先日仕事の都合で成田空港第二ビルより東京までの乗車券を購入し、成田エキスプレスに乗ったときのこと。用あって、京浜東北線に乗り換え、蒲田駅まで足を伸ばし自動精算機にて精算しようとすると300円以上の表示が出る。記憶では東京-蒲田間は百数十円の運賃のはずで、「これは精算機のバグ」と意気込んで若そうな駅員に告げると「成田空港第二ビルから蒲田までの一括の運賃が、成田空港第二ビル-東京間と東京-蒲田間の合計より高くなることは全然おかしくないですよ」と一蹴されてしまった。
この駅員の言うことが全く納得できず、かつ腹立たしい物の言い方だったのでよっぽど粘ろうと思ったのだが、後ろには私が早く終わらないかと待つ乗客の行列ができており、100円程度でわめくのも大人気ないと想い、断腸の思い(笑)でその場を後にした。その後、鉄道に詳しい方に聞くと、確かにそのような料金体系のねじれのようなものは存在するらしく、毎日の通勤ともなると差額がばかにならないので、通勤定期を分割して購入して対策を講じているらしい。
JRのシステムに精通していれば、この料金体系のねじれは「おかしくない」と断言できるのかもしれない。しかし、途中下車した運賃の方が安くなるケースがあるという事象は、一般的な顧客の目からすれば、全く納得しがたい。
この体験談は本日話したいことの前フリにすぎず、本日のテーマは本日の日経新聞15ページに掲載されていた『企業価値を探る』に掲載されていた、以下の一節である。
(引用始)
『負ののれんは、買収先企業の資産に含み損があるなど、帳簿価格より安く取得した際に発生。固定負債に計上され、会計上は二十年以内で償却する。「負ののれん償却額」という営業外収益となる。』
(引用終)
「EX-ビーンカウンター(accounting professionalに対する軽い蔑視用語です(笑))」である私は、当然のことながら、この記述を何の違和感もなく読み飛ばせる。会計に疎い方に若干の解説をしておくと、なにか「わけあり」な企業の買収の値段は、その企業のB/S上の純資産額の金額よりも、安く上がることがある。その場合、買収側の企業が計上する仕訳は、イメージ的に以下のようになる。
(借)資産 XXX(貸)負債 XXX
現金 XXX
PLUG XXX
買収金額の方が純資産額よりも小さいので、貸借が一致するためには、何か貸方に入れ込まなくてはならない。それが「負ののれん」である。「負ののれん」は貸方の項目だから、それをP/Lに償却すれば、当然費用ではなく収益となる。
複式簿記というシステムに毒された私には、あまりにも明白な話であるが、一般人としての私に戻って考えると、収益が発生し続ける意味を理解するのは難しい。だって、PBRが1倍未満の「わけあり」企業を買収したんですよ。そんな危なっかしい企業を買ったら、数年間営業外利益が計上されるなんて、おかしいと思いません、フツーに考えれば?
とまあ、こういいつつも、自分の中では説明がついているんです。一人のりつっこみの様相を呈してきましたが(笑)、買収金額が純資産額よりも小さいということは、一つの可能性としては、被買収企業の現時点での損益がマイナスであり、それに基づいて計算されたフローの現在価値がマイナスになっているという事態が想定され得る。買収後も何の経営努力もしなければ、被買収企業からあがる損益はやっぱりマイナスのままで、「負ののれん償却」による収益とオフセットされる、ということ。
読者の皆様にこの説明がしっくり伝わったかは定かではないが、企業の儲けを知るという、ただそれだけの単純な目的のために作成された損益計算書に計上される項目を理解するために、これほどの手間がかかるのは、フツーの一般人から考えておかしい。「負ののれん」を訳知り顔で読み飛ばす私は、あの不親切な蒲田駅の駅員と、「システムの渦中にあって、一般人の心中が察することができない」という点において、なんら変わりはなかったのである。・・・ということで前フリとの関連性はご理解いただけたでしょうか?(笑)
では、どうして会計がこんなにややこしいことになるのかといえば、買収金額なるものは、将来のCFの現在価値をベースに計算されるためであり、会計は客観性を重視するために取得原価をベースに記帳が行われるためにある。その差異を複式簿記の世界で矛盾が生じないように処理しようとすると、まあ、この手の「?」な処理に、一般投資家が苦慮することとなるのである。
最近、物事の根本に疑問を抱くことが多いのだが、そもそも複式簿記が諸悪の根源なのではないかと思う今日この頃。内部統制的な観点からいえば、確かにあんな優れたシステムはないと思うが、財務諸表が複式簿記にひきづられていいのかとも思う。しかし、複式簿記と無関連の財務諸表が登場すると、今度は「外部監査」というものが実質的に不可能になるのかもしれない。
・・・といって、「どうのこうのせい」という結論があるわけではないのだが、時にはシステムの外に身をおいて思考することは大切なのではないかと、改めて思った次第である。
一応念のために書いておくと、私は千の風になって空から皆様を温かく見守っているわけではありません(笑)。一昨年は、二回の入院によりブログ更新が長期に渡って途絶えご心配をかけましたが、今回はただただ忙しかったからです。一昨日に一応一区切りつき、実は3月末までカレンダー上には予定がほとんど入っていないのです!!ふらりと旅行にでも行こうかと思いきや、レポート作成と4月からの研修の準備を考えると、下手をすると1日も休めないかもしれません・・・ブログ更新の方は徐々に復活していきたいと考えていますが。
さて、皆様佐藤春夫氏著の『田園の憂鬱』という小説をご存知でしょうか?私は多感なティーンの頃に読んだ記憶があるのですが、20年経た今、内容は全く覚えておりません、一点を除いては。覚えている一点というのは、この小説の舞台になった場所のことです。こちらのサイトに詳述されていますが、舞台となった場所は「神奈川県都築郡中里村鉄(くろがね)(現在の横浜市青葉区)」という場所なのですが、実は私が居住する場所は結構近いのです。「私の住む場所は高名な小説家に『憂鬱』とまで評される田園なのか」とショックを受けたことを今でも記憶しております。
この手のエピソードには事欠きません。昔はこの一帯は「横浜の穀倉地帯」と呼称されていたそうです。また30年前の横浜線は、まだ単線でした。4本に1本くらいの割合で「ゴキブリ電車」と称される茶色く床が板張りで4両編成の電車が何の予告もなく現れると、たまらなく「憂鬱な」気分を迎えたものです。駅周辺の雨水の排水もお粗末で、今は亡き私の父は、大雨の日に歩道とドブの境目が分からなくなり、ドブにはまってしまい危うく難を逃れた、ということもありました。
まあ、そんな鄙びた場所だったのですが、昨日から状況は一変したのです。そう、ららぽーと横浜がオープンしたのです!
首都圏最大と形容されるほどのショッピングセンターが、なんと私の自宅から徒歩で歩いていけるところに建設されたので、早速昨日のグランドオープンの日に行ってみました。
バナナリパブリックもZARAも東急ハンズも紀伊国屋もHMVもある!!また、この地にはあんま必要性が感じられない「酸素バー」なんてのもある(笑)。もう『田園の憂鬱』とは完全におさらば、といった感じでしょうか?来年4月にはティップネスまでできるとのことです。
しかし、「田舎のねずみ」の尻尾は隠せないもので、駅からららぽーとまでの道のしょぼいこと・・・自動車の修理工場や全くやる気の感じられない居酒屋が立ち並ぶ一般道を遠方からはるばる来た方にまじまじと見られると、なんだか地元住民として恥ずかしくなってしまいます。
ららぽーと自体の感想を言うと、正直いつまで多くの集客をもたらすのかが疑問です。アメリカの田舎のショッピングセンターとそれほど差異はないような気がしました。HMVはあまりに品数が少なく、輸入CDを買うにはまだまだ渋谷とかに出かけなくてはならない感じです。紀伊国屋も悪くはないけどビジネス書の品揃えは不十分だし。カジュアル衣料は大変充実してるのですが、まあ、あんま派手な格好をする年でもないし。スーツの類はあんま充実していないし。
良いところはといえば、私は幼少期にイギリスに在住していたため、母がフォートナム・アンド・メイソンが入ったことには大変喜んでいました。昨日行ったところ、フォートナム・アンド・メイソンのショップはガラガラ。この地でこんなショップの存続は難しいのかも・・・あとシネマコンプレックスが入ったので、平日の夕方・夜とかのすいた時間にふらりと行って見たい映画を見れるのがうれしい。
多分春休みやゴールデンウィークは死ぬほど混雑するでしょうから、興味のある方は5~6月に行ってみることをお勧めいたします!