2005年07月29日

新規サイトのお知らせ

本日から、当ブログと並行して下記のサイトにおいてもコンテンツの提供を始めました。

金融ニュースの「行間」を読む

上記サイトは、基本的には携帯端末からの閲覧を前提としているため、当サイトよりは一つのエントリーの長さを短めに抑えています。また、テーマが「金融」に限定され、ある程度の品質も要求されることから、当初は当ブログのコンテンツの焼き直し的なコンテンツが多くしようと考えています。
上記サイトには今後約4ヶ月間、週3回の予定でコンテンツをアップしていく予定です。その間、当サイトも、「金融」の枠に当てはまらないネタを週2本くらいは提供していきたいと考えているため、今後は当サイトと上記サイトをブックマークに加えていただければ幸いです。
上記サイトからお持ちの携帯端末にアドレスが送信できますので、お暇なときに閲覧いただければ幸いです。

Posted by Ken Kodama at 18:24 | Comments (0)

2005年07月28日

コモディティビジネスと化したネット証券に出口はあるのか?

ネット証券の4~6月期の業績が発表されたとの報道が、本日の日経新聞の金融面と日経金融新聞にあった。4社が増収増益と、一見概ね好調であるが、明暗を分けたのは「手数料」のみと、ネット証券業界全体が差別化を図れない「コモディティビジネス」に成り下がってしまった感がするのが気がかりだ。
イートレード証券が大きくシェアを伸ばしたのは「低い手数料」のおかげで、逆に松井証券が減収減益となったのは「委託手数料が割高と受け止められ(日経新聞より引用)」たからであり、この業界の戦略的な変数は、もはや手数料率しか残っていないかのごとくである。ネット証券業界の末路は、暗黙的談合戦略を繰り返す鉄鋼業界のようになるのであろうか?シニカルに言えば、将来三木谷氏と松本氏は「敵対的買収」に備えて株式を持ち合う仲になるのであろうか?暗黙的談合戦略については、下記のエントリーを参照されたい。

持ち合い復活と「暗黙的談合戦略」

こうした動きに抗うための収益の多様化の策として、日経金融新聞では楽天証券の老人ホームファンドの組成の動き、及びマネックスと松井証券の主幹事業務への傾倒の動きを報じている。大垣尚司氏著の『金融アンバンドリング戦略』は、金融の機能を以下の4つの大別している。

①オリジネーション
②サービシング
③マニュファクチャリング
④リスク管理・資金調達

個人向けネット証券のビジネスモデルは①のオリジネーションにすっぽりと収まるものだが、楽天証券のファンドの組成は③のマニュファクチャリング機能への進出を意味し、引受業務への傾倒は同じ①のオリジネーションに該当するものの、法人向けの窓口を新たに構築することを必要とする。確かにネット証券は収益の多様化を図らねば、コモディティビジネスに成り下がってしまうが、異分野への進出は経営資源の分散を招き、本来の強みを活かしきれているとはいえない。他にネット証券の活性化の方策はないものか?
私にはもっとクリエイティブで魅力的な未来が、ネット証券にはあるような気がする。例えば、本日の日経新聞の17ページにはMBHの松本大氏のインタビューが掲載されているが、「我が社が主催する株式投資の講習会にはたくさんの人が押し寄せる(引用)」そうであるから、同社の会員向けにイーラーニングに仕組みで、コストを抑えて付加的なサービスを提供してみてはどうか?また、株式投資関連のブログに着目すれば、純粋な利殖目的ではなく、他人から注目を浴びたり、個人投資家同士のつながり求めたりといった、一種の自己実現を株式投資から求めようとする投資家が多いことも事実である。そうした投資家の心理に着目し、希望する投資家の投資結果を毎月ランキング表示してあげたり、投資手口やポートフォリオを公開する手段を持たせてやるような、一種のSNS的なアプローチを取り入れることも、ネット証券の魅力を大きく増すことであろう。手ごろなSNSを買収することも、一つの選択肢となるかもしれない。
上記のアイデアは私が30分近くのブレーンストーミングで出したのに過ぎず、楽天の三木谷、MBHの松本という日本の頭脳とそのチームが本気を出せば、より魅力的なネット証券像を描けることは十分可能であるはずだ。
ネット証券が推し進めた手数料率の破壊は確かに個人投資家にとって大きな恩恵をもたらした。しかし、低い手数料率でネット証券業界が潤うためには、個人投資家を回転売買を繰り返すデイトレーダーと変貌させねばならない。また、かつての大手証券会社はプリンシパル投資に活路を見出そうとし、これもまた「投資家への利益相反」という観点から社会的に望ましくないことは、WEDGEの8月号でコメントさせていただいた通りである。
私は理想主義者なので、ネット証券各社がより良い社会を本気で追求しようとすれば、自然と道は開けてくるのではないかという気がする。

Posted by Ken Kodama at 13:36 | Comments (2)

2005年07月26日

ワールドの上場廃止を考える

アパレルのワールドがMBO(Management Buy Out)により株式を非公開化するとの報道である。必ずしも買収防衛が目的ではないと寺井社長は述べているが、仮にこのMBOが買収防衛目的であったのなら、会社法とにらめっこした小手先だけの株式分割や新株発行権の付与といった防衛策と異なり堂々としたもので、私好みではある。本日の日経金融新聞でも「上場の意味に一石」との見出しで、牧野洋氏が興味深い論説を書いているが、日経新聞、日経金融新聞にはない視点から、この問題を考えてみたい。

①ビジネスリスクと財務リスクのダブルパンチ
まず、このMBOの先にある戦略だが、日経新聞3ページの見出しにあるようにワールドが目指すものは製販一貫であり、すなわちユニクロやギャップと同じくSPAを志向している点に留意すべきである。販売に加えて製造も担うとなると、そのための固定資産の増加、ならびに在庫の増加が容易に予測され、SPAとは高い利益率が期待できる業態である半面、同時にビジネスリスクが高い戦略であることにも留意せねばならない。
加えて借入によるMBOは、日経金融新聞の牧野氏の言葉を引用すれば、『大雑把に言えば、株式時価総額の相当な部分が有利子負債に切り替わる(引用)』ことを意味する。したがって、ビジネスリスクのみならず、財務リスクも同時に高まることを意味しているのである。またMBOのための借入金は株式取得のために使われるのであって、生産設備を有する企業を買収するとなると新たな買収資金が必要となり、エクイティによる調達が困難となった後では、さらに財務レバレッジは高くなることも予想される。高まる両リスクを認識しているのか、またそれをマネージできるのか、寺井氏の手腕が問われるところである。

②ブランド戦略とSPA
また、ワールドがSPAを推し進めたとして、ギャップやユニクロほどの粗利益率の高い体質を獲得できるかも疑問である。
ファーストリテイリングは実質的にユニクロのワンブランドであり、ギャップはバナリパ、ギャップ、ネイビーの3ブランドとブランド数が少ないからこそ、SPAにより規模の経済の恩恵を十二分に享受することができる。対して、ワールドは同社のサイトを見れば一目瞭然であるが、「ブランド検索」なる画面を設けねばならぬほどの有様である。そして、これらのブランドの内、国際的に展開しているブランドは存在するのであろうか?ギャップはどかんと作って、それをアメリカ、日本、イギリス、フランス・・・といった国で売りさばくのであるから、SPA戦略により得られるメリットは桁違いである。こうした戦略面のボタンの掛け違いも気になるところではある。

③負債は「節度」が肝要
『企業価値イコール株主価値と当初は考えていた。しかし、成長戦略を歩む過程で、それに違和感を持つようになった。(引用)』

上記は日経新聞11ページより引用した寺井氏の言葉であり、「企業価値 = 負債価値 + 株主価値」という基本的な等式の深い理解に基づく発言であり、ライブドア騒動の際に企業価値と株主価値を混同した多くの論者とは一線を画しており、今回のMBOの決断は寺井氏が周到に熟考した後のものであったことがうかがえる。とはいえ、やはり財務構成はバランスが肝要で過度な負債は戒めねばならない。
2005年3月末のワールドの総資産は約2,000億円であり、1,700億円という金額を財務構成の変化のためのみに借り入れる(500億円は優先株)というのは、私には「節度」ある水準とは思えない。

④非公開企業であるがゆえに身を滅ぼした人といえば・・・
西武の堤氏は非公開企業であったがゆえに、マネジメントを誤り身を滅ぼした。詳しくは下記の過去エントリーを参照されたい。

公開企業 VS 同族経営 西武問題

非公開企業は相続税の軽減のために企業価値を減ずる策を講じるものだが、この策も行き過ぎると倒産の憂き目を見ることは西武問題で見たとおりである。

確かに株式の非公開は一つの選択肢ではあるが、様々な角度から検証しても、今回のワールドの場合はかなりリスキーな選択であったと言わざるを得ない。寺井氏の頭の中にある成長戦略が合理的であるか、そして、株主という外部からの規律を失った後も着実に戦略を実行できるかに、ワールドの未来は託されている。

Posted by Ken Kodama at 10:39 | Comments (0)

2005年07月25日

電力の相互融通は「社会的に」望ましいのか?

せっかくの、退院後の初の営業日の日経新聞のトップは『電力の相互融通』という、あまり私好みではない報道。しかし、異なる角度から焦点を当てれば、これもまた興味深い動きではある。

記事を要約すれば、電力小売の新規参入組が、日本卸電力取引所という余剰電力の売買の市場がありながら、相対契約の相互有通により、電力の過不足を調整しようという動きに関する報道である。こうした相対契約の相互融通の狙いはコストの削減にあるようだが、では、果たして、マクロの社会的な視点から見た場合、取引所を通すより相対契約の方が望ましいのだろうか?
マーケティングの領域では卸売業者の社会的な機能について考えており、その一つに取引総数極小の原理なる理論が存在する。ここで製造業者の数を3、小売業者の数を4としてみよう。もし、世の中に卸売業者なるものが存在しなければ、3つの製造業者それぞれが4つの小売業者にコンタクトせねばならず、取引の総数は「3×4=12」となる。ところが間に1社の卸売業者を介在させることにより、製造業者も小売業者も皆卸売り業者1社と取引を行えばよいため、取引の総数は「3+4=7」となる。卸売業者がいなければ取引の総数は掛け算になり、卸売業者が介在すれば取引総数は足し算ですみ、社会的な取引の総数は激減するのである。
(取引総数極小の原理を分かりやすく図示したものについては、こちらのサイトをご参照下さい。)
「相対契約の相互融通」は上述の理論とは明らかに逆行したものであり、社会的には望ましくない動きであるはずだが、それでも本日の日経新聞報道によれば、ミクロ的にはコスト削減につながっているという。このギャップの原因は、『新規事業者の総発電能力は約170万キロワットと、電力10社の0.8%にすぎない(本日の日経新聞より引用)』という、ボリュームの過少によるものであろう。加えて、電力は送電の過程で減衰するため、北海道の余剰電力を九州で消費することは実質的に不可能である。
また、ここからは私の全く根拠なき「憶測」だが、余剰電力の売買において電力会社系と新規参入組の対立があるのかもしれない。日経新聞1面の表にやたらと登場するのは「丸紅」の名前であるが、同社は日本卸電力取引所の社員としても名前を連ねている。恐らくは電力会社主導の日本卸電力取引所の動きに、丸紅が反旗を翻したのかもしれないが、重ねて断っておくが、これはあくまでも憶測。
しかし、この日本卸電力取引所のサイトには、恐ろしいまでにやる気が感じられない。こんな調子だと、電力仲介は丸紅に牛耳られてしまいますよ!

Posted by Ken Kodama at 16:53 | Comments (0)

2005年07月23日

11日間の空白で得たもの

11日間もの間のブログ更新の空白・・・この間私は断食をしていた、といっても真実からはそう遠くはない。

7月12日の朝、毎朝のことながら「今日はどの記事を料理しようか」と思案しながら日経新聞をちらちら見ながら朝食をとった直後、強烈な嘔吐感に見舞われる。その嘔吐は2時間経過後も止むことはなく、脂汗にまみれながらもだえ苦しみ、遂には救急車を呼ぶという決断に迫られ、私の11日間の入院生活が開始する。
最初の7日間は点滴投与により食事を一切絶たれることとなるが、入院2日目にして嘔吐の苦しみからは逃れられることとなり、その後私は「病院」というものの問題、そしてその背後に控える「家庭」の問題をつぶさに観察することとなる。
私は内科病棟に入院したため、周りは高齢の患者の方が多く、老人医療の現場を目の当たりにすることになる。介護問題に対しては、当初より関心があり、山井和則氏著の『こんな介護施設を選びなさい』等の著作から、介護の現場を推し量る他なかったのだが、現場ははるかに壮絶であった。徘徊老人の手足を縛る「身体拘束」については、同著作の影響も受け、私は批判的であった。しかし、同じ病院内の近くの病室に尿を撒き散らしながら徘徊する老人がいた場合、治療のために入院する側としては、「身体拘束」は安眠を得るための保証をも意味するのである。
それでも「人間的な」介護を追及し「身体拘束」との決別を試みようとするのであれば、高コストという難問につきあたる。「しばらない」介護・医療を実現するためには、まだまだ知恵を振り絞らねばなるまい。

さらに、私が目にしたのは、いわゆる「独居老人」の生活である。入院患者は見舞客の多いものと、そうでないものに二分される。当然、その差を分けるのは家族がいるかいないかであるのだが、結婚していない私にとっても、他人事の問題ではない。
国民生活白書はかつて、独身者の増加をとりあげたが、若き「独身貴族」はいつかは「独居老人」へと移行するのである。日本という国家には、独居老人に対する問題意識が欠落している。
退院後に特別養護老人ホームへの入居を希望する患者の方がいたが、介護の必要のないものが特養に入居するのは難しい。かといって、独居で生活をすれば、確実に要介護度が高まることは事実である。健康な独居老人が集合生活する場、いわゆるグループリビングという生活形態が様々な面から考えて有効であるのに、いまだグループリビングは試験的な段階に止まったものである。

第三は、私個人というミクロの視点で。この病気のおかげで、私のささやかな楽しみであった「飲食」は大きく制限を受けることとなる。ここで思い出すのは私が敬愛するスティービー・ワンダーの軌跡である。彼が生まれて間もなく、視力を奪われてしまったことはあまりにも有名だが、1973年の名作Innervisions発表直後の交通事故により、彼は味覚と嗅覚までも失うこととなる。これは神様が「もっと音楽(聴覚)に専念しなさい」と与えた試練であったのかもしれない。なぜなら、翌年の"Fulfillingness First Finale"そして1976年の"Songs in the Key of Life”というR&Bという枠を取り去った名作を立て続けにStevieは発表することとなるからである。さらに商業的には成功しなかったものの、1979年の「サントラ」である"Journey through the Life of Secret Plants"は、これは21世紀の今聞いても未だに追いついていけない時代感覚を先取りした未来の音楽の集大成である(西城秀樹の「愛の園」の原曲も収録されています。)
酒を奪われ、油モノを奪われた今、私に残されているのは仕事のみ。今まで以上に集中して、社会のために貢献できる仕事を追及していきたい。

なお、入院中に二つ嬉しいことがあった。一つはサイトのリピーターの訪問者数のカウントがほとんど落ちていなかった、というよりむしろ増えていたこと。更新がない間もサイトに訪れてくれた方に心からお礼を申し上げたい。もう一つは雑誌WEDGEで、私のコメントを取り上げていただいたこと。恐らくは雑誌を見て当サイトにアクセスしていただいた方もいるようである。同誌8月号の『ファンドに豹変する証券会社が企業に弊害をもたらす』という記事でコメントさせていただいているので、ご興味のある方は、駅売店でWEDGEをお求めいただきたい。

入院生活を経て、いつなにが起こるかわからないということを深く思い知るにいたった。そのため、少しでも時間を有効活用するため、当ブログは冗長な「ですます調」を改めさせていただくことをご了承いただきたい。また内容についても、「サルでも分かる○○」的なものは、反応を見ながら減らしていくつもりである。逆境は私をますます強くする。そんな決意文で本日は失礼させていただくこととする。

Posted by Ken Kodama at 18:09 | Comments (2)

2005年07月11日

毎月分配型ファンドの注意点

本日は新聞休刊日のため先週の木曜日の日経金融新聞をネタにさせていただきます。先週の水曜日に「ニッセイ/パトナム・インカムオープン」というファンドを当サイトでとりあげましたが、偶然にも、その翌日の日経金融新聞では、大和総研資産運用戦略部長の松原英人氏による『毎月分配型の問題点』と題するコラムが掲載されました。タイトルが「毎月分配型」と決め打ちしていることから、私が取り上げた「ニッセイ/パトナム・インカムオープン」とは異なるファンドが念頭にあるのではないかと思うのですが、氏の問題意識と私の問題意識は同根にあると思います。
どのようなファンドであれ、そのファンドの仕組みを承知の上で購入しているのであれば、全く問題ないのですが、グロソブやパトナム・インカムほどに人気が出てくると、「人気があるからいいファンドなんだろう」という理由だけで購入するDQN投資家の方もかなりいることと思います。私も社会人1年生の頃は、「あのファンドいいらしいよ」という根拠のない口コミを信じるDQN投資家でした。これだけ人気になった「毎月分配型ファンド」を購入しようと考えている人は多くいると考えられ、そうした方に一歩踏みとどまって判断の支援材料にしていただくべく、本日のエントリーを執筆したいと思います。毎月分配型ファンドを購入するにあたってのチェックポイントを以下に記しておきたいと思います。

【①あなたのライフステージと合致しているのか?】
一般的にいえば、グロソブは多少ゆとりのあるシニア層に適した商品だと思います。比較的リスクを抑えた運用をしながら、毎月のファンドの儲けに関わらず安定した分配金を出してくれて、年金の足しになるからです。これは裏返せば、現在若い方で将来の老後資金の形成のために運用を検討している人にとっては、グロソブは適していないということです。なぜなら、より高いリターンの株式は一切組み入れられていませんし、毎月の分配金を再投資に回さないで現金で受け取っていたのでは、複利運用の恩恵に与ることができず、資産の増え方が少なくなってしまうからです。ライフステージやリスク許容度といった観点から、投資家本人にマッチしている商品であるのかどうかを、まず検討する必要があります。

【②分配金の額はファンドの儲けに対して適切に設定されているか?】
いわゆる、「毎月分配型」と呼ばれるファンドの分配金は毎月ほぼ同額の安定した額に設定されていることが多いですが、これは分配金の原資となるファンドの儲け自体が安定していることを意味するのではありません。ですから、分配金の原資となるファンドの儲けと、分配金の大小のチェックを行ってみることは有意義です。
一般に投資の収益は配当や利息収入等のインカム・ゲインと売買益のキャピタル・ゲインの2者から構成され、ファンドとてそれは同じことです。ただし、ファンドの投資家の儲けを考える場合、ファンドの運用を行う人への報酬である信託報酬を差し引いて考えねばなりません。
これらの情報はファンドの運用報告書から入手することが可能です。以下に2つのファンドの運用報告書のリンク先を掲載しておきます。

グローバル・ソブリン・オープン(毎月決算型) 運用報告書

ニッセイ/パトナム・インカムオープン 運用報告書

グロソブの儲けと分配金の情報は、運用報告書の23ページに過去6ヶ月分の情報が記載されています。過去6ヶ月の儲け(配当等収益 + 有価証券売買損益 -信託報酬等)の合計額は、約815億円であるのに対して、分配金の合計額は1,165億円で、儲けより分配金が多い状態です。ということは、過去6ヶ月に限定してみれば、分配金の約70%の部分のみしか、儲けに裏付けられていない、ということができます。
パトナム・インカムの同様の情報は運用報告書の33ページに記載されています。3ヶ月決算型のため2期間の情報しかありませんが、2期間の儲けの合計額は約△89億円で損失ですが、分配金の合計額の方は約232億円で、過去2期間に限定すればファンドの儲けという裏づけがないのに分配金が支払われているということができます。

【③分配金が過大である場合、過去の蓄えの裏づけがあるか?】
②で見たように、ファンドの儲けを上回る分配金が支払われている場合は、その分配金の原資として過去の儲けの蓄えがあるか否かをチェックしてみる必要があり、それはファンドの貸借対照表によりチェックできます。
グロソブの運用報告書の31ページにはファンドの貸借対照表があり、第26期末の繰越損益金は約8,717億円であり、さきほどファンドの儲けに対して過大であった分配金は、過去の儲けの蓄積の取り崩しであると考えることができ、これは健全な姿です。
ところがパトナム・インカムの運用報告書の35ページを見ると貸借対照表には繰越損失が計上されており、過去の蓄えの裏づけもないことから、同ファンドの分配金は完全な元本の取り崩しである、ということができます。

では、なぜ期間の儲けの裏づけもなく、過去の蓄えの裏づけもない状況で分配金を支払うことができるのか、ということが日経金融新聞のコラムに書かれているのですが、これはファンド計理の仕組みに深く関わることで、私の筆力で分かりやすく噛み砕くことは不可能なので省略させていただきます。興味のある方は、金融新聞のバックナンバーをおとりよせ下さい。
現在儲けがでておらず、過去の儲けの蓄積もなく、ただ元本を取り崩して分配金を支払い、かつ信託報酬まで取られるファンドが人気ファンドであるならば、それは表面的な分配金の金額に幻惑されている可能性が大きいと言わざるを得ません。今年のボーナスは概ね好調のようですので、資金運用のためのファンド選びにはくれぐれも慎重な判断をお願いしたいものです。

Posted by Ken Kodama at 16:25 | Comments (0)

2005年07月08日

有事で身にしみる分散投資の必要性

ロンドンのテロですが、ロンドンは亡父の仕事の関係で、私が3歳から5歳までの2年半を過ごした思い出深い都市でもあります。当時、私は一種の「鉄道マニア」であったため、ロンドンの地下鉄路線図はほぼ全て頭の中に入っており、ロンドンに滞在されていた日本人に大いに重宝されていました。そんなわけで、今回爆発が起きた地下鉄の駅名も、記憶に残っているものが多いです。当時の幼稚園や小学校時代の友人が事件で被害にあっていないことをひたすら祈るばかりです。
さて、今回のテロが金融市場に与えたインパクトですが、全般的には株式が下げ(ユーロファースト300が2%を超える下落等)、債券が上昇した(欧州の金利が低下)模様です。また為替ではポンドとドルが売られ、その裏返しとして円が上昇しました。
私は、ファイナンシャル・プランナーとしては、株式のインデックス運用を主体とした長期的な運用を支持する立場です。このような有事があっても20年30年といった長期的な視野にたって見た場合には、やはり最も高いリターンを生み出すのは株式なのです。とはいえ、短期的には株式を主体としたポートフォリオを持っている場合、このような有事で自らのポートフォリオがじりじりと下がっていくのを見ているのは、あまりいい気持ちがしません。しかし、確実にひとついえることは、長期的なスタンスでのぞむ個人投資家がこのような有事で慌てて株を売って債券に乗り換えるのは、多くの場合愚かな行為であるという点です。たった今マーケットを概観したように、債券は上昇し株価は下落しているわけですから、その流れと同じ方向で売買をすれば、安い値段で株を売り、高い値段で債券を買う羽目になってしまうからです。
こうした愚かな売買を行わなくともすむようにしておくためには、あらかじめ様々な資産に分散投資を行う、すなわちアセットアロケーションを行うことが最も有用です。単純に株を50%、債券を50%でポートフォリオを組んでいた場合、株の下落と債券の下落が相殺しあって、損失は少ない額に限定されます。
また、アセット・アロケーションを実践している人にとっては、このような有事は株の買い時となります。当初株50%、債券50%のポートフォリオが、株価の下落により株40%、債券60%となったとします。こうした場合、当初の50・50の比率に戻すため、株を買い増し、債券を売るという売買を行うこととなり、これをリバランスと呼びます。リバランスにより、自動的に、株式を安く買いつけ、債券を高く売り抜けていることがお分かりいただけると思います。
次は日本がテロの標的になるかもしれませんし、それ以上に怖いのは地震で、そのような事態から資産を守るのは国際分散投資をおいて他にありません。好むと好まざるとに関わらず、我々が自己責任で資産運用を行わねばならない時代になった以上、我々自身が機関投資家の分散投資の手法を身につけなければならないのです。そして、それをお手伝いするのが、ファイナンシャル・プランナーという人々であることをお忘れにならないで下さい。

Posted by Ken Kodama at 17:23 | Comments (0)

2005年07月07日

引田天巧マジックショー@ニューオータニ

ホテルニューオータニの会計処理に関する報道が本日の日経新聞の企業面に掲載されていました。以下にその手法を一部引用しておきましょう。

(引用始)
『ニューオータニ本館の土地(約1万坪)は簿価が39億円に対し、時価は1040億円。評価替えすることで1001億円が含み益となる。この含み益を顕在化するため、同社は9月1日付で100%子会社で広告や宣伝などを手がけるオータニプランニング(同)と合併する。1001億円のうち繰り延べ税金負債などを差し引いた約590億円をニューオータニの資本勘定に計上し、減損処理で生じる損失を相殺する。』
(引用終)

「含み益を顕在化するために子会社と合併する」とありますので、合併会計のパーチェス法の活用により、土地の含み益を顕在化するプランであることが分かります。パーチェス法については、以下の過去エントリーをご参照下さい。

合併会計

さて、この土地がニューオータニ本体にブックされているのか、子会社の側にブックされているのかは明確な記述がありませんが、子会社は広告宣伝の会社であるのですから、普通に考えればニューオータニ本体に土地がブックされているはずです。ここで、パーチェス法で時価に評価替えされるのは取得される側の企業の方ですから、ニューオータニ本体にブックされている土地を評価替えするためには、子会社のオータニプランニングを取得側としなければなりません。
ここまでの私の推測が正しければ、これはあの話題になった三井住友銀行とわかしお銀行の合併時の会計処理と同様のスキームをとっているはずです。実態としては三井住友によるわかしお銀行の取得なのに、三井住友保有の資産を評価替えするために、会計上はわかしお銀行を取得側として認識した、あの悪名高き会計処理です。
私の推測が正しければ、今回のニューオータニの会計処理は、三井住友とわかしお銀行のときと同様、取得側と被取得側が会計と実態で逆になっている点がまず問題ですし、今回の場合はグループ内の子会社との合併なので、これが認められるのであれば恣意的な合併により会計上の数字がいくらでも操作できるということになってしまします。
・・・なんかおかしいですね。私は会計の専門家ではないので、私になにか見落としがあるのかもしれません。日々それほど多くの時間をこのエントリー執筆に割ける訳ではないので、不十分なリサーチのままアップしている点はご容赦下さい。私の誤りを指摘していただける方は、是非コメント欄にご記入をよろしくお願い致します。

Posted by Ken Kodama at 12:32 | Comments (0)

2005年07月06日

私には全く理解できないパトナム人気

パトナム・インカムオープンというファンドの純資産高が1兆円台にのせたとの報道です。

(引用始)
ニッセイアセットマネジメントは5日、同社の主力投資信託である「ニッセイ/パトナム・インカムオープン」の純資産残高が4日現在で1兆円台に乗せたと発表した。国内株式投信(上場投信除く)で1兆円ファンドが誕生するのは2002年10月以来、2年9カ月ぶり。
(引用終)

このブログも最近、コンスタントに集客をし始めたため、あまり敵をつくるような個別商品に対する批判的な発言はしたくないのですが、この熱狂ぶりにはファイナンシャル・プランナーとして警鐘をならさねばと思い、少し勇気を出して執筆することに致しました。ま、人気絶頂なんですから、一人くらい文句つけたところで、痛くも痒くもないことでしょう。
まず、この商品の概要を簡単に説明しておきましょう。このファンドより更に残高の多い、グロソブと比較してみると分かりやすいと思います。パトナムの投資対象はアメリカの債券のみですが、グロソブはアメリカに限らず世界各国の債券を組み入れています。そして、パトナムは、比率は少ないもののリスクの高い高利回り債も組み入れていますが、グロソブは高格付けのものだけです。両者ともに為替ヘッジを行っていませんから、為替の変動によるリスクを被ります。この時点で既にリスクという観点からは、グロソブに軍配が上がることに気づいていただけると思います。なぜなら、グロソブは世界各国の債券に投資しますから、為替リスクが分散投資により小さくなります。また、信用リスクという観点からも、グロソブは高格付け債券に限定していますから、やはり小さいのです。
グロソブと同じ点は、定期的に分配金をもらうことができるという点です。グロソブは毎月分配型が人気ですが、パトナムは3ヶ月分配型です。そして、両者に共通している点は儲かっていても儲かっていなくても、定額に近い分配金を出すという点です。
さて、ではパトナム・インカムオープンの運用実績をモーニングスターのサイトで見てみましょう。下の方にある『トータルリターン四半期履歴』というところを見ていただければ一目瞭然ですが、上がったり下がったりでリターンは大幅にぶれ続け、まさしく「リスクが高い」ということをそのまま物語っています。そしてニッセイアセットマネジメントの月次のレポートでは足を引っ張っているのは為替レートのせいでドルベースではパフォーマンスがいいんですよ、と右上の方に細かい字で言い訳しています。
注目していただきたいのは、その下にある分配実績です。先ほどモーニングスターのレポートで、このファンドの儲けは安定していないことを確認しましたが、分配実績は一貫して100円前後と安定していることがお分かりいただけると思います。タイトルには「全く理解でいない」と書きましたが、実はここが人気の秘密なのです。特に日本人は、定期的におこづかいをくれるような金融商品が大好きなのです。これほどリターンが安定しない商品がこれほどの人気を得る理由は、ここにしか見出せません。しかし、私が若干危惧するのは、儲けが出ていない場合でも分配金を出すという仕組みを理解していない人がいるかもしれないという点です。つまり「分配金が安定している」というのを「リターンが安定している」ということと勘違いしていないか、ということです。
私は、個人投資家をバカにしすぎているでしょうか?では、パトナム・インカムオープンを購入した人は、皆そこそこに賢く、そんな仕組みは百も承知だとしましょう。その場合、この商品のリターンを動かす最大の要因は為替レートの変動なのですから、この商品を購入する人々は将来的にドル高を予想している、ということになるでしょう。確かに、昨日の日経新聞では右肩上がりのグラフとともに「ドル独歩高 鮮明に」の見出しが躍りましたが、このドル高傾向が続くことに賭けるというのも中々の度胸がないとできないことです。先が読めないのが為替相場なのですから。
このファンドの購入者は表面的な分配金の安定に幻惑されている人なのか、あるいは為替リスクの変動に賭ける博打好きかなのかといえば、やはり前者でしょう。ちゃりんちゃりんと入ってくるお小遣いに魅力を感じるような人は、為替リスクでぎったんばっこんする状態に耐えられないはずで、この商品に対する理解が不足しているとしか、私には考えられません。販売先には銀行と証券会社がずらりとならんでいますが、どういう売り方をしたのか気がかりです。

Posted by Ken Kodama at 22:05 | Comments (2)

2005年07月05日

行動ファイナンスから見たウォルマートの西友子会社化

ウォルマートが西友への出資比率を引き上げるとの報道です。以下にNIKKEI NETの記事を引用しておきましょう。

(引用始)
『世界最大の小売業、米ウォルマート・ストアーズは年内にも西友を子会社化する方針を固めた。追加増資によって、現在42.4%の出資比率を50%超に引き上げる。あわせて、2009年までの5年間に約500億円を投じ、200店を改装する。西友の業績不振で提携関係を縮小するとの観測も出ていたが、日本市場で反転攻勢を狙う姿勢が明確になった。』
(引用終)

さて、私は西友について、今年の2月に以下のようなエントリーを執筆しています。

なぜEDLPは日本で根付かないのか?

EDLPとは「エブリデー・ロー・プライス」のことで、特売品で集客するのではなく、いつでも安値を提供して集客するウォルマートのマーケティングの根幹をなす手法です。しかし、私の分析があたっているかいないかは別として、日本では上手くいっていないという厳然たる事実は存在しているわけです。にも関わらず、西友への投資額を増やすわけです。しかも、その追加投資はグループ全体の405店舗中の半数に相当する200店舗の改装に使うというのですから、尋常ではありません。
このように「経営者が失敗しているプロジェクトにお金をつぎ込む」ことは伝統的なファイナンス理論では考えられないことですが、伝統的なファイナンスの枠外の事象を説明するのが行動ファイナンスで、この場合は損失回避という概念により、ウォルマートの行動を説明できます。
損失回避の理解を深めるために、『行動ファイナンスと投資の心理学(東洋経済)』及び『人生と投資のパズル(文春新書)』から引用を交えつつ簡単にご説明しておきましょう。みなさんは以下の2つの選択肢を選べる場合、どちらを選びますか?

(1)7,500ドルの確実な損失を受け入れる。
(2)75%の確率で1万ドルを失うか、25%の確率で何も失わないかという賭けをする。

伝統的なファイナンスの立場からは、両方の選択肢はリターンという観点から考えれば等価です。なぜならば(2)の「期待値」は「1万×75% + 0×25%」よりやはり7,500ドルで(1)と等価だからです。しかし、リスクという観点から考えれば、リスクとはリターンのブレ幅のことなのですから、損失が確定している(1)の方が(2)に比べはるかにリスクは小さいのです。
さて、みなさんは恐らく(2)の選択肢を選んだことでしょう。しかし、みなさんは自分はリスク愛好的な人間ではなく、リスク回避的な人間であると信じていることと思います。リスク回避的なあなたは、なぜリスクの高い(2)を選んでしまったのでしょうか?これを説明するのが行動ファイナンスであり、伝統的なファイナンスでは人間はリスク回避的であることを前提にしていますが、行動ファイナンスでは人間は損失回避的であり、損失を回避できると思えばリスク愛好的にもなってしまうと説明しています。株の難平買い等を行う心理もこれにより説明することが可能です。
今回の場合、EDLPはウォルマートの根幹をなす思想であり、それでアメリカでは大きな成功体験を収めているわけです。「アメリカで成功を収めている手法が、日本の失敗原因であるはずがない。日本の失敗原因は・・・そうだ店舗が老朽化しているからだ!店舗に投資して魅力的にすればお客さんは西友に足を向けてくれる。そうすれば後はEDLPの虜になってしまうだけ。マチガイナイ!」まあ、滑稽に書きましたが、意思決定の現場はこんなもんだと思います。また、日本人の西友経営陣は絶対に心の中では「EDLPだけではアカン!」と思っているはずで、それをアメリカ人経営陣に伝えていなかったとしたら、コミュニケーションの深刻な問題を抱えているともいえます。
日本の総合スーパーは、それぞれに自ら袋小路に入っていくように思えます。どこが一番最初に抜け出るのでしょうか?

Posted by Ken Kodama at 21:39 | Comments (0)

2005年07月04日

信念

本日は疲れていて体調もすぐれないのですが、ただ、摩邪のエントリーがいつまでもトップにきていたらさすがにやばいと思い、私の昔話を一つご紹介したいと思います。
本日反応した記事は一面の『働くということ2005』のコラムの「窮地で信念貫けますか」の見出し。この記事自体はあまりしっかり読んでいませんが、「信念」という言葉を聞くたびに、私の心は今から約10年前のアンダーセンコンサルティング在籍時代に引き戻されます。
当時のアンダーセンコンサルティングでは、最初の1年は皆プログラマーとしての経験を積まされ、そこで多少の実績を示すともう少し面白みのある仕事をやらせてもらえる、といったものでした。私も実は「凄腕COBOLプログラマー」だったので、次のプロジェクトでは某上場企業の資金業務改革及び基本設計を任されたのですが、なにせその前の仕事は単純なプログラマーであり、年齢も若かったことから、苦労の連続でした。
純粋な業務改革の部分については、まあまあ自信があったのですが、それを実現するシステムの基本設計となると、スタンダードなシステムの格好自体のイメージがない有様だっとので、レビューで突っ込まれるともろくも崩れ去ってしまうわけです。
当時アソシエイト・パートナー(AP)という肩書きの某氏から、それは毎晩のように人格を否定されるような罵詈雑言を浴びたわけですが、今でも私の心に残っている一言は以下の言葉です。

『児玉って本当に信念がないね。』

これはAPのシステム・レビューに対して、私が「分かりました。ご指摘の通り変更します」といった、のれんに腕押しの対応をしていたことに立腹されたAPが、私に対して投げかけた言葉です。的を得ていただけにつらかったことを覚えています。当時、私は仕事に必要なのは、論理性・知識・経験くらいだとしか考えておらず、まさか「信念」なるものがコンサルタントにとって必要であるとすら考えていなかったのですが、今にして思えば、穴があったら入りたいくらい恥ずかしい思いです。
信念やリーダーシップといった資質は、一見先天的な資質に思われますが、実は後天的に努力によって獲得することが可能なのです。リーダーシップはともかくも、信念については、私はその言葉を投げかけられたあと、私なりの方法で体得した、と胸を張っていえます。どうやって私が、コンサルタントとして必要な「信念」を身につけたのか?それは考え抜くことです。私は論理的な思考能力という面では自信があったため、エモーショナルな面からのアプローチでななく、細かいイッシューに当たる度に、とことんまで突き詰めて考える姿勢を貫くことにより、私なりの「信念」を身につけたのです。
人事考課で、こうした一見どうにもならないように見える評価項目で、厳しい点をつけられて、へこんでいる方もいらっしゃるかもしれません。しかし、私の経験からすれば、仕事においては努力によって後天的に身につけられない資質など存在しません。時間はかかるかもしれませんが、努力次第で自分の未来は切り開けます。
・・・こんな昔話をするほどに、私も年をとってしまったんですね(笑)

Posted by Ken Kodama at 22:11 | Comments (0)

2005年07月01日

私が摩邪の登場を心待ちにするに至った理由を考えてみる。

出先から帰ってきて、かなり疲れているのに、なぜか執筆欲は冷めることを知りません。金曜の夜だというのに、一人パソコンに向かって、ひたすら書く書く・・・こういう日もあるのです。書きたければ、ひたすら書けばよいだけです。
少し古い話ですが、6月18日オンエアのエンタの神様をご覧になられたでしょうか?その日、CM明け後に登場したのは、本日のメインテーマである摩邪と友近でした。CM明けに登場するということは、CM前に登場を告知して視聴者をテレビの前に釘付けにしておく狙いがあるため、二人ともそれなりの地位を築き上げたということです。摩邪を語る前に友近のネタに触れておくと、その日の友近のネタは正に圧巻という他ありませんでした。ベテランの声優になりきるというのは彼女によくあるパターンですが、今回なりきるのは「声優」だったため、なりきるネタの中でも芸が完成されており(外人の料理番組の吹き替え、地方のイカ船のCMの吹き替え等)、正に一粒で二度おいしいどころか十度おいしいくらいの出来映えでした。
摩邪を始めて知ったのは、今年のお正月のことです。初めて彼女を見た印象は「イタイ奴」といったところでしょうか。なぜ、イタイと思ったかといえば、奇抜ないでたちの割には、ネタがマトモすぎてオヤジの愚痴を聞いているような印象を受けたからです。ところが、6月18日のオンエアでは摩邪の登場を誰よりも心待ちにしていたのは私だったのかもしれません。この半年で、なぜ私は摩邪ファンなんぞになってしまったのでしょうか?
私が摩邪のネタを聞いて連想するのは、春日三球・照代の地下鉄漫才です。両者の共通点は①誰もが首をかしげることを②分かりやすく伝えることで③安堵の笑いを誘うという点です。同様の路線を狙う芸人は多くいますが、それは決して万人に対して分かりやすくはなく、また安堵をもたらす類のものではありません(あるあるネタ系のレギュラー、あべこうじ等)。6月18日はたまたま私の母も横で見ていたのですが、恐らく初めて見た摩邪を見て、「面白いわね~、この人」と言っていました。あのイデタチに生理的な拒否感さえ覚えなければ、摩邪はかなり年配の方にも受け入れられるポテンシャルを持ち合わせているのではないかと思います。
摩邪の登場を待ち望むに至ったのは、私自身が「破壊の笑い」「奇抜な笑い」から「安堵の笑い」を求める境地に達したからかもしれません。ただ、摩邪の面白さは、他にも「落差があまりにも大きい演じ分け」といったところにもあり、安堵感だけで春日三球・照代と並べるのは、可哀想かもしれません。また、最近はみなぎる自信がブラウン管を通して伝わってきて、少しずつ新しいことにチャレンジする姿勢も伺えます。このままスター街道を突っ走って、「はぁ?」で今年の流行語大賞をゲットしてもらいたいものです。
老婆心ながら心配なのは、その後どうやってテレビの世界で生きていくかということ。先日、テレビのチャンネルをパチパチ変えていたら、ギター侍の衣装を着ていない波田陽区らしき人を見かけました。波田陽区からあの衣装を取り去ると、アイデンティティの確認すら覚束なくなってしまう有様なのです。摩邪もいつまでもあのイデタチという訳には、問屋がおろさないでしょう。でも、とりあえず、今年いっぱいは乗り切れそうなので、今年はこのまま大暴れしてもらいたいものです!!

Posted by Ken Kodama at 22:27 | Comments (0)

真のリーダー 小倉昌男

元ヤマト運輸社長の小倉昌男氏が逝去されました。本日の日経新聞の13ページに、短文ながら実に素晴らしい評伝が掲載されていますので、万一、小倉昌男氏の実績についてご存知のない方がいらっしゃいましたら、丸めた新聞を広げて、必ずお読み下さい。
宅急便事業を官僚と戦いながら創始したこと、第二の人生を福祉に捧げたことはあまりにも有名ですが、私の知らなかったことは、氏がクリスチャンであったということです。私も今まで信仰に熱心な方と、仕事を通じて知り合ったことがありますが、良い人で仕事もそこそこできる方が多いです。ビジネスセンスがあるため人と人との距離感にも敏感で、信仰に勧誘されるということも経験しませんでした。こういう研究はタブーなのでしょうが、信仰を持つ人とそうでない人のパフォーマンスを比べると興味深いでしょうね。また、もっとタブーな話題でしょうが、どの宗教に帰依する人が、よりパフォーマンスがよいとか・・・
実は、日経文庫の『リーダーシップ入門(金井 寿宏著)』を今読みかけなのですが、本日、まさに小倉昌男氏が考える経営リーダーに必要な条件の章を読もうとしているところに、訃報を知りました。氏が経営リーダーにとって必要と考える10の条件を引用しておくことと致します。

(引用始)
(1)論理的思考
(2)時代の風を読む
(3)戦略的思考
(4)攻めの経営
(5)行政に頼らぬ自立の精神
(6)政治に頼るな、自助努力あるのみ
(7)マスコミとの良い関係
(8)明るい性格
(9)身銭を切ること
(10)高い倫理観
(引用終)

小倉昌男氏は、間違いなく私が尊敬する方ですが、もう一人私が尊敬すると当ブログで発言した方に春山満氏が挙げられます。お二人の共通項は、福祉に情熱を注ぎ、かつ、ビジネスマインドを持っている点です。これに加えて、春山氏は自らが重度な障害を持つというハンディを背負っています。すごい人はすごい。我々はまた一つ日本の光を失いました。合掌。

Posted by Ken Kodama at 21:26 | Comments (0)

ついにバナナ・リパブリック上陸!

遂に、バナナ・リパブリックが日本に上陸するとの報道が、本日の日経新聞の消費面に掲載されていました。なぜ、「遂に」かといえば、私がギャップジャパンに在籍していた当時から上陸の検討の話はきいていたのですが、諸々の事情から最終的な決断は持ち越されていました。それから約5年して、満を持しての出店となります。ちょうど、クールビズが叫ばれている中、グッドタイミングだったのではないでしょうか?会社がカジュアルの方には、お勧めだと思います。バナナリパブリックでコーディネートすれば、法廷の罪人やヒモ呼ばわりされることはないですから(笑)
私と同じくらいの年代の方は(私は36歳です)、バナナ・リパブリックといえば、ハワイ旅行に行った友人に、動物が背中にプリントされたTシャツを買ってきてもらう風習が流行っていたことを思い出しませんか?ギャップがバナナ・リパブリックを買収したのは1983年なので、私が大学生当時は既にギャップ傘下のブランドでした。
ギャップは他に「オールド・ネービー」というブランドも抱え、価格帯としては「バナナ>ギャップ>ネービー」という順番になります。オールド・ネービーの価格帯については、ユニクロに太刀打ちできませんから、恐らくは今後も、日本進出はないかと思われます。
出店は銀座プランタンと六本木ヒルズノースタワーともう一軒とのことです。ヒルズなIT系の人達が物色にくるんでしょうか?なんか嫌ですね(笑)

Posted by Ken Kodama at 20:55 | Comments (0)