本日の日経新聞の一面の『会社とはなにか』と題するコラムに、グーグルが拠点をアメリカのアナーバーに新設し、1000人を雇用するとの記述があった。実は私はこのアナーバーという街に訪れたことがあり、私の大好きな街である。日本でいえば、成城かなー。ハイソな感じがそこはかとなく漂い、近くに自然も多くある、素敵な住宅地なのである。で、なんで行ったことがあるかというと、フォードに勤務していたときの研修で行ったのだ。アナーバーはGMやフォードの本拠があるデトロイトの郊外にある街で、両者のエグゼクティブが多く住んでいる街なのだ。
私が参加した研修はフォードのファイナンス部門への新入社員の研修。大分前にもこのブログで書いたことがある気がするのだが、また書くと、この研修で私は人生ではじめて自らの学歴を恥ずかしいと感じることとなった。参加者の8~9割はアメリカ人で、ヨーロッパとアジアがちらほらいて計40人だったのだが、6割くらいの人達の最終学歴がMBA。で、3割くらいがBBA(経営学部卒)。そして残りの1割に数学専攻の人や、私のような"Liberal Arts"専攻が入ってくる。ちなみに、私は上智大学外国語学部英語学科卒なのだが、正式な書類でない限り、外人には「英語専攻」とは口が裂けても言わない。だって、そんなに英語上手くないもん(笑)。
話がそれてしまったが、常に"Best & Brightest"しか採用しないグーグルがアナーバーに拠点を設けるということは、恐らく危機に瀕するフォードやGMから優秀な人材を獲得したいからであろう、というのが私の推測。
フォードはファイナンス部門が力を持ち、あらゆる部門に数値分析を担当する人々が配置され、数値的な分析に基づいた経営を行っている。そして彼等の多くはMBAホルダーである。一方で、我が世を謳歌するトヨタにはもちろんいくらかのMBAホルダーがいるではあろうものの、フォードほどはいまい。かつてフォードの日本法人に勤務した者としてフォード社の名誉のために申し上げれば、私が仕事を一緒にさせていただいたMBAホルダーは皆聡明で、尊敬に値する方々ばかりであった。そしてそんな方々が、全世界のあらゆる部門に配属されているのに、皮肉なことにフォードは「財務的な」危機に瀕している。私がお会いした個々の人々に対する素晴らしい印象を忘れて外からフォードの組織を見るならば、このMBAホルダー達によって構成されるファイナンス部門が、現在の危機の一因を担っていたとの仮説は、やはり成立するのであろう。
そんな折に、本日本屋に立ち寄るとこんな本を目にした。
普段であれば、こんなセンセーショナルなタイトルの本は、私は見向きもしない。「MBA」とタイトルに入っているだけで、マーケティング臭がぷんぷんだからである。しかし、朝読んだ記事のこともあったので、手にとってみると、なんと著者はあのミンツバーグである。中小企業診断士の受験講座でも名前を覚えさせられるほどの、有名な経営学の高名な「グル」の一人である。なかなか渾身の力作のようであり、500ページを超える大作だ。恐らくは私の抱いた疑問、すなわち「フォードを駄目にしたのはMBAなのか?」という疑問に対するなんらかの回答があるのではないかと期待しているのと同時に、この本のテーマはMBAに代わり得る、有効なマネージャー育成プランを提唱することにあるようであり、であるならば企業研修を担当する私が読まないわけにはいかない。とりあえず購入して、1ヶ月くらいは忙しいので「ツンドク」になるだろう。もし、先に読まれた方がいたら、是非ご感想を書き込んでいただけると幸いです。
一般の方が海外旅行だ、お盆休みだとはしゃいでいる時期に、私はこれから怒涛の1ヶ月をすごすこととなります。また、更新が滞りがちになることと思われますので、予めご承知をいただければ幸いです。
さて、本題に戻り本日の日経金融新聞のトップ記事はなんとWeb2.0であった。といっても、IR(インベスターリレーションズ)とブログというあまり新鮮味のないテーマなのだが、Web2.0という用語が、日経金融新聞のトップを飾るということは、なかなか象徴的な出来事でもある。ただ単に流行を追っているという側面ももちろん否めないが。念のため、Web2.0という概念について、門外漢の方は下記の著作がお薦めである。
Web2.0については、私はこれはIT業界の人々だけが考えればよい技術的な問題かと思っていた。しかし、実はそうではない、これは人間の欲求の問題なのである、ということに最近気がついて、そうなると最早これはテッキー達ばかりに任せておくことはできない。Web2.0とはいくつかの新しいトレンドをひとまとめに総称する呼称にすぎず、まとめられている一つの側面が、CGM(Consumer Generated Media、コンシューマー・ジェネレーテッド・メディア)という用語で示されるものであり、要は一般人が無償で提供するコンテンツのことである。私もこのブログでは専門外のことにも幅広く口を出すため、このブログもCGMの一つである。
そしてこうしたCGMを整理するためのテクノロジーの一つがいわゆるブログソフトウェアであり、あるいはSNSという会員制のシステムなのだが、研修講師として人の心を扱う私が考えねばならない最大のテーマは、①なぜ人々は無償で貴重な知識を提供し、かつ②その知識が程度の差こそはあれ有用であるか、という点である。
消費者が無償で情報を提供する動機には様々なものがあると考えられる。例えば対人的な動機。ごく親しい友人に近況報告をしたいから、ネット上で情報を発信したいという方々は多く存在する。が、これらの人々は不特定多数から自らの書いたものが閲覧されることを必ずしも好まないため、SNSが最適なツールとなる。対人的な動機を持つ人々が書く情報は信頼できるかといえば、それは当然ながら口コミと同様のレベルに信頼に足る。なぜなら、信頼に足らぬ情報を流し続ければ、友達を失い、そもそもの対人的な動機を満たすことはできなくなるから。
ブログを書く動機となると、これは様々だ。例えば私は、2年間近くブログを書き続けているが、ブログ記事が金銭獲得につながったケースはあまりない。しかしそれでもなお執筆を継続するのは自己研鑽のために大いに有効だからだ。あるいはアフィリエート・プログラムで金銭を獲得しようという動機のもとでブログを書いている人々もいる。しかし、前者のタイプのブログの方が後者のタイプのブログに比べて、はるかに信頼性に足る、あるいはアミューズメント性が高いということを、みなさんは既にお気づきのはずだ。なぜか?
この疑問に対する答えの一端を提供するのが、下記の著作であり、私が久々に感銘を受けた本でもある。
当初は部下育成というテーマの足しにでもなればと思って読んだのだが、扱っている内容は深遠であった。この本で私が得た最大の驚きは「金銭は人を統制する」という事実である。金銭は人々を動機付けるものであると考えられている。お金がもらえるから働く、そして給料がパフォーマンスに比例すればもっと働く。こんな考えのもとに導入された給与制度が、いうまでもなく成果主義である。
しかし、この著作の著者は以下のような興味深い実験を行った。知的好奇心を満たしうるパズルを2つのグループの人々に行わせる。Aグループの人々にはパズルを解くことによる報酬を与える。一方で、Bグループの人々にはパズルを無報酬で解かせる。で、パズルを解いた後の休憩時間に両グループの人々を観察する。すると、Aグループの人々はパズルに目もくれていなかったのだが、Bグループの人々は休憩時間中もパズルに熱中していた。これが金銭報酬の持つ負の側面であり、金銭報酬は我々の内発的な動機付けを放棄させるネガティブな効果をもっているのである。また、加えて金銭報酬は、報酬を獲得するために人が手段を選ばなくしてしまう危険性をも兼ね備えているという。村上ファンドがその好例か。
さて、WEB2.0にこの著作の結論をあてはめてみれば、無報酬で提供されるCGMは、消費者(トフラーの言うところの「生産消費者」)が無報酬で情報提供をしているからこそ、内発的な動機付けが失われることなく、したがって比較的良質な情報が提供されているとの仮説をたてることが可能となる。
無報酬で情報提供する動機は他にもあり、例えば有能な仲間からの承認欲求(自分の力を認められたい)がリナックスという巨大プロジェクトを成功に導いたことは言うまでもない。リナックスを成功に導いた人々の倫理観や動機については、下記の著作が的確な記述をしているようだが、私は買ってまだ「ツンドク」状態のため、詳細は分からない。他のタイプの動機も考えられるはずであり、グーグルの行く末をひたすらウォッチしたり、やれポッドキャスティングだ、マッシュアップだ、とカタカナ用語やテクノロジーに浮かれることが、Webの未来予測に役立つわけではない。
・・・とかここまで書いといて、振り返って私のブログを見れば、アマゾンのアフィリエートへのリンクのオンパレードである(笑)。金銭的な動機に目がくらんだ私のブログの質は低下していくのか?ご心配なく。動機付けれられるほどの金銭は、アフィリエートプログラムからは入ってきませんから(笑)。
私がアマゾンのアフィリエイトに登録したから、という訳でもないのですが、今日はお薦め本の紹介。
もちろん全ての本を手にとって見た訳ではないが、書店に並ぶ日本株の本は私にとって「クズ」ばかりだった。もちろん、書いてある内容自体が「???」な本もあるにはあるが、それ以上に私が受けつけないのは、投資に対する価値観の違い。サラリーマンがデイトレードをやるのは反対なので、その類の入門書は受け付けないし、テクニカル分析なんて論外。インデックスファンドについてはボーグルの著作を凌駕するものは出ないであろうし、バリュー株についてもいまだにベンジャミン・グレアムやバフェットのレターが読み継がれる有様。そんな中見つけたこの本は中小型株を対象とするバリュー株投資がテーマである。
著者の方、実は中小型株部門のアナリストランキングで、毎年連続で1位の座にあったため、お名前だけは知っていた。で、そういう「権威」がある方が書いているということもお薦めする理由の一つなのだが、書いていることがこのブログと非常に似ている!実はまだ、ところどころつまみ読み程度なのだが、MSCB問題への批判は実に手厳しい。たとえば『自分の魂を売る企業、それで儲ける証券会社』なんてタイトルの章もあるくらい(笑)。私もここまでの表現は使えなかった・・・はず。このブログのファイナンス関係を読んで「うんうん」と頷くことが多い方は、絶対読んで損はしないと思う。
【追記】
やっぱり、私はもっとひどいこと書いとりました・・・
「悪魔に魂を売り渡す資金調達」だって・・・。口が悪いね~~(^_^;)
今の私はサラリーマンではなく、また必ずしも毎日顧客企業のもとに出向いたりするほどの売れっ子でもないため、忙しい時はそれこそ2ヶ月くらいろくに休めないくらいの日が続くのだが、暇なときは結構暇だったりする、全然自慢できる話ではないが(笑)。実は今週の後半から、忙しさの「嵐」が訪れることが分かっているのだが、さしずめ今日当たりは「嵐の前の静けさ」といった感じの「暇」な日なのだ。なので、本日のエントリーはちょっと趣向をこらして、本日の日経新聞17ページに取り上げられた、アサヒビールによる和光堂の買収を取り上げてみたい。私がこの記事に惹かれたのは、普段あまり明らかになることのない、買収価値の算定根拠が以下のように明確に記述されていたからである。
(引用始)
『和光堂の2006年3月期の連結営業利益は11億円。アサヒはコスト削減やグループの連携による相乗効果でこれが3年後に30億円、10年後に40億円になると想定し、フリーキャッシュフローを算定した。投下資本のコストの7%弱で割戻し企業価値を算出、投資採算に合うTOB価格を導き出した。』
(引用終)
上記の情報をもとに、和光堂の理論的な企業価値を自分のスプレッドシート上で再計算する作業をしてみた。まず、運転資本の増減等の情報がないため、FCFは1・2年目が10億円、3~9年目が30億円、10年目以降が40億円とし割引率は一律7%を適用してみて再計算したところ、470億円という数値が出た。日経新聞を見る限り、もう少し理論値は高いはずなのだが、詳細な情報がないためこれで止むを得ない。以下は、この計算過程を巡って、私と禅師の間で交わされた、禅問答である。
禅師「児玉よ。和光堂の企業価値を自分で再計算したとのことだが。」
児玉「は、スプレッドシート操作は、私にとって朝飯前ですから。」
禅師「そんなことはどうでもよい。ところで、割引率は7%を適用したとのことじゃが。」
児玉「『投下資本のコストが7%弱』とありましたので従いましたが何か?」
禅師「この7%という数値は今の資本コストなのか、それとも買収後の資本コストなのか、どっちじゃ?」
児玉「新聞にははっきり書いていませんが、おそらく今の資本コストかと・・・でも今の資本コストを使うことに何か問題がありますか?」
禅師「お前ら『カネの亡者』達が組み立てた理論によれば、資本コストというのはリスクの大きさを反映しているそうじゃな。ならば和光堂という大型買収を終えたアサヒビール自体の経営リスクは増大し、従って資本コストも増加すると考えて企業価値を計算するのが妥当ではないのか?」
児玉「私は『カネの亡者』などではありませんが、そうですね、それなら2%ポイントくらい増やして、9%の割引率で再計算してみましょうか?・・・うわっ!!」
禅師「どうしたというのじゃ?」
児玉「割引率をたった2%ポイント増やしただけで企業価値が350億円、さっきの値より120億円も減少してしまいました!」
禅師「ホッ、ホッ、ホッ。どうせ、こんな割引率なんて浮ついた数字は、経営者の鶴の一声で数%動かすことは、それこそ『朝飯前』なんじゃろ。そんな適当な計算で、何百億という高い買い物をする奴らは、わしから見れば狂気の沙汰じゃな。」
児玉「まったく、お口が悪い。」
禅師「まあよい。ところで、さっきの7%の前提のもとでだが、10年目までのCFのもたらす価値と、それ以降のCFのもたらす価値の比率はどのくらいになるのかな?」
児玉「10年目までが180億で38%、それ以降が290億で62%になります。」
禅師「10年目以降の価値はどうやって計算したんじゃ?」
児玉「まず、割引率7%のもとでの40億円の永続価値が571億円と求めらます。そこから、1年目から10年目まで40億円が続くCFを現在価値に引き直したものの合計額である281億円を差し引いて、11年目以降の永続価値を計算しました。」
禅師「まったく、お前の数学は昔から力づくじゃな、エレガントさのかけらもない。」
児玉「余計なお世話です。」
禅師「まあよい。わしがお前に気付かせたかったことは、この500億円近くの高い買い物の大半の価値は11年目以降から未来永劫に渡るキャッシュフローからもたらされるということじゃ。お前らカネの亡者は流行に踊らされて、『ドッグ・イヤー』だの『アジャイル』だのと横文字を語ることで分かった気になっておる。まあ、それはよいとして、この万物が生々流転する変化の激しい現代においてじゃな、『11年目以降未来永劫まで』なんていう先のことを、誰が言い当てられるというのだ?」
児玉「我々は科学的に行動しますから、誰も未来のことなど言い当てるなどという、人智を超えたことを行うつもりはありません。」
禅師「しかし、少なくともアサヒビールの経営陣は、未来永劫までのキャッシュフローを算定に含めるというこの企業価値算定のフレームワークを『信じて』いないことには、株主様に対して、申し訳がたたんぞ。」
児玉「彼らが何を信じようが、私の関知するところではありません。」
禅師「聞けば、お前は中小企業診断士の受験予備校なんぞというところで、このDCF法なるフレームワークを教えておったそうではないか。信じてもいないことを、ぺらぺらと教えるほど、お前は軽い奴だったのか。」
児玉「・・・言葉をつつしんで下さい。私はこのDCF法のフレームワークを体得して信じた上で、教壇に立っておりました。私が信ずる根拠はこの本です。」
禅師「この本がなんだというんじゃ?」
児玉「この本は『マッキンゼー』というビジネスコンサルタントの最高峰と言われる人々が集う組織に属す人々が著した本で、今回の和光堂の企業価値算定方法も、この本の記述にのっとったものです。」
禅師「ホッ、ホッ、ホッ、普段威勢のいいことを書いているお前さんも、最後は権威に頼るんじゃな。」
児玉「・・・それだけではありません。多くの買収案件において、このフレームワークが使用され続けてきたこと自体、DCF法の有効性を物語っているといえます。また、証券アナリスト達が理論株価を算定するときに使用するフレームワークも、やはりDCF法です。」
禅師「今度は『時の流れに耐えてきた』から信じるというのか。証券アナリスト達という『多くの人々に支持されている』から信じるというのか。まあ、お前の底は知れとるわい。」
児玉「私、そしてDCF法を信奉する株式市場全体を馬鹿にするおつもりなのですか?」
禅師「落ち着け、落ち着け。そうではない。わしが分からんのは、お前らの心の中の矛盾じゃ。わしが宗教的な観点から『未来永劫』という言葉を一度口にしようものなら、嫌悪感で口を歪める。しかし、お前らの信奉する資本主義の象徴たる企業買収の理論価格算定のフレームワークにおいては、『未来永劫のFCF』なんていう化け物が内包されているのじゃぞ。」
児玉「でも、我々が『未来永劫のFCF』への信奉をやめてしまったとしたら、全ての企業の理論価値は半減近くの水準になり、株式市場は大暴落してしまいます。禅師はそんな結果をお望みなのですか?」
禅師「もちろん、わしはそんな悲惨な結末を望んでおらん。わしが言いたいことは、お前らの『信』の基盤を構成する『メンタルモデル』に目を開け、ということだけじゃ。そこで矛盾や不条理に気付きながらも、なおも他の人々の幸福のために悩み続けるのが人間というものじゃ。」
児玉「少々頭が混乱してまいりました。落ち着いて禅師の言われたことを、考えてみたいと思います。
禅師「それがよい。」
・・・ま、上記のエントリーで何が分かったかといえば、今日の私はこんな文章を執筆するために、1時間半を割くことができるほど暇である、ということだけかもしれません(笑)。
本日の日経新聞5ページには、ミニ日経平均先物なるものが本日から大証に上場される旨が紹介されている。久々に、個人向け金融商品というカテゴリーで、私の執筆欲を書き立ててくれる金融商品である。
朝、電車の中でこの記事を読んだときの私の直感的な意見は「こんな金融商品、個人が手を染めたらアカン」というものだった。なぜって投機色が強く、ますます個人投資家が投機家に変貌するのを助長する側面以外にないように思えたから。
しかし、涼しい気温の中、頭をクールダウンさせて考えてみると一概にそうともいえないのではないかという気になってきた。その理由の一つは、大分昔に書いた「外為証拠金取引」の利用法とのアナロジーからである。
上記のエントリーで書いたように、外貨預金の手数料は依然として馬鹿高いが、外為証拠金取引は競争が働きかなりの低コストとなっている。ならば、レバレッジを過度に取りすぎることのないように注意すれば、外為証拠金取引は外貨預金の代替として機能し得る。これと同様にミニ日経平均をETF等の日経平均連動ファンドの代用として使えるかもしれないと思ったのだ。しかし、ノーロード(販売手数料ゼロ)の日経平均連動のファンドなども存在し、ミニ日経平均の手数料体系は詳しくしらないが、ミニ日経平均がコスト的に「大幅に」優位に立つということは多分ないであろう。
第二の理由は個人投資家のポートフォリオのヘッジ目的のために、ミニ日経平均が使えるのではないかと考えたためである。従来の日経平均に比べて売買単位が10分の1に引き下がるのだから、少額のポートフォリオのヘッジにも使い勝手がよくなる。しかし、デリバティブを個人投資家のヘッジ目的に使用するにあたって、最大のネックとなるのが「税制」である。現時点で、現物株式の損益と先物取引の損益は通算できないため、そもそもデリバティブを使用したヘッジ取引を個人が実施するインセンティブは大いにそがれてしまう。
ETFの代用とするほどのコストメリットは考えにくく、ヘッジ取引には税制のネックがある・・・ということは、やはり私の直観はあなどれず、「良識ある」個人投資家にとっては、現時点では手を出しづらい金融商品であるというのが、とりあえずの私の本日時点での結論。また、追加情報等により考えが変われば、追記していきたいと考えています。
本日の日経新聞などを見ると、「いよいよゼロ金利解除か」といった感じだが、特に歴史の浅い企業の経理部の方は、短期的な資金運用という新たな業務に、ゼロ金利解除後に本格的と取り組まねばならない点に注意せねばならない。
「短期的な資金運用」とはなにかといえば、例えば一般的な企業では月末に給与やベンダーへの支払が集中し、月末に向けて徐々に売上入金等により預金残高が積みあがっていくような、資金サイクルになっていることと思われる。で、月末の支払の直前においては、かなりの額の資金が預金として蓄えられていることと思われるが、現在はこのかなりの金額のお金は「普通預金」に寝ていることと思われる。もちろん、当面は「普通預金」に寝かせておけばよい。しかし、短期金利が徐々に上昇するにつれて、「普通預金」の金利と、例えば「通知預金」や「MMF」等のその他の短期の資金運用のための金融商品の利回りが無視できない水準になってくる。こうなってくると、「普通預金」に資金を寝かせておくことによる機会損失は膨大になり、月中に小刻みに「普通預金」から他の短期金融商品への資金の移動をすることにより、「稼ぐトレジャリー(財務)」として経理部が機能することが不可欠となってくる。
10年前なら、そこそこの規模の会社の経理部なら、こんなことは当然の常識としてやっていたことと思う。しかし、私が仕事で色々な企業の経理業務を拝見させていただいている限りでは、長いゼロ金利時代でこうした「短期的な資金運用」業務を捨ててしまった企業がほとんどのような印象がある。金融機関とて例外ではなく、数ヶ月前の新聞でゼロ金利解除をにらんでコールマネーで資金調達をする練習を「試し借り」という形で、いくつかの金融機関で始めたという報道を目にした記憶がある。「試し借り」は必要ないが、一般事業法人の経理部も、きたるべき時代に備えておかねばならない。特に、設立して数年で急成長したような企業は、こうした業務を直接的には経験していないであろうから、なんらかの対策を事前に準備しておくべきであろう。
実は、個人的にはこの分野に対しては、かなりの「思い入れ」がある。(「スピリチュアリティ」ほどではないにせよ(笑))なぜかというと、某社で経理のBPRのコンサルティングをしていたときに、短期的な資金運用業務を完全自動化するシステムを作った経験があるからである。自画自賛させていただけば、いや~、あれは素晴らしいシステムだった(笑)。支払予定を完全に掌握することは当然として、入金予定についてもある程度の柔軟性をもたせながらシミュレーションして、短期的な運用に回すべき金額を「預貸率」をベースに銀行とのおつきあいも加味しながら自動計算する。しかも、運用指示のデータは自動的に作成されEBに接続され、人間が行うべきは生成されたデータに対して「承認」をかけるのみ。しかも資金移動の「仕訳」まで総勘定元帳にインターフェースされる。私のこのクリエイティブなソリューションが、クライアント企業に年間数億円の利益を継続的にもたらすはずだったのだが、その後のゼロ金利時代が長引いてしまったため、導入効果は激減してしまったはずである。しかも、メガバンクのマージャーの嵐で、その後にメンテナンスを担当された方は、いい加減嫌気がさしたことと思う(笑)。
2000年問題で、あの「化石」と馬鹿にされたCOBOLプログラマー(私もかつてはそうだったのですよ)が重宝されたように、ゼロ金利解除で、短期資金運用の経験者が再度桧舞台に立つことができるのかもしれない。私も昔とった杵柄で、再びお仕事ができるかもしれない(笑)というほのかな期待を抱きつつ、本日のエントリーを執筆した次第です。
私が以下のようなタイトルのエントリーを書いて、ネット証券業界の発想の貧困を嘆いたのは、今から約1年前のことであった。
実は、上記のエントリーを書く直前に胆石の発作を起こして救急車で病院にかつぎこまれていたのだが、あれから1年たったのだと思うと感慨深い。個人的な体験はさておいて、本日の日経新聞の7ページや、あるいは日経金融新聞の1面に紹介されている、カブドットコム、及びイー・トレード&楽天&SBI陣営による夜間取引のPTS(私設取引システム)の動きは、ネット証券業界のメンタルモデルの転換の兆しを彷彿させる現象であるといえよう。本日の日経新聞7ページでも、この動きは「ネット証券のサービス競争は手数料からコンテンツ勝負という第二幕に入った。(引用)」とまで評されている。
ここで私が使った「メンタルモデル」という言葉だが、私が最初にこの言葉にお目にかかったのは、あのベストセラーのピーター・センゲの手による『最強組織の法則』においてである。この著作には、「心の奥底には世界の仕組みに関して深く秘められた各自のイメージが存在し、それが新しい見識と相容れないせいで実行の段階まで進めないのだ。(引用)」との記述があり、上記の文章の前段が「メンタルモデル」の定義といってよいだろう。そして、ビジネスにおいてイノベーションを起こすには、このメンタルモデルに働きかける必要がある、としているのが最近発売された『インポッシブル・シンキング(日経BP社)』という著作である。私なりに「メンタルモデル」という言葉を言い換えれば、それは個々人の「信」であるということになる。「信」を変えればイノベーションが起こる。部下を「信」じてエンパワーメントを実践すれば、組織の生産性は増す。こんな「信」のパワーがあるからこそ、私は例えば下記のようなエントリーを書くことによって、「信」が形成されるプロセスに着目しているのである。
本日のタイトルの内容の基礎的な部分に関する記述が長くなってしまった。前置きはこれくらいにして、では日経新聞がこの動きをネット証券業界の「第二幕」と表現するならば、「第一幕」の同業界のメンタルモデルとはどのようなものであったのか?おそらくこんなところであったのだろう。
ネット証券業界「第一幕」のメンタルモデル
①主としてターゲットとすべき顧客はデイトレーダーである。
②したがって価格競争こそが全てである。
③ネット証券各社は、証券売買に関わる全てのサービスを垂直的に統合して提供すべきであり、他社との合従連衡は考えられない。
おそらく上記のようなメンタルモデルがネット証券業界を支配していたため、「消費者」達は低価格という便益を享受できたものの、高付加価値という観点からは、必ずしも満足のいくサービスを享受できていなかった。そこで登場した「夜間取引市場」は(FPとしての私の価値観とは相容れないが)一つの高付加価値の方向性であるといえよう。しかし、夜間取引市場の導入にあたっては、コストと流動性の確保という難問をクリアせねばならない。本日の日経金融新聞によれば、カブドットコムのシステム導入コストは20億円から30億円とのこと。また「取引所出身者らが不公正売買の監視などに当たる。(引用)」とあり、ランニングコストも馬鹿にならない。したがって、各社が個別に対応するには無理があり、したがってSBI連合のような合従連衡が必要となる。
「夜間取引所」のような、合従連衡の上にしか成立し得ないような馬鹿高いコストのサービスが、ネット証券業界「第二幕」の開幕のサービスとなったことから、「全てを自前でそろえねばならない」という呪縛から、各社経営陣は解放されたのではないか?Web2.0的な用語を使えば、マッシュアップの動きを加速化していくことが期待される。異質な2者を結びつけることこそがイノベーションである。したがって、「垂直的にフルラインに提供せねばならない」という呪縛から開放されれば、売買の取次機能すら持たない「ネット証券会社」も登場するかもしれない。
例えばアナリストが手薄である「中小型株」に的を絞り、消費者が情報提供や分析を手掛けるCGM型のビジネスを手掛ける会社が登場してもよい。ただで分析をするお人好しの「消費者」なんているのか?証券アナリストに憧れて証券会社に入社しながら、資金決済を担当させられてくすぶっており、自らを「正当に認められていない」と感じている人材は多くいるはずである。同様の不満を持ったIT系の人材が「リナックス」というプロジェクトの成功の鍵を握っていたわけだから、こうしたビジネスモデルが不満をかかえた人材の自己実現の場として機能する可能性は大いにある。
あるいは長期投資を志向する人々同士の「投資クラブ」的なリアルなつながりを支援するSNSがあってもよいはずだ。一度、ネット証券各社の経営陣が旧メンタルモデルの呪縛から解放されれば、多彩なアイデアが登場し、もう私から「コモディティビジネス」などと揶揄されることはなくなるであろう。
私はmixiに入会しているのだが、関心のあるテーマの「コミュニティー」というものを登録しておいたり、あるいは親しい人を「MY MIXI」として登録しておくことで、身近なニュースがRSSのような仕組みで知らされてきて、実に重宝している。例えば昨日は高校の後輩の方の日記で、我が母校が高校野球で1回戦で敗退したことを知ったorz また、自宅の最寄の駅のエレベータもシ社製のものであるということを知ったし、これは命に関わり得る情報である。ケン・ウィルバーの勉強会なんてマニアックな(なんていったら怒られるか(笑))ものが開催されていることを知ったのも、やはりmixiのおかげ。
で、私の母校のコミュニティーへの書き込みで知ったのが、我が恩師が学科長になられたとのこと。既に今年の4月から就任されているとのことで、タイムリーではなかったのだが、ご近影を拝見してびっくり!!!
昔は、こんな「精神世界」っぽいおひげははやしてらっしゃらなかったのですよ(笑)。どちらかといえばワイルドなイメージだったのですが・・・教え子が「スピリチュアル」に目覚めれば師もしかりっていう、一種の「共時性」みたいなもんなのでしょうか(笑)。見かけだけでは判断できませんが・・・
当時、この恩師とあともう一人の学生と私の3人だけで、草深教授の研究室で16世紀くらいに書かれたイギリスのユートピア思想の文献を1年かけて購読した懐かしい思い出が蘇る。本当は、入学当時は現在閣僚のIやあと東大だったけど舛添みたいな「国際政治」に憧れて上智に入ったのだが、Iについては既にその底の浅さを看破したような気分になってしまったり(私流のブラックユーモアですよ!)、自分と似たように国際政治を志す人々が軽薄に見えたりしたので(あくまでも当時の話ですよ、今はそんなこと思ってません)、私は草深先生について英国思想史を学んだり、あとインド人の先生の本場の方から仏教哲学を学んだり、アジアの文化人類学を学んだりと、実社会への応用機会に乏しい学問分野を収めることとなったのだ。ま、草深先生のご近影を拝見すると、これとて「形」から入ったといえなくもない(笑)。他人を軽薄と笑いながら、自分もそれに劣らず軽薄だったということだ。
と、なんか感傷的なエントリーを書いてみたくなったので(笑)。
本日の日経金融新聞では、2社の収益計画に対する「疑問の声」をとりあげる記事が掲載されていた。一社はMBOを発表したすかいらーくであり、もう一社はJAL。このような会社の作成する収益計画については、個人投資家はただだまって受けいれるしか手立てがないと考えられている方が多いと思う。しかし、極めてローテクな方法で、経営陣が作成するビジネスプランを批判的に検討することは可能である。アナリストと一般投資家のアクセスできる情報量については、その格差は10年前に比べれば格段に縮小している。大きく異なるのは、どれだけの時間を収集した情報の分析に費やせるかであり、もしこのブログをお読みの方にリタイアされた個人投資家の方がいらっしゃれば、保有する株式のビジネスプランを当エントリーを参考にしながら、詳細に検討されるのもよいと思われる。
①アサンプション(前提条件)を疑う
収益「計画」というくらいで未来のことを扱っているのだから、未来の数字を作り上げるには、当然のごとくなんらかの前提条件をしかねばならない。ビジネスプラン作成にあたって前提条件を開示している企業は少なくなく、例えば本日の日経金融新聞で槍玉に挙げられているJALの中期経営計画の前提条件は、以下のリンクの文書の34ページにまとめられている。
このアサンプションに対し、日経金融新聞では以下のような疑問を投げかけている。
(引用始)
『しかし燃油価格の指標となるシンガポールケロシンの前提は1バレル75ドル。足元は85ドルと高止まりしており、5億円の黒字など吹き飛びかねない。』
(引用終)
このように個々のアサンプションを現状のレベルと比較するだけでも、有意義な検討が加えられる。調べようとする過程で、マーケットに対して有意義な学習を得られることも期待できる。時間と興味さえあれば、お手持ちの株式の企業でチェックされてみるといいと思う。
②現在の収益と将来の目標額を比較する
すかいらーくの収益計画に対しては、現在の収益(CF)と将来の目標収益(CF)を比較する形で、以下のような疑問が投げかけられている。
(引用始)
『同社によると、店舗閉鎖などで200億円程度までいったん落ちる(前期は300億円程度)キャッシュフローを、最終年度には400億円程度に改善するというシナリオというが、アナリストの間には、「既存店の改装だけではさほど大きなキャッシュフローの改善は見込めない」(国内証券)との見方が優勢だ。』
(引用終)
また、営業利益ベースでは、4年後の目標値は前年度に対して2.7倍の水準に設定されているという。店舗改装だけで2.7倍にまで営業利益を増やせるのか?これが某国内証券のアナリストが呈している疑問である。一般的には、ビジネスプラン上の目標値は現時点よりもかなり上乗せがされているものだが、個人投資家としてはその上乗せ幅が新たな施策群によって裏打ちされているか、少なくともざっくりとは検討してみるべき余地はあるだろう。例えば、すかいらーくが「積極的な新規出店」のような施策を掲げていたとすれば、議論は別種のものとなっていたであろう。
もちろん多くの証券アナリストには深い業界知識が備わっており、それがゆえに高度な分析がなせるわけだが、その出発点は我々にもとっつきやすい上記のような一般常識をベースにしたアプローチだったりする。もちろん個別株への投資で継続的に利益を挙げるのは至難の業だが、このような「簡単にできることをやらず」して損失を被っているとすれば、それは投資などではなく博打に等しいのだ。
以前、こんな仰々しいタイトルのエントリーで、人はどのようにして信じるか、そのプロセスへの関心を吐露するエントリーを書いた。
「信」とは何なのか? 「Web2.0」と「バフェット」と「オーラの泉」を結ぶもの
実は今トフラーの『富の未来』を下巻の130ページあたりまで読んだところなのだが、トフラーの著作にはこんな興味深いセンテンスがあった。
(引用始)
『皮肉なもので、市場調査会社、世論調査会社、広告代理店、調査機関などは、人々が「何を」信じているかを質問するために、大変な努力をし、巨額の資金を投じている。だが、人々の見方を知るうえで、はるかに意味のある質問はしていない。「なぜ」それを信じているかという質問である。』
(引用終)
このように切り出した上で、トフラーは人々が「真実の基準」として使用する以下の6つのフィルターを記述している。
①常識
「他の多くの人々が信じているから私も信じます」というもの
②一貫性
他の真実とみられる事実との間に一貫性があれば、あるいは矛盾がなければ信じるというもの。
③権威
会計士の語る会計の知識は信じ、弁護士の語る法律の知識は信じるというもの。タワー投資顧問の清原氏の買う銘柄を盲目的に買う、「清原銘柄」なる現象もこのフィルターが基盤とされていると思われる。
④啓示
いわゆる「神秘的な啓示」という奴。トフラーは、ここに深入りはしないが、6つのフィルターの1つであるとは認識している。
⑤時の試練
「長く語り継がれたものは真実だ」と考えるもの。
⑥自然科学
特に説明を必要としないだろうが、最後の自然「科学だけはみずから誤りを修正できる(引用)」とした上で、他の5つのフィルターよりも重要性があると、トフラーは認識している。
トフラーはこれまでにも、『第三の波』や『パワーシフト』と呼ばれる衝撃的な作を世に送り出していることで知られるが、恥ずかしながら実際に手にとって読んだのは、今作がはじめて。だから、他の著作ともしかしてだぶる部分とかあるのかもしれないが、私にとっては新鮮な内容。というよりも、恐れ多くも感じたのは「この人、私と似ている」という感覚(笑)。関心の幅の広さ、深さ、ユーモアのセンス等々々・・・もし私のブログの視点や文体が好きで継続的に訪れていただいているという奇特な方がいるとすれば、そのような方はトフラーを読んで唸ること間違いない。不思議なことに、私はなぜかアルコールを適量摂取した上でトフラーを読むと、ビンビンと訴えかけてくるものがあった(笑)。
トフラーの出した6つのフィルターがあるからといって、そこで思索を止めるような私ではない。例えば上記の6つのフィルターとグーグルのページランクの関係。私はSEO専門業者ではないので、グーグルの最新のページランク・ロジックは知らないが、私の知る限り、現在のグーグルは①の「常識」と③の「権威」のミックスにより成り立っているはずだ。「リンクが多いほど重要性が高い」というのは、①の「常識」をベースにしていることに他ならない。また例えば「トヨタ」のような会社のサイトからリンクが張られればページランクが高くなるというのは、③の「権威」を数値化しているからに他ならない。あとは⑤の「時の経過」なども比較的簡単に、ページランク概念に取り込めるはずだ。グーグルが雇っているという「言語学者達」がbrilliantであり、かつ適切なミッションが課せられていれば、近い将来②の論理的「一貫性」も取り込むことができるかもしれない。
あと、下記のようなエントリーで使用したエニアグラムという枠組み。
エニアグラムの9つのタイプとトフラーの掲げる6つの「信」のフィルターには明らかに相関性があると思われる。(ご自身のタイプと各タイプの説明をご覧になりたい方はこちらをご参照のこと)例えばタイプ6はその性質上、明らかに重要視するフィルターは「権威」であり、一部のブランド信仰的なタイプ3もやはり「権威」になびくことであろう。また知的なプロセスを楽しむ5は「自然科学」を重視するであろうし、対人的なつながりを重視するタイプ2は「常識」を重視することであろう。ぶっ飛んでいるタイプ4は「啓示」により「信」を固めることかもしれない。
一方で、この6つのフィルターだけでは、少し足りないのではないかという気もしないではない。例えば、私のサイトに継続的に訪れていただいている方々。リアルな知り合いは別として、なんらかの検索で迷い込んでしまい、そのまま居ついてしまった方は、なぜ私のサイトに定期的に訪れていただいているのか?私の書くことはどちらかといえば、「①常識」への挑戦だし、時として「論理的②一貫性」を欠いてでも直観を重視する。また無名の私に「③権威」がつきまとっているはずもない。「⑤時の試練」というほどこのブログは長続きしていないし、「⑥自然科学」めいた厳密な手法はとっていない。・・・じゃ「④神の啓示」???んなわけないし、となると、この6つのフィルターでは明らかに足りない。
21世紀を見通す上で、このトフラーの『富の未来』と『フラット化する世界』と『ハイ・コンセプト』の3書は非常に重要と考えられるが、3書の関心・アプローチは微妙に異なる。トフラーを読み終えた後に、3書の比較を簡単にしてみたいと思う。
もう1件、7月3日号のビジネスウィーク誌からのご紹介。1件しかネタにしないと費用対効果の観点からもモッタイナイし(笑)。記事は"Death of a Pushy Salesman(押し付けがましいセールスマンの終焉)"と題した108ページの記事。アルテラという会社が営業マン研修において、「empathy(共感)」を重視した研修を採り入れたというのが、記事の概要である。
まず、この記事に着目したのは、私の個人的な体験という伏線がある。某社の企業研修において、入社2年目くらいの方々を前に話をさせていただいたとき、一人の受講生の方が「顧客の悩みに共感することが大切だと考える。」という趣旨のことをおっしゃった。その方は営業職だったのだが、入社2年目くらいの営業職なら「若さ」を武器にした「パワフル営業」を展開しているか、あるいは本の虫タイプの人なら「ソリューション営業」といった言葉が飛び出すのが関の山だろうと、認識の甘い私は高をくくっていた。ところが、その方は「聞くことの大切さ」を越えた上で、「共感することの大切さ」とまで言い切っている。最近の若い人は、「超空前の売り手市場」と言われた我々と違って、なんと優秀なんだろうと感嘆し、素直にその感嘆を言葉にして講義を続けた、という体験があって、この記事を目にしたのである。
まず、なぜ私があえて「empathy」と英語で書くかといえば、「私は英語ができますよ」というアピールは理由の10%ほどにすぎず、実は「共感」と翻訳される英語は別に「sympathy」があり、この二つは似て非なる言葉であるからだ。どう違うのか?多分こちらの記事の説明が一番分かりやすい。
(引用始)
The Nineties have blurred the original distinction between sympathy and empathy and the dictionaries have followed suit, but just for old times' sake, here it is: We sympathize with people whose troubles are different from ours; we empathize with people in the same boat. "I feel your pain" is empathy, but "I can imagine your pain" is sympathy.
(引用終)
自分とは異なる悩みを持つ人に対する共感がsympathyであり、同じ悩みを持つ人に対する共感がempathyである。したがって、empathyの方がより深いレベルの共感であるといえる。相手の悩みを自分のものとして共感するためには①それだけ自分も豊富な体験をしていなければならず、また②そうした体験に対する鋭敏な自己認識が必要となる。そこで、このアルテラ社が実施したトレーニングというのは、まず「自分を知ること」から始まり、心理学のアセスメントとしてよく使われるマイヤーズ・ブリッグス・タイプ・インディケーターを使用して、自分のパーソナリティタイプを把握することから始まる。営業研修自体は私は担当したことも、今後も担当するつもりもないのでいわゆる「一般的な営業研修」を知らないのだが、なんとなく営業研修としてはかなり「深い」という印象を受ける。
なぜ、「empathy」が営業にとって重要となるのか?記事とは離れた私なりの意見を述べさせていただけば、それは恐らく『フラット化する世界』や『ハイ・コンセプト』で述べられていた、インドの脅威にも通じる部分があるだろう。たとえばシステムの営業の場合、価格面ではインドのベンダーには太刀打ちができない。今は「ソリューション」が彼等に対抗する武器になるとしても、所詮それはロジカル・シンキングの範疇であり、インド人の得意とするところである。そこで登場するのが、右脳領域で行う「共感」である。少なくとも、インド人には「アウトソーシングで仕事をインドに持っていかれる」というアメリカの顧客の悩みを、sympathyすることはできても、empathyすることはできない、絶対に(笑)。empathyは『ハイ・コンセプト』で述べられていた6つのキーワードの一つでもあるのだ。
とここで思うのは、あの2年目の方は、私がダダダっと書き上げた上記のごとくのバックグラウンドも持ち合わせた上で、「共感」という言葉を使っていたのだろうかということ。そうだとしたら、完全に脱帽である。日本の未来は明るい!!
いつまでも、彼方の「スピリチュアリティ」の話をしているわけにはいかない。ビジネスマンがこの分野を語る「リスク」に気付かせてくださった方もいるし、また、こればっか語っているとアクセス数は確実に減少する(笑)。
「『日本』経済新聞」という閉塞感と題したエントリーで、いつまでも村上ファンドとホリエモンの亡霊に怯え、あるいは「酒の肴」に一杯やっている感のある日本のメディアの閉塞感に吐き気を催した私は、早速行動を起こすべく最新のBusiness Week誌を購入してみた。ドリームゲートで起業アドバイスをする際、いつも私は「日本で新しくはじめようとすることは、必ずアメリカでビジネスになっているのだから、まず英語で検索してみなさい」とアドバイスしている。そんなエラソーなこというならば、自分が普段から情報収集しないでドースル?そんな後ろめたさも手伝ってか、極めて刺激的な記事に出会うことができた。
2006年7月3日号の72ページ記載の記事で、"Lots of Loans, But No Banks"と題した記事がそれであり、ピア・ツー・ピア・レンディングをWeb2.0的な基盤で行っているビジネスの紹介記事である。記事中に紹介されているサイトのアドレスを以下に記しておきたい。
Zopa Ltd. (ロンドン)
Prosper Marketplace Inc. (サンフランシスコ)
ピア・ツー・ピア・レンディングという言葉自体、馴染みが薄いかもしれないが、要は仲間内で行うお金の貸し借りのことである。これは、ネット云々のはるか前から存在していた経済活動であり、ビジネスウィークの記事では、ベトナムのホイと呼ばれる仕組みが紹介されていた。これを読んで、私ははるか昔に沖縄出身の友人から、ものすごく似た話を聞かされた記憶が蘇った。インパクトある言葉だと思ったんだけど、なんだっけ??
色々検索するうちに、沖縄のピア・ツー・ピア・レンディングは模合(もあい)という名前で呼ばれていたことが確認できた。一つ、人類学的な見地から興味深いのは、ベトナムと沖縄の地理的な近さである。少なくとも無学な私が知る限りでは、日本の本州では同様な仕組みを知っておらず、この手の仲間内の資金の融通は「南方」の文化圏で発達したかもしれないということは、文化人類学的な観点から興味深い。
この「模合」をネット上で行うとどうなるか?当然のごとく失われるのは、フェース・ツー・フェースのコミュニケーションであり、お金に余裕のある人とお金に困っている人を結びつけるマッチングサイトとなる。そして、そのマッチングはレートを競い合う、いわゆるオークション的な仕組みにより実現される。上記にリンクを掲載したProsper社のサイトのトップページの下の方にあるローンの一覧を見ていただけば、おおよその雰囲気は理解いただけることであろう。
私はこのビジネスに対して、二つの側面から大いに関心を抱いている。第一の側面は、「信」とは何なのか?「Web2.0」と「バフェット」と「オーラの泉」を結ぶものという仰々しいタイトルをつけたエントリーで考察して、ネット上の『信』という観点から。知らない人とお金のやりとりをする、ということ自体については、我々日本人の多くはヤフー・オークション等で、既に慣れている。そうした際に相手の「信頼性」を判断する材料としては、過去に取引した相手からのアンケートの集積である「星印」が有力な手がかりとなる。しかし、売買は1度きりで完結するが、資金の貸し借りとなると、少なくとも1年以上の期間がたたないことには完済されるかどうかが微妙である。見知らぬ相手にお金を貸す場合に、どうやって相手の信頼性を判断するというのか?この質問への直接的な回答にはなっていないが、リスク分散という形が一つの対抗策になっているようである。記事では、5,000ドルのローンを100人でファンディングする可能性が言及されている。これって、かっこよくいえば、シンジケートローンじゃないか!こうしたピア・ツー・ピア・レンディングのサイトが、将来的に既ローン債権の売買まで手掛けるようになったとしたら、痛快である。
もう一つの信頼性の向上策はいわゆる、潜在的な借り手集団となりうるリアルなコミュニティをグループという形で、ネット上に持ち込もうというもの。グループのリーダーには、リーダーとなるインセンティブも付与されており、リアルな仲間からの監視の目があるから、容易に貸倒は発生し得ない、という考え。Prosper社のグループの概念を解説したページは実に興味深い。
私の第二の方面からの関心は、いわゆる既存の金融業界との関係。例えば消費者金融業界などにとっては、大いに脅威になるのではないかと考えられるかもしれないが、この手のビジネスモデルは既存金融のパイを奪うというよりは、全く新たな資金需要を発掘するのではないかという気がする。「月末に生活資金が足りなくなったからここで借りよう」とは恐らくは思うまい、だってクレジットカードとかに比べたら、あまりにも面倒だから。それよりも、例えば近所の主婦が集まってお弁当をビジネス街に売りにいくための販売カーを買うための資金だとか、日本育英会の資格要件になんらかの形で引っ掛かってしまう方に対する教育資金だとか、恐らくそんな資金ニーズが満たされていくこととなるのではないかという気がする、短期的には。しかし、長期的には間接金融という仕組そのものを脅かす勢力に発展する可能性を秘めている。が、それはこれら2社等の先駆者の腕及び頭次第といったところであろう。
当ページに来訪される検索ワードから、多くの金融関係者がこのブログをご覧いただいていると推測している。どなたか、こんなサイトで起業したくなったら、ご相談下さい(笑)。
【追記】
上記のエントリーを書き終えたあと、Zopa, Prosper, Web2.0の3語で検索してみたところ、なんとトップにきたのは日本の方のエントリーだった。
お金とWeb2.0の関係? ~Prosperがサービス開始~
2月6日と今年早々に書かれたエントリーである上、私よりもはるかに「地に足のついた部分」で議論をされているので(笑)、関心のある方は是非ご一読されてみて下さい。