2006年02月28日

しばらく更新をお休みします。

どのような検索キーワードで当ブログにたどり着いたのかをチェックできるようになっているのですが、最近嬉しかったのは「永田議員 劇団ひとり」というダブルのキーワードで検索いただいた方が何名かいたこと(笑)。やっぱり、みんな思うことは同じですね。
さて、最近自らのキャパシティーを上回る仕事量を受けてしまって、かなりシンドイ状況が続いており、この状況は3月の20日前後まで続きそうです。仕事の中にはレポートの執筆も結構含まれており、書くことからはできるだけ離れていたいという心境なので、この自己研鑽目的のブログの更新は3月の下旬まで更新を休ませていただきます。同じ「書く」でも、別腹でイケルかな~、との甘い観測をたてていたのですが、ラザニアのデザートにぜんざいを食うといった類の別腹で、正直もうお腹いっぱいといった感じです。
ただ、「お茶漬けならいけるかな~」という想いはあるので、趣味の音楽の話など、ライトな話題なら、3月中もなんか書くかもしれません。忙しいにも関わらず、ハンク・ジョーンズは見に行くつもりだし。
ということで、4月から仕事量をコントロールした上で、再度充実したエントリーとともに、皆様にお目にかかれる日を楽しみにしております。

Posted by Ken Kodama at 09:47 | Comments (2)

2006年02月21日

「裏の情報」という「甘く危険な香り」

「自民党はすっかり勝ちムードだ。(本日の日経新聞より引用)」

こんな記述を見る限り、どうやら永田クンは「ヤラレタ」のだという感が強くなってきた。もちろん、シロかクロかは今の段階では分からないが、あとは武部が泣くか永田が泣くか、それだけのことである。政治家の仕事の多くが、こうした不毛な応酬に費やされるのは、実に嘆かわしいことである。
確かに、今回の「メール」のような「裏の情報」が世の中を大きく動かすことはある。耐震強度偽装問題においては「きっこのブログ」が当事者のイーホームズ社長を驚かせるほどの情報を有しており、一時は話題になった。しかし、あなたがこの手の「裏の情報」に出会ったとして、その90%は信憑性がないものだと思ってかかった方がよい。ときには、「裏の情報」はあなたの身をほろぼす可能性すらある。
私自身、この手の「裏の情報」に何度も出会ってきた。よき紳士であるビジネスマンの方からは、世間を賑わしている経済事件の「真相」を教えていただいた。また、面白いところでは、昔ある女友達からこんな話をきいた。「リチャード・ギアはゲイである。なぜなら病院に勤務する『私の友達』が、彼の『ある穴』にネズミが引っ掛かってととれなくなって、かつぎこまれたのを目撃したから。」
もちろん、真偽のほどは定かではない。こうした真偽が定かではない「裏の情報」を伝播する人の動機というのは、「自分はこんな情報を入手できるほど重要な筋と近い位置にある」ということを誇示したいがためである。だから、その情報の真偽は定かではなくても、その情報を提供してくれた人の価値観を知る手がかりは提供してくれる。経済の裏情報を提供してくれる友人がいるならば、その友人は「経済界の要人と近くにいたい」と思っているということである。芸能ネタを流す人は、芸能人とお友達になりたいのである。「裏の情報」自体には価値はほとんどないが、それは伝えてくれた友人の価値観を教えてくれる。今まで以上に友人を理解するための情報として活用すればよいだけのことである。
「情報を持っているか否かは勝敗に関係しない。」というのが私の信ずるところである。何が勝敗を分けるのかといえば、それは情報の分析力や洞察である。公開されている情報であっても、読む人が読めば大いに有用な情報となる。バフェットが投資の決定にあたって最も重視する情報は、アニュアル・レポートであるという。数字のかすかな動きから何を嗅ぎ取るか。職場の同僚の何気ない表情から何を察知するのか。「裏の情報」なんかを必至になって探そうとしなくたって、情報はあなたの目の前にあふれている。それを読み取る能力を持ち合わせていないだけのことなのだ。
こんな価値観を私が持つに至ったのは、幼少期に読んだ推理小説、特にクリスティーの「ミス・マープルもの」が影響しているかもしれない。「その話を聴いていると、姪のスーザンを思い出すわね~。・・・(中略)・・・だから、犯人はそのメイドなんでしょ?」ミス・マープルはそこでずばりと犯人をあてるところがカッコイイのだが、我々の場合はそうはいかない。同じアプローチをとることは、極めて危険である。情報の解釈にあたっては、慎重を期すべきということをお忘れなく!

Posted by Ken Kodama at 09:39 | Comments (2)

2006年02月18日

「魔の30分」と「投機家の功罪」

標題のようなタイトルで私のもう一方のブログに執筆してみました。よろしければ、目を通してみて下さい。

金融ニュースの行間を読む

なお、上記のブログは2月いっぱいをもちまして終了の予定です。合わせて読んでいただいた方はありがとうございました。

Posted by Ken Kodama at 18:44 | Comments (0)

2006年02月17日

ドン・キホーテと劇団ひとり

昨日、報道ステーションにチャンネルを合わせたら、劇団ひとりがスーツ姿で会見に臨んでいた。一体、何をやらかしたのかと思いきや、この人、民主党の永田寿康議員であるらしい。そのくらい、私は疲れている。(ちなみに、劇団ひとりを真ん中に永田議員とヒューザー被害者の住民代表の赤司さんを両脇に配すれば、ナンシー関が普及させた「顔グラデーション」が完成するかもしれない。永田代議士と劇団ひとりと、どちらがより芸人向きの顔かという観点からいえば、間違いなく永田代議士だと思う。)
私が法律に強くないことは、当サイトに訪れていただいている方には周知の事実である。加えて、2月は少々スケジュールが多忙で、3時間くらいしか眠れない日が2~3日続いたりする。だから、新聞もろくに読めないし、まだ頭の中も疲れている。・・・と、十分に予防線を張った上で、ドン・キホーテのTOB問題を僭越ながら語らせていただきたい。
今までの経緯の新聞記事を読んではいないのだが、本日の日経新聞朝刊11ページの江尻弁護士の記者会見のやりとりの一節に、今回の件の核心が浮かび上がっているように私には感じられる。以下に、一部だけ引用させていただきたい。

(引用始)
『江尻弁護士「資本市場にはルールがあり、現在あるルールを守っていれば、グレーという議論にはならない。今回のケースは真っ白だ。」
記者「TOB失敗後の市場での買いつけについて、TOB開始前から意図して実施した場合はどうか。」
江尻氏「グレーだと思う。」』
(引用終)

上記の短いやりとりは、様々な観点から興味深い。まず、法律のシロウトの私にとっては、江尻氏の発言は、詭弁以外のなにものではないように感じられるという点。TOB失敗後の市場での買いつけも、TOB自体もオリジン東秀の支配権の獲得を目的としたものであることは間違いない。どういう論理を展開すれば、両者の間に関連性はないという方向に持っていけるのか?もちろん、弁護士には勝算があっての発言なのだろうが、両者を「一連の取引」とみなすかみなさないかの議論は、我々にとって空恐ろしいくらい不毛な論である。しかし、この点を巡って日経新聞は大々的に紙面を割き、法曹界の専門家は議論を戦わせ、そして私のような専門外の人間までブログ執筆に時間を費やす始末である。
もう一点は、法曹関係者のモラルという問題。上記の発言からも、「真っ白だ」と言いながらも「グレーである」可能性が濃厚であるとの認識を、弁護士が持っていることは明らかであろう。このようなグレーな取引に一般人が果敢に挑むことは難しく、法曹関係者のアドバイスなしには、グレーな領域に飛び込むことは難しい。つまり、私が問題視するのは、法曹関係者がグレーな領域に飛び込むことを後押しすることをビジネスとしているように見えるという点である。ライブドアのときもそうであった。弁護士にモラルの認識がないわけがない。であるから、私にとっての関心は、彼らの内面においてビジネスチャンスとモラルの相克をどのように処理しているのかという点である。なんとなく、養老孟司氏の『無思想の発見』あたりにその答えがありそうな気がするのだが、時間がなく読む暇がない。
もちろん、このように弁護士を使うことを意図するのは経営者の側である。ドン・キホーテによるオリジン東秀買収の一連の動きを見ていて連想したのは、トロイの木馬である。すなわち、だましうち。ビジネスとはパートナーとの信頼関係を構築しないことには成立し得ないものである。かつて、ドン・キホーテは、仕入先との関係のあり方を、公正取引委員会に問題視されたことがあった。ドン・キホーテの経営は顧客満足だけしか頭になく、ビジネスパートナーとの信頼関係の構築などは、恐らく一秒たりとも考えたことがないのだろう。今回の一連の騒動により、仮にドン・キホーテがオリジンの経営権を取得できたとしても、ビジネスパートナーは警戒感を深めるであろう。長期的に見れば、失うものも大きいはずである。
良心に呵責を感じつつもビジネスを追求する弁護士と、そもそも倫理観を持たない経営者。これは無思想の日本人の縮図である。我々もこうした一面を持っているということであり、我々の内面に巣食う「弁護士」と「ドン・キホーテ」と対峙せねばならない。

Posted by Ken Kodama at 10:09 | Comments (0)

2006年02月10日

私も「中年」だったとは・・・

2月はずっと某社の企業研修のお手伝いをさせていただいているのですが、受講生の方にとってかなりしんどいものであることはいうまでもないものの、講師を務める側にとってもかなりの精神的・肉体的な疲労を強いられております。まさに新聞を読む時間すらなく、仮に読めても、いつものように「神が舞い降りてきてくれない」状態であり、執筆のインスピレーションが湧かないため、本日は日経新聞を離れた話題としたいと思います。
今担当している企業研修においても、その他においても私よりも年上の方に受講していただいて、私からフィードバックをさせていただく機会がしばしばあるのです。そのため、そうした私より年配の方の心理状態を知るための手がかりにならないかと『エグゼクティブ・コーチング』という書物の中の、「中年期にあるエグゼクティブの発達への理解と支援―心理学的タイプ論による中年期の理解と支援境界線を越える」という論文を読んでいたのです。この論文を読んで発見したのは、「ここに書いてあることって全部自分のことじゃん!え、俺って若いつもりだったけど、中年だったの???」という衝撃的な事実でした。ま、唯一異なるのは、私自身は「エグゼクティブ」ではないという点ですが(笑)。
この論文を理解するには、まずユングのタイプ論を理解する必要があります。ユングのタイプ論のベースは以下の3つの切り口です。

①外向 VS 内向
②直観 VS 感覚
③思考 VS 感情

そして①×②(例:直観-内向)、及び①×③(例:感情-外向)の8通りに人間を分類して考えるのが、ユングのタイポロジーです。(余談ですが、ホリエモンを性格分析した以前のエントリーで取り上げたエニアグラムですが、ユングの8つのタイプとエニアグラムの9つのタイプのうち8つは、1対1の対応をします。そして唯一対応しないエニアグラムのタイプが、タイプ3なのです。)
ここで、エグゼクティブ・コーチングの論文が言っていることは、中年期に差し掛かると自分のタイプと正反対のタイプの事項に関心が向かうようになるということです。例えば直観タイプだった人は、感覚タイプに関心が移行し、庭いじりなどで土の感触を楽しんだりし始める例が紹介されています。
私はといえば、ユングのタイプからは多少話しが逸脱するのですが、このブログをはじめた当初は一貫してファイナンスがらみのネタが多く、そうした数値分析が主たる関心だったことは言うまでもありません。しかし、最近のエントリーから、今の私の主たる関心は「ヒト」に移ってきたことは歴然とした事実であるといってよいでしょう。こうした今までの自分とは正反対の事項に関心が向かい始めるのが中年期であるとのことであり、この事実から考えれば、私もまさに「中年」であるからこそ、こうした変化を経験しているといえるのでしょう。
う~ん、中年なのかな、やっぱり自分は・・・少々複雑な心情ですが、こうした研究自体が存在することすら知らなかった自分が恥ずかしい。人生とは一生勉強の連続なのですね。

Posted by Ken Kodama at 16:38 | Comments (0)

2006年02月01日

なぜトヨタではガソリンを売っていないのか?

冒頭に一つお断りしておくと、2月は私の所要のため更新の頻度が減ると思います。週に1~2回が限度だと思います。なぜか、今年に入ってアクセスが急増しており、こうした折に更新頻度を減らすのは私としても残念ですが、その分「質」で勝負できればなどと思っています。

さて本題。タイトルはタイトルとして本日の話題はキャノンの勝訴である。ご存知のようにキャノンはプリンターを販売するとともに、インクのカートリッジも売っている。そして、そのインクのカートリッジが高い。それは、キャノンの価格戦略であって、プリンター本体の価格は抑えて、消耗品であるインクカートリッジの価格は高くして粗利を稼ぐ。このような価格戦略はキャプティブ製品の価格設定と呼ばれ、これに関するエントリーは以前執筆させていただいた。

携帯電話とキャプティブ製品の価格設定

コトラーのマーケティングの教科書には、他の例としてジレットのカミソリが挙げられているが、この種のいわば先発品と後発品のビジネスモデルは実に多い。携帯電話の端末と通話料もそうだし、金融商品の初期の販売手数料と残高に応じた手数料も同様である。あるいは機械とメンテナンスサービスの関係も。
さて、ここでタイトルに話題を移そう。自動車だって、自動車本体という先発品とガソリンという後発品に分けることが可能である。なぜ、トヨタはガソリンを自ら販売して、後発品であるガソリンから高い粗利をとるビジネスモデルをとらなかったのであろうか?こんな問いを発する私は、お馬鹿さんなのか?
もし、上記の質問に真面目につきあってくださる方がいれば、こう諭してくれるのかもしれない。「ガソリンとはコモディティであり、インクのカートリッジと異なって差別化できない。だから、他社の参入が容易であり、囲い込みは極めて非現実的な話である。」ごもっともなご指摘です。でも、「インクのカートリッジ」といえば、それは特許で武装され、差別化された製品なのかもしれないが、「インク」単体で考えればどうなのであろう。技術的なことはよく分からないが、我々が使うプリンターだって、「インク注入口」みたいな穴を開けておいて、そこから粉だか液体だかをドボドボと注ぐ・・・そんな形態の発展だってありえたはずである。そうならなかったのは、御手洗氏の執念ゆえである。キャノンはカメラメーカーとしてスタートしたときに、「我々はフィルムメーカーを儲けさせているだけではないか」との認識を深めるにいたった。そうしたカメラでの悔しい思いがあったから、インク「カートリッジ」という、高収益ビジネスモデルを思いついたのであろう。もし、豊田喜一郎氏あたりが、「我々は石油メジャーを儲けさせているだけではないか」との問いかけを発していたならば、ガソリンは複雑な形状をしたカートリッジのようなものに詰められて、自動車製造会社が独占的に販売していたかもしれない。
ここで私が言いたいのは、「我々が当たり前に感じていることは、実は少しも当たり前ではない」のであるということ。「当たり前」に見えることを疑ってみるところに、ビジネスチャンスは存在するのだ。では、何がそのビジネスチャンスを発見させるのか?例えば、私が本日のエントリーを執筆した思考プロセスをさかのぼってたどってみると、それは「A→B、B→C、よってA→C」などという三段論法に頼ったのではない。頼りは直感である。
ダイヤモンド社の『意思決定の技術』には『「直感」の意思決定モデル』と題された論文が収録されている。それによれば、「真の意味での霊感的な意思決定には(引用)」クロス・インデックスなる能力が必要であるとのことだ。このクロス・インデックスとは「共通点のない複数の領域から類似パターンを見出す能力(引用)」であり、「クロス・インデックスのパワーは情報量に比例して高まる(引用)」とのことである。
私に誇れるものがあるとしたならば、一つはこのクロス・インデックスのパワーであろう。キャノンのキャプティブ製品の価格設定の問題を、自動車とガソリンの問題に結びつける。そして、それにとどまらず、この話をハーバード・ビジネス・レビューの『意思決定の技術』に結び付けてしまった。この本は一時間前に購入したのにすぎないのに!!
また、同著はこうも述べている。「多くの企業のトップは、ジョギングをする、空想にふける、好きな音楽を聴くなどして、何らかの瞑想状態をつくり出すことで右脳を刺激する方法を学んでいた。(引用)」人それぞれ、インスピレーションを湧きやすくする方法は色々なのだ。私は、といえば、私にも独自の「瞑想状態」を作り出す方法はあるのだ、実は。それを明かすと、「静かなベローチェでアメリカンを飲むこと。」というオチで本日は失礼。

Posted by Ken Kodama at 12:21 | Comments (4)