入り込めなかった)

ビールという商品を考えることはマーケティングを学習する上で極めて有意義で、上記の表に対して色々な切り口があると思うのですが、本日は『外食向けはビールがほとんどで、発泡酒は結局入り込めなかった。(引用)』という発言について考えてみたいと思います。
家庭では受け入れられた発泡酒は、なぜ外食向けでは受け入れられなかったのでしょうか?容易に思いつく理由は、「せっかく外食でおいしいモノを食べにきているのだから、ビールもおいしいものを飲みたい」という消費者(エンドユーザー)にたった視点です。これも一理あるとは思いますが、「とりあえずアルコールがあればいい」という飲み会などであれば、適切な価格が設定されていれば、外食で発泡酒を飲むニーズは十分に存在しうるはずで、これだけでは説明理由として不十分でしょう。
もう一つ考えられる理由は、販売チャネル側の論理です。家庭向けであれば、コンビニや酒類ディスカウントストアが販売チャネルとなりますが、確かに発泡酒をそろえるとより粗利の高いビールの置き場を縮小せざるを得ませんが、低価格品の品揃えを豊富にすることにより、販売数の増加を多少見込むことが可能です。
対して外食産業の場合、席数という制約があることを見逃してはならないでしょう。外食産業で発泡酒が販売されれば、客単価は確実に下落します。いつも満員御礼の繁盛している飲食店であれば、これは売上減、粗利減を意味するもので、こうして考えると外食産業が発泡酒を売るメリットはほとんどないことが分かるはずです。
直販以外の販売チャネルを使ってモノを売っていく場合、必ず考慮に入れねばならないのが、販売チャネルの利益という視点です。エンドユーザーの満足という視点を忘れる方はまずいませんが、エンドユーザー、販売チャネル、メーカーの全てにとって、売上増がメリットになるように考えることが、メーカーの販売の責任者の手腕の見せ所であるということを、お忘れにならないで下さい。

Posted by Ken Kodama at 10:25 | Comments (0)