2007年06月22日

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理解できないアマゾン・ロジック

私のブログの本文の上にリンクを貼ってあるアマゾンの広告なのですが、ここはブログ本文に関係ある内容の本だとか、あるいはアマゾンお勧めの本やDVDが「おまかせ」で掲載されるはずなのですが、最近しばしばみかけて、かつ、全く掲載理由が理解できないのが、『ガラスの仮面 第九幕』のDVD。
アマゾンの一押しのアイテムとも思えないし、私のブログの記述内容とも一致している部分があるとも思えない・・・唯一接点があるとすれば、それは、私自身が『ガラスの仮面』を結構好きだったりすること(笑)。大昔読んだ記憶があるのだけど、また読みたくなってしまいましたよ~。夏の忙しいシーズンが過ぎたら、まんが喫茶に3日間こもって、『ガラスの仮面』を全巻読破するという自分へのプレゼントをあげようかな、と思っている始末・・・もし文体とかから、私の嗜好を推測するロジックをアマゾンが持っているならば、結構怖いかも・・・

Posted by Ken Kodama at 12:00 | Comments (0)

2006年12月29日

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年末のご挨拶

昨日で、ようやく仕事がひと段落つきました。別に世間の御用納めと合わせようとしたつもりは毛頭なかったのですが、一般世間との係わり合いを通じて仕事をしている以上、当然そうしたサイクルの影響を受けるのは言うまでもありません。実は、これから私は2週間予定が空くことになっています。と言っても、私が最も毛嫌いする、「確定申告 & 法人の決算」を行わねばならず、多分そうした事務作業に1週間くらいとられるのではないかという気がします。まあ、「自分でできるから」という理由で一人でやっているのですが、来年あたりからは、どなたかにお願いしようかな、などと思っております。
さて、年末なので風変わりな話で締めさせていただくと(まあ、年中風変わりとも言えますが(笑))、私がいつも思いを馳せるのは、顔の見えない読者の皆様です。かなり立派なアクセス解析ツールを導入していることもあり、色々な角度からの分析も可能なのですが、私が関心を持って眺めているのは、「月ごとのリピーターの訪問者数の推移」です。例えば、一月に10回閲覧いただいた方は1人としてカウントされますし、一月に一度しか訪れなかった人もやはり1人としてカウントされます。
今年はこの月次のリピーターの訪問者数は減少傾向にありました。年初の1月は月間のリピーターの訪問者数は487人と記録されています。これは、みずほの誤発注問題のエントリーを、あの「謎の人物」団藤さんのブログにとりあげていただき、それが岩波の世界に転載されたという特殊要因によるもので、私のブログとしては異例の高い水準でした、これでもね(笑)。しかし、その後忙しい日々が続き、(1)十分にエントリーが執筆できなかったり(3月などは1本だけ)、あるいは(2)私の関心がファイナンスからヒューマンに移りつつあったこともあり、月間のリピーターの訪問者数は減少の一途をたどり、今月の数字は今日現在で304人と出ております。
この数字には、「たまたま2回検索したら、同じサイトに来ちゃった」みたいな人も含まれているでしょうから、私の書いた文章を読むためにご来訪いただいた方は、辛く見積もって200名強くらいではないかと思っています。で、その内私のリアルな知り合いの方は1割の20名くらいなのではないかと、踏んでいます。そして残りの180名の方は、最初なんらかの調べ物をネット上でしていて、その過程で当サイトのくもの巣に引っかかってしまい(笑)、その後ブックマークかRSSリーダーに登録していただいて、暇なときご来訪いただいている、といったところなのでしょう、恐らくは。
しかし、それでも私は不思議なのです。その約180名の方が、なぜ続けてご来訪いただいているかということが不思議なのです。というのも、先ほど書いたように、今年の中頃まではホリエモン&村上ファンドがらみのファイナンスネタに関心を抱いて訪問いただいた方が多かったと思います。しかし、例えばですが、MSCBの仕組みを知りたくてこのサイトに来ていた人が、「スピリチュアル」や「企業文化」みたいなソフトなテーマにも関心を抱くはずがないと考えているのです。なぜならば、昔の私がそうだったからで、ファイナンスネタ以外はぴくりとも関心を示さない堅物だったからです。
このブログは他のブログに比べれば、なんとも自己本位なブログです。私の心中は日々移ろい、その移ろいはブログのエントリーへとそのまま反映されます。そんな私の心の移ろいが、読者の方の関心をも動かしているというのは、非常に弱い仮設だと考えています。したがって、最近はたと思ったのが、「実はもっと多くの知り合いがこっそりと私のブログを見ているのではないか」ということです。
児玉となんらかの面識があり、児玉を知って何らかの関心を抱いていただいている方ならば、書く人間に関心があるわけですから、ブログの記事の内容がどれほど大きく動こうと、継続的に訪問いただいているという点には納得できます。知人から伝え聞いたり、あるいはたまたま関心を抱いたエントリーからプロフィールをたどったら児玉だった、なんて方は意外に多いのかもしれません。・・・とこちらの仮説の方が正しいとすると、なんだか緊張感が倍増してしまします。(笑)学生時代の知り合いか、会社勤務時代の知り合いか、はたまたご近所(これが一番怖いですが・・・)の方か・・・
しかし、だからと言ってブログ執筆のスタンスを変えるつもりは毛頭ありません(笑)。でも知り合いの方が実は100名ぐらいだったとするならば、その皆様にブログ上から年末のご挨拶を申し上げたいと思います。
本年中は大変お世話になりました。また翌年もよろしくお願い致します。

Posted by Ken Kodama at 09:42 | Comments (0)

2006年09月10日

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9月は・・・

9月は文字通り、一日も休みがない状況になってしまいました。事後処理等もあって、10月の頭まではこのブログの更新は難しい状況なので、定期的に訪問いただいている方はご了承いただければと思います。忙しいことは確かにありがたいことなのですが、さすがに肉体的に疲れも出てきたので、10月には気分転換に国内旅行にでも「ふらり」と出かけてこようかなーと考えております!

Posted by Ken Kodama at 11:28 | Comments (4)

2006年06月23日

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「『日本』経済新聞」という閉塞感

ご存知の通り、このブログは主に日経新聞の記事をネタに、私が自己研鑽目的に日々考察を重ねるという体裁をとっている。なぜ日経新聞を題材にしたかといえば、正直なところ、新鮮なタイムリーなネタを扱えば、SEO的な観点からアクセスアップが図れるのではないかという卑しい意図があったことも否めない。その思惑もそこそこあたり、職場で「調べもの」をしている最中に私のサイトに迷い込んでしまい、そのまま居ついて下さっている方も少なくないはずであり、その点については大いに感謝しております。ちなみに今まで「極秘(笑)」にしてきた数字を明かすと、当サイトの月間のPVは1万PVをはさむ展開。更新が少なければ8千近くまで落ち込み、多いときは1万5千あたりまでいく。ただし、「リピーター」ということになるとぐっと数字は小さくなり、少なくとも月1ペースで定期的に来訪いただいている方は400人くらい。しかし、400人ものリアルな知り合いにこのサイトを教えた覚えはなく、確たるメインの領域があるわけでもないこのサイトに定期的に足を運んでいただいている400名の皆様には、改めて感謝の意を表したいと思います。
感傷に浸って脱線してしまったが、最近思うのは日経新聞の取り扱うニュースの偏りである。「これさえ読んでおけばビジネスは万全!」みたいに私は考えていたのだが、まず、『日本』経済新聞なのだから、海外のビジネスネタが非常に手薄。国際面は政治とビジネスの両方が混在しているため、海外のビジネスの情報源としては著しく不足していると言わざるを得ない。例えば、私は今ベストセラー中の『フラット化する世界』を読んで大いに感銘を受けたが、おおよその動きについては知ってはいたものの、インドの生々しい実情は同著を読むまで把握するには至らなかった。やはり、Economist、Fortune等に触手を伸ばすべきなのか、読む時間はあまりないが。あと、本日の日経金融新聞の『ポジション』欄に、福井氏の村上ファンドへの資金拠出問題はエコノミストの2005年10月8日号において、既に事実上明らかにされていたとのことである。日本を客観視する上でもこれらの雑誌は有用であるかもしれない。
また、日経新聞で圧倒的に不足しているのはIT系の情報。恐らくは、化学や酒類卸や金融といった様々の業種の中の一つとして並列的にIT産業を認識しているからなのだろうが、今やIT技術は全産業に影響を及ぼすものであり、別格としての扱いも必要なのではないか?
まあ、最近読んだ本に私の感覚が引きずられているという点も否めないが、世界はフラット化しているというのに、「日本」という垣根にしがみつく日経新聞ばかりを情報源にしていては、1億人が全て世界のフラット化から取り残されてしまうかもしれない。
そんなわけで、これからはこのブログでも他媒体のネタも積極的に取り上げていきたいと思うのだが、ネックになるのは時間の制約。日経新聞を読むことは、一応日本のビジネスマンの「お約束」であり、その「お約束」を疎かにすると、今でさえどことなく「浮いた」存在である私は、熱気球のごとく限りなく根無し草に近い人間と受け取られてしまう(笑)。今後は扱う元ネタのバリエーションが広がるかもしれないので、期待していて下さい!

Posted by Ken Kodama at 09:59 | Comments (0)

2006年05月25日

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スピリチュアリティ≠オカルト

冒頭にタイトルとは無関連の話題を紹介しておくと(実はスピリチュアリティも同著で取り上げられており、全く無関連ともいえないのだが・・・)、本日の日経新聞2ページ下には、私がこのブログで何回か取り上げてきた、ダニエル・ピンクの"A Whole New Mind"の邦訳本の出版の広告が掲載されている。大前研一氏自らが翻訳者としてクレジットされているが、タイトルは『ハイ・コンセプト』に落ち着いたようである(『プレジデント』ではトフラーにならって『第四の波』と邦題をつけたいと意気込んでらっしゃったが、出版社に却下されたのか?)。全く難解な内容の本ではないので、「右脳」というキーワードに敏感な方には是非ご一読をお勧めする。私が執筆した関連エントリーは以下のとおり。

右脳時代の『ソフト技術者専門大学院』

さて本題だが、本日は当ブログで私が持ち上げてきた『オーラの泉』に対する批判である。昨日の『オーラの泉』などは出演者(私がよく知らない俳優さん)が霊体験を披露する「オカルト大会」の様相を帯びていた。「日本人の一般大衆」のようなカテゴリーを想定するならば、彼等の頭の中では「スピリチュアリティ=オーラの泉=江原&美輪」みたいな構図が出来上がっているはずである。であるから、昨日のようなコンセプトでオーラの泉が今後も続くとなると、「スピリチュアリティとは透視術を兼ね備えた江原さんみたいな人に前世や守護霊を見てもらうこと」みたいな固定観念ができてしまいそうで、それが私にはたまらなく嫌なのだ。スピリチュアリティの統一的な定義は存在しないと思うが、私は「人間として高い精神性を目指すこと」ととらえている。だから、私は前世も、視覚的に見えるものとしての「オーラ」も、守護霊も全て信じちゃいないが、それでもスピリチュアリティには大いに関心がある。
自分と同様な考えを持つ人が主流派と思いきや、mixiの『オーラの泉』コミュニティの書き込みを見ると、「前世は事実として存在するもの」という共通認識のもと、書き込みが進行している様相に唖然とした。
「前世なんて知覚できるはずもないのに、どうしてみんな前世を信じているの?」こんな突っ込みをいれたくなるところだが、学生時代の私の内面にダイブしていけば、彼等の書き込みの深層も分からないではない。バブル全盛期の頃、私は中沢新一氏の著作に傾倒した。その真意を告白すれば「分かりにくかった」から。高校生までは「偏差値」という数値が存在するがゆえに、他者に対する自分の圧倒的優位が保たれるが、大学に入るとその優位は消滅する。そんなときにポストモダン哲学やチベット密教の神秘主義という、「一般大衆」に理解できないものを論じ合えるということは、自分を再び「絶対優位」に引き上げてくれる。こんなたまらなく愚劣な動機から神秘的なものに傾倒する人は今でも存在するはずだし、多くの東大卒業生がオウム真理教に傾倒した所以もその辺りだろう、おそらくは。(もちろん、今の私はかつての私を「たまらなく愚劣」と客観視できるだけの健全性を備えているつもりなので誤解のないように!)
あと上記のようなスノッブに加えて、「今はしがないフリーターだけど、前世の自分はヨーロッパの貴族の出であり、今世は貧しさを知ることが課題であるのだから、フリーターとして生まれた」みたいな現実逃避的な慰めとして前世を信じる若者も多くいるように見受けられる。その気持ちは分からなくもないまでも、健全であるとは思いがたい。
また、江原氏が「芸能人のお宅に訪問する」という透視術だが、マクモニーグルとかいう特殊能力をもつFBI捜査官シリーズでも透視術は登場するし、他の多くの関連テレビ番組を見ていても、恐らくは彼等の能力はホンモノなのであろう。私が問題視したいのは、スピリチュアリティ(精神性)を考える上において、透視術などというものが必要であるのかということ。私は学生時代、「宗教的な奇跡」というものについて思いをはべらせていた時期があった。宗教的に高いマインドを持った人々は、奇跡・神秘的な体験等を「意味がない」と切り捨てる。ならば、なぜ「意味がない」はずの奇跡は語られるのか?それは恐らく「信」の弱いものの「信」を強固にするためであり、江原氏も恐らくは同様の意図で番組中で「奇跡の実践」を行っているのであろう。
江原氏が芸能人の家の間取りをズバリ言い当てる度に、「前世」や「オーラ」に対して「信」の度合いを強めていく人々は多いのだろうが、彼等は論理的な誤謬に気がついていない。透視術がホンモノであるということは、「前世」や「守護霊」や「オーラ」がホンモノであることの証明にはならない。だって、誰も「前世」や「守護霊」や「オーラ」なんて知覚できないのだから。
と、ここまで批判的なことを書いても、『オーラの泉』は多くの回において良い番組であることには変わりない。「前世」「オーラ」「守護霊」というメタファーを提示されることにより、気付きを得る人々は存在する。であるから、私自身にとっては意味のないこれらのキーワードも、他の人々のスピリチュアリティの向上に資するならば、大槻教授(火の玉)のように偏執的に論駁しようという意図も毛頭ない。
中島啓江氏が登場した回は圧巻であった。「ありがとう」という言葉の持つパワー、そしてその大切さ。母親のありがたさ・・・私の心も大きく揺さぶられた。スピリチュアリティをテーマとする「番組自体のスピリット」を忘れることなく、『オーラの泉』を継続していってほしいものである。

Posted by Ken Kodama at 09:23 | Comments (0)

2006年05月09日

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KODAMA CODEを解け!

結局ゴールデンウィークも仕事をするはめになってしまった・・・休暇中の息抜き用のエントリーを執筆しようと思って、標題のタイトルで書こうと思っていたのだが、時既に遅し。しかし、本日の中央青山問題はあまりにも重過ぎる感があるので、GW明けてもビジネスに関係のない私の「少年期」の打ち明け話をさせていただきたい。
さて、下の数列を眺めていただきたい。この数列は何を意味するか、お分かりであろうか?先を読み続ける前に、しばし考えていただければと思う。


3 2 3 5 5 5 9 9 9


もちろん、ダ・ビンチ・コードに登場するフィボナッチなどではない。答えは、何かといえば、実は私の中学時代の「美術の成績」である。3学期制であり、中2までは5段階、中3は10段階なので、こんな感じなのだが、中1から中2にかけて急に美術の優等生になったことがお分かりいただけるであろうか?
実は、この中1から中2にかけた「断層」には2つの説明が存在する。1つは私と親しい方には「ネタ」として話してきたのだが、こういうもの。実は、私の美術を3年間担当していただいた恩師は、実は著名な現代彫刻家である。(といっても、名前をいったところで100人に1人知っていればいいところだと思うし、迷惑が掛かるのであえて名前は挙げない。)恐らく、芸術家だけで食べていくという決断には、当時はまだ踏み込めていらっしゃらなかったのだろう。そんな先生が当時「音の出る彫刻」なるものを作ろうとして、中2に入ったばかりの頃私に声をかけてくださった。
「児玉のお父さんって確かNHKで働いているよね。今度音の出る彫刻を作りたいんだけど、お父さんを通じて、NHKの音響の専門家を紹介してもらえないかなー?」
言われた通りに仲介役を果たし、それ以降私の美術の成績は実質的にオール5をキープした。「これが私が初めて知った『大人の世界』でした」というオチがついて、軽い笑いが取れるという自虐ネタ。
しかし、実はそれなりの努力と才能の開花があった、というのも私は心の奥底でヒシヒシと感じていたのだ。そして、中2に上がったときに何が起こったのか、その説明が繰り広げられているかのごとくに思われたのが、今読みつつある『脳の右側で描け』である。
中2になって圧倒的に増えた美術の課題は「模写」であった。主に美術の教科書内の名画を、忠実に模写する作業だったのだが、これを私は得意とした。しかし、風景画などのように、教室に戻ってからの想像に頼る部分が多くなる絵はなかなか向上しなかった。当時、私はこのギャップに悩み、「所詮、美術においては私は平面上を写し取るという模写の域を抜け出せず、創造性が発揮できないのだ。いいさ、私には音楽がある。」と開き直り、結局中学卒業後、絵筆をとることは2度となかった。
しかし、『脳の右側で描け』によれば、どうやら模写は右脳活性化の入り口の作業であるらしい。GW中に同著にしたがって、絵を描いてみたかったが残念ながら時間がなかった。しかし、そのうち時間をみつけてトライしてみようと思う。なぜなら、模写等によって活性化した右脳により、企業内の問題解決に取り組むという試みも同著の著者の開くワークショップで取り上げられていたという。問題解決にも応用できるとなれば、私が見過ごすわけにはいかない。梅雨時に暇を見つけながら、右脳活性化のトレーニングに励んでみたい。
『脳の右側で描け』では、コースの最初と最後に自画像を書くことを要求されるのだが、せっかくなら眼鏡を描けていない顔を描いてみたいと思って、本日眼科に行ってコンタクト初体験をした!!年甲斐もなく、眼科で大声をあげて感嘆してしまった。ソフトだったので、あまりの違和感のなさ!そしてよく見えること!そして何よりビックりしたのが、コンタクトレンズの外し方!!!眼球に触るなんて、こんなドキドキの体験は初めてでしたよ!みんなこんな道を潜り抜けていたなんて恐るべし!

Posted by Ken Kodama at 18:18 | Comments (0)

2006年03月24日

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近況報告

あまりにも更新が途絶えているので、私の知り合いの方のために、近況報告的なエントリーを書いておきたいと思います。恐ろしいもので、仕事が取れてしまうときというのは、こちらが望むと望まざるとに関わらず取れてしまうもので、2月の頭から完全にオフ日にできたのはたったの一日です。あとは何をしているかといえば、ひたすらレポートを書く、書く、書く、書く、書く・・・その内容も多岐に渡り(というか、渡りすぎ)、人材育成に関するものから経理システムに関わるもの、個人の資産運用に関わるものまで、言語も日英両方と、節操もなく仕事をとってきたことを少し反省せねばならない状況に追い込まれております。
そんな中でも生活に潤いを与えようとハンク・ジョーンズトリオのライブをブルーノートに見に行ったりしてきたのですが、また時間ができたらライブレポート等をお届けできればと思います。ソフトバンクの買収ネタのときも、「書きたいー!!!」と思うことは山ほどあったのですが、時間がとれない状況です。4月の第二週あたりからは楽になるはずなので、今までのエントリーを楽しみにしていただいた方は、気長にお待ちいただければと思います。

Posted by Ken Kodama at 22:06 | Comments (2)

2006年02月28日

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しばらく更新をお休みします。

どのような検索キーワードで当ブログにたどり着いたのかをチェックできるようになっているのですが、最近嬉しかったのは「永田議員 劇団ひとり」というダブルのキーワードで検索いただいた方が何名かいたこと(笑)。やっぱり、みんな思うことは同じですね。
さて、最近自らのキャパシティーを上回る仕事量を受けてしまって、かなりシンドイ状況が続いており、この状況は3月の20日前後まで続きそうです。仕事の中にはレポートの執筆も結構含まれており、書くことからはできるだけ離れていたいという心境なので、この自己研鑽目的のブログの更新は3月の下旬まで更新を休ませていただきます。同じ「書く」でも、別腹でイケルかな~、との甘い観測をたてていたのですが、ラザニアのデザートにぜんざいを食うといった類の別腹で、正直もうお腹いっぱいといった感じです。
ただ、「お茶漬けならいけるかな~」という想いはあるので、趣味の音楽の話など、ライトな話題なら、3月中もなんか書くかもしれません。忙しいにも関わらず、ハンク・ジョーンズは見に行くつもりだし。
ということで、4月から仕事量をコントロールした上で、再度充実したエントリーとともに、皆様にお目にかかれる日を楽しみにしております。

Posted by Ken Kodama at 09:47 | Comments (2)

2006年02月21日

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「裏の情報」という「甘く危険な香り」

「自民党はすっかり勝ちムードだ。(本日の日経新聞より引用)」

こんな記述を見る限り、どうやら永田クンは「ヤラレタ」のだという感が強くなってきた。もちろん、シロかクロかは今の段階では分からないが、あとは武部が泣くか永田が泣くか、それだけのことである。政治家の仕事の多くが、こうした不毛な応酬に費やされるのは、実に嘆かわしいことである。
確かに、今回の「メール」のような「裏の情報」が世の中を大きく動かすことはある。耐震強度偽装問題においては「きっこのブログ」が当事者のイーホームズ社長を驚かせるほどの情報を有しており、一時は話題になった。しかし、あなたがこの手の「裏の情報」に出会ったとして、その90%は信憑性がないものだと思ってかかった方がよい。ときには、「裏の情報」はあなたの身をほろぼす可能性すらある。
私自身、この手の「裏の情報」に何度も出会ってきた。よき紳士であるビジネスマンの方からは、世間を賑わしている経済事件の「真相」を教えていただいた。また、面白いところでは、昔ある女友達からこんな話をきいた。「リチャード・ギアはゲイである。なぜなら病院に勤務する『私の友達』が、彼の『ある穴』にネズミが引っ掛かってととれなくなって、かつぎこまれたのを目撃したから。」
もちろん、真偽のほどは定かではない。こうした真偽が定かではない「裏の情報」を伝播する人の動機というのは、「自分はこんな情報を入手できるほど重要な筋と近い位置にある」ということを誇示したいがためである。だから、その情報の真偽は定かではなくても、その情報を提供してくれた人の価値観を知る手がかりは提供してくれる。経済の裏情報を提供してくれる友人がいるならば、その友人は「経済界の要人と近くにいたい」と思っているということである。芸能ネタを流す人は、芸能人とお友達になりたいのである。「裏の情報」自体には価値はほとんどないが、それは伝えてくれた友人の価値観を教えてくれる。今まで以上に友人を理解するための情報として活用すればよいだけのことである。
「情報を持っているか否かは勝敗に関係しない。」というのが私の信ずるところである。何が勝敗を分けるのかといえば、それは情報の分析力や洞察である。公開されている情報であっても、読む人が読めば大いに有用な情報となる。バフェットが投資の決定にあたって最も重視する情報は、アニュアル・レポートであるという。数字のかすかな動きから何を嗅ぎ取るか。職場の同僚の何気ない表情から何を察知するのか。「裏の情報」なんかを必至になって探そうとしなくたって、情報はあなたの目の前にあふれている。それを読み取る能力を持ち合わせていないだけのことなのだ。
こんな価値観を私が持つに至ったのは、幼少期に読んだ推理小説、特にクリスティーの「ミス・マープルもの」が影響しているかもしれない。「その話を聴いていると、姪のスーザンを思い出すわね~。・・・(中略)・・・だから、犯人はそのメイドなんでしょ?」ミス・マープルはそこでずばりと犯人をあてるところがカッコイイのだが、我々の場合はそうはいかない。同じアプローチをとることは、極めて危険である。情報の解釈にあたっては、慎重を期すべきということをお忘れなく!

Posted by Ken Kodama at 09:39 | Comments (2)

2006年02月17日

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ドン・キホーテと劇団ひとり

昨日、報道ステーションにチャンネルを合わせたら、劇団ひとりがスーツ姿で会見に臨んでいた。一体、何をやらかしたのかと思いきや、この人、民主党の永田寿康議員であるらしい。そのくらい、私は疲れている。(ちなみに、劇団ひとりを真ん中に永田議員とヒューザー被害者の住民代表の赤司さんを両脇に配すれば、ナンシー関が普及させた「顔グラデーション」が完成するかもしれない。永田代議士と劇団ひとりと、どちらがより芸人向きの顔かという観点からいえば、間違いなく永田代議士だと思う。)
私が法律に強くないことは、当サイトに訪れていただいている方には周知の事実である。加えて、2月は少々スケジュールが多忙で、3時間くらいしか眠れない日が2~3日続いたりする。だから、新聞もろくに読めないし、まだ頭の中も疲れている。・・・と、十分に予防線を張った上で、ドン・キホーテのTOB問題を僭越ながら語らせていただきたい。
今までの経緯の新聞記事を読んではいないのだが、本日の日経新聞朝刊11ページの江尻弁護士の記者会見のやりとりの一節に、今回の件の核心が浮かび上がっているように私には感じられる。以下に、一部だけ引用させていただきたい。

(引用始)
『江尻弁護士「資本市場にはルールがあり、現在あるルールを守っていれば、グレーという議論にはならない。今回のケースは真っ白だ。」
記者「TOB失敗後の市場での買いつけについて、TOB開始前から意図して実施した場合はどうか。」
江尻氏「グレーだと思う。」』
(引用終)

上記の短いやりとりは、様々な観点から興味深い。まず、法律のシロウトの私にとっては、江尻氏の発言は、詭弁以外のなにものではないように感じられるという点。TOB失敗後の市場での買いつけも、TOB自体もオリジン東秀の支配権の獲得を目的としたものであることは間違いない。どういう論理を展開すれば、両者の間に関連性はないという方向に持っていけるのか?もちろん、弁護士には勝算があっての発言なのだろうが、両者を「一連の取引」とみなすかみなさないかの議論は、我々にとって空恐ろしいくらい不毛な論である。しかし、この点を巡って日経新聞は大々的に紙面を割き、法曹界の専門家は議論を戦わせ、そして私のような専門外の人間までブログ執筆に時間を費やす始末である。
もう一点は、法曹関係者のモラルという問題。上記の発言からも、「真っ白だ」と言いながらも「グレーである」可能性が濃厚であるとの認識を、弁護士が持っていることは明らかであろう。このようなグレーな取引に一般人が果敢に挑むことは難しく、法曹関係者のアドバイスなしには、グレーな領域に飛び込むことは難しい。つまり、私が問題視するのは、法曹関係者がグレーな領域に飛び込むことを後押しすることをビジネスとしているように見えるという点である。ライブドアのときもそうであった。弁護士にモラルの認識がないわけがない。であるから、私にとっての関心は、彼らの内面においてビジネスチャンスとモラルの相克をどのように処理しているのかという点である。なんとなく、養老孟司氏の『無思想の発見』あたりにその答えがありそうな気がするのだが、時間がなく読む暇がない。
もちろん、このように弁護士を使うことを意図するのは経営者の側である。ドン・キホーテによるオリジン東秀買収の一連の動きを見ていて連想したのは、トロイの木馬である。すなわち、だましうち。ビジネスとはパートナーとの信頼関係を構築しないことには成立し得ないものである。かつて、ドン・キホーテは、仕入先との関係のあり方を、公正取引委員会に問題視されたことがあった。ドン・キホーテの経営は顧客満足だけしか頭になく、ビジネスパートナーとの信頼関係の構築などは、恐らく一秒たりとも考えたことがないのだろう。今回の一連の騒動により、仮にドン・キホーテがオリジンの経営権を取得できたとしても、ビジネスパートナーは警戒感を深めるであろう。長期的に見れば、失うものも大きいはずである。
良心に呵責を感じつつもビジネスを追求する弁護士と、そもそも倫理観を持たない経営者。これは無思想の日本人の縮図である。我々もこうした一面を持っているということであり、我々の内面に巣食う「弁護士」と「ドン・キホーテ」と対峙せねばならない。

Posted by Ken Kodama at 10:09 | Comments (0)

2006年01月25日

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ライブドアとオウム真理教の異同を述べよ

こんなタイトルを掲げると、何度か当サイトにご訪問いただいている方は、「また児玉は・・・」みたいに眉をひそめていることであろう。でもこの手の視点こそが「私」というアイデンティティーなのだ。昨晩は缶ビールを飲みながらではあるが、結構大真面目にこの二者を頭の中で比較してみた。・・・「大」真面目はちょっといいすぎかな、アルコール入っていたわけだし。「ちょっと真剣」に二者を比較検討した結果をお披露目させていただきたい。なお、今後の議論を展開する前に一言述べておくと、もちろん違法行為の重さでいえば、オウム真理教の罪の重さはライブドア犯した罪と比べ物にならないほど重い。しかしながら、両者をあえて比較することに「カリスマ」というものを実例に照らして考える上で意義があると考えるからこそ行うのであり、決してライブドアを今以上に失墜させる意図は毛頭ないことをはっきりさせておきたい。一昨日のエントリーでも書いたように、ホリエモンが改心さえすれば、私は誰よりも彼の味方になる用意がある。(もちろん、私の心の中での話ですけどね。)
さて、もちろん、両者の相似を私に感じさせたのは、マスコミの取り上げ方に他ならない。小菅の拘置所に移送される映像があれほど大々的に報じられたのは、ホリエモンの他には麻原彰晃しかいないのではなかろうか?特捜部がヒルズに入る映像も、カナリアこそ携えていなかったものの、サティアンに突入する情景をフラッシュバックさせた。なぜか「ダーティーワーク」には手を染めず温存された熊谷CFO。かつての「村岡達子代表代行」を思わせるような年配者の社長就任。そして、昨日の日経新聞の夕刊のこんな表現。

(引用始)
● 集団指導体制をとると見られる。
● ライブドアファイナンスが「実行部隊」となり宮内容疑者が直接指揮したとされる。
(引用終)

これらの表現は、我々がかつてのオウム真理教の報道で見た懐かしき表現である。どうして、こうした表現を記者が用いたのか?①私のような読者の潜在意識を操作して、オウム真理教とライブドアを結びつけさせようとしたのか、②あるいは記者の潜在意識が知らず知らず両者を結びつけているのか、③あるいは単に刑事事件を描写するときに多用される用語なのか、私には分からない。記者の意図がいずれであるにせよ、両事件に似た「匂い」を我々が感じるのは、それは取りも直さずカリスマの失墜という共通項があるからである。Gary YuklのLeadership in Organizationsにおいて、カリスマ的なリーダーの特性の一つとして、「現状とはかなりかけ離れたビジョンを掲げている」という点が指摘されている。ライブドアもまたオウム真理教も、既存秩序の転覆を企図していたという点では一致している。しかし、オウム真理教がライブドアほどの大多数の支持を集められなかったのは、そのビジョンが現状からあまりにもかけ離れすぎていたがためである。
カリスマリーダーとは、「フォロワー」があってこそのリーダーである。かつて、我々は事件発覚後も麻原彰晃を信じる発言をする信者達をあざ笑うか気味悪がって退けた経験があるはずである。今回、逮捕という事実を目の当たりにしながらも、「これは『出る杭は打たれる』的な現象だ」、あるいは「なにがあってもホリエモンを信じます」というホリエモン信者達も、サリン事件の当時はニュースを理解できるほどの年齢には達していたはずであり、かつてのオウム信者の不自然さを指摘し得るほどの健全さを備えていたはずである。それがなぜ、今回は「目を覚ます」ことができないのであろうか?正直なところ、これが私にとっての最大の謎であり、いくつかの仮説を試みたい。
まずは「信仰」という側面から考えた仮説。オウム真理教に入信した多くのものは自らの全財産を寄進した上で、出家したものが多かった。このように自らの退路を断つことにより、信仰心は強まる。ホリエモン信者がライブドア株を保有していた場合、恐らくは取り返しのつかない損失を抱えているはずである。当初はそんなつもりがなかったものの、今回の事件により「投資」のつもりだったものが「お布施」へと変貌を遂げてしまい、退路が断たれてしまい、ホリエモンを信じ続ける以外に道がなくなってしまった。
もう一つの説明は社会学的なもの。小泉圧勝を支えたのも、ホリエモンファンの多くも、いわゆる所得二極分化の「負け組」に分類されるもの達であるとの指摘が多くなされている。彼等にとってホリエモンとは、自分だっていつかは勝ち組になれる可能性を示す、いわば「生きた証」であったはずだ。ホリエモンを否定することは、現状の秩序の肯定に加担するような気がして、それはニートとしての自分の地位を永続化させるような空恐ろしさがある。ホリエモンを否定することは、自らの夢をつぶすことであり、それは断じてできない、というもの。
一連の事件は極めて経済的なものであるが、その背景にある人間心理の理解なくしては、真の構造の解明には至らないであろう。

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2006年01月16日

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『ブラバン』と『カリスマ教師』

Yahoo!ニュースによれば、デーモン小暮が登場した昨日の相撲中継は素晴らしかったらしい。

(引用始)
『実況を務めた吉田賢アナウンサー(45)らは大真面目に「デーモン小暮閣下」と呼びかけ、「世を忍ぶ仮の姿の」と説明を加えるなど気を配った。』
(引用終)

いいんでないの、吉田アナ!NHKに求められているのは、みのもんたを無理矢理引っ張り込んだりすることではなく、この吉田堅アナウンサーのような「もてなし」なのだ、少なくとも私の中では。かつてナンシー関が、民放に出演すれば確実に「陵辱(りょうじょく)」されてしまうであろう、ニットの貴公子広瀬光治の、NHK教育テレビにおけるもてなされ方について書いていたが、民営化するしないに関わらず、この線を踏み外してしまっては、NHKはそのアイデンティティを失ってしまうことであろう。

と余談はさておき、本日の日経新聞はネタ的に今ひとつだったので、同じNHKが先週土曜の朝に放映していた『ブラバン』もののテレビ番組を見て思ったことをとりとめもなく書いてみたい。『ブラバン』とは、もちろん「ブラスバンド(吹奏楽)」の略だが、高校1・2年生のときにブラスバンドでトランペットを吹いていた私は、この手のテレビ番組があると、つい見入ってしまう。所ジョージの『笑ってコラえて』では、一つのコーナーとして定着しているようである。所ジョージの番組では高校生のブラバンが対象だが、NHKの番組ではなんと小学生のブラバンが取り上げられていた。しかも、驚異的に上手い子供がいた!見た方は分かるだろうが、あのトロンボーンを吹く6年生の男の子。彼に対して、指導する教師は「自分のことばかり考えるのではなく、他のメンバーの指導にも気を配りなさい」と説いており、その子はその教えに従って行動しようとしていた!!!なんだか、オジサン、見ていて自分が恥ずかしくなりました。
その番組に登場した教師についてはそれほど気にならなかったものの、所ジョージの番組に登場する多くの教師はいわゆる「カリスマ型」のタイプである。絶大なリーダーシップを発揮し、時には理不尽な要求を生徒に対して押し付け、理にかなう反論も受け付けようとしない。こうした一見「理」が不在のアプローチも、その根底には「勝つため」という一貫した論理が流れている。県大会、全国大会に出場してメダルを獲得する、そうした偉業を成し遂げるために、教師はカリスマとして君臨するのである。
視点を転じてビジネス界に目を向けてみよう。いまどき、カリスマ型のリーダーシップをふるっている経営者というのはごくごく少ない。ハーバードビジネスレビューの昨年9月の特集は「ファシリテーター型リーダーシップ」であり、このリーダーシップの類型はカリスマ型とは対極に位置する。私もリーダーシップ研修を担当するときは、「まず、自らにあったリーダーシップスタイルを習得することを考えて下さい」と説いている。「リーダー、それはカリスマ」というのは時代錯誤も甚だしい認識である。
別に「学校教育」を「ビジネス」の予行演習とせよなどと述べるつもりは毛頭ない。ただ気になるのはこうしたカリスマタイプの教師は、生徒に何を学んでほしいと考えて行動しているのか、その意図である。「実社会では厳しい上下関係があり、時には上司からの理不尽な命令に従う必要がある。『選別』という厳しい現実にも目を見開く必要がある。勝つためには。」なんだか『女王の教室』を思い出すが、それも一つの見解かもしれない。しかし、世の中の潮流にも目を配り、時流にあった教育を実践して欲しいという想いも強くある。そして私が言う「時流」とはビジネス界のみならず、もっと幅広いものを指す。「部活動」の本当の目的は「実際に勝つ」ことではなく、「そのプロセスで学ぶ」ことであるはずである。そうであるならば、もっと違うアプローチが採られるはず、という気もする。
企業研修の現場で、「あなたがリーダーです。リーダーとして説得して下さい。」というタイプの演習を与えれば多くの受講生はそつなくこなす。しかし、リーダーを定めぬままでタスクを与えると、彼等はメシアの誕生を待ち望む子羊の群へと変貌してしまう。その原型を学校教育に見た気がした、というのが私の率直な感想である。

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2005年12月19日

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私の10大ニュース

暮れも押し迫ってきたということもあり、本日は私が今年1年で書き溜めたエントリーの中から、後から自分で読み返しても「オモシロイ!」と思ったエントリーを10本選んでみました。

10位 みずほ証券誤発注問題を考える

このエントリーは文章が冗長でもあり、個人的には納得がいかない面もあるのですが、ブログ時評さんに取り上げていただき、当日は通常の1.5倍近くのアクセスを記録したため、新たな読者獲得に貢献したという意味で選びました。

9位 エニアグラムから見た姉歯氏

このブログを長きに渡って読んでいただいている方は、私のブログのある「変化」にきづかれたかもしれません。当初は「株」や「会計」等の数字モノばかりでしたが、最近リーダーシップ等のヒトをテーマにしたエントリーが増えていますが、これは最近の私が人材アセスメントという仕事に手を染め始めたためです。今年に入って私が読む本は、かつての財務モノから人事・リーダーシップ・心理学等に一変してしまいました。姉歯氏にまつわるこのエントリーが秀逸とは言いがたいですが、そのような領域を代表するエントリーとして一つ加えさせていただきました。

8位 「ネットと放送の融合」と「利己的な遺伝子」と「クリステンセンの破壊的技術」と

こんなトガッタものを3つ並べることができた、という点に満足しています(笑)。

7位 東証のことが頭から離れない・・・

東証も一企業とみなすのであれば、恐らく当ブログで触れた回数が最も多かった企業は東証であり、それを代表するという意味で選びました。私の個人的な趣味の問題ではなく、今年は東証のあり方を考えさせる「事件」が多く発生しました。

6位 「利益を出す」とどよめかれる会社

タイトルが面白いと思ったので。また、株式の理論価値を考える上で、基礎的な視点を提供していると思ったので。

5位 iPod考、そしてMac考

音楽は、私が全く左脳に頼ることなく、モノを書くことのできるジャンルです。なにか一つ音楽関連のエントリーを入れたかったので。

4位 クレジット・デリバティブと銀行の20年後

突っ込もうと思えば、細かい点でいくらでも突っ込めるエントリーであるとは思いますが、こうした未来を垣間見えるようなエントリーが書けたとき、私は満足するのです。

3位 GMに見る「製造業の金融進出」の隠れたリスク

これは自分で読み返してみても、なかなか鋭いのでは、と思っています(笑)。

2位 「良いMSCB」など存在するのか?

isologueにTBをさせていただいたため、執筆から10ヶ月ほど経過した今でも、isologue経由の来訪者が途絶えません。MSCBの本質を上手くまとめたのではないかと自負しています。
なお、TB(トラックバック)に関してですが、あまりのTBスパムの多さに、当ブログではTB機能を廃しました。こちらが機能がないのに、相手にTBするというのも失礼な気がするため、今年の6月頃以降は一切TBをしておりません。

1位 毎月分配型ファンドの注意点

毎月分配型ファンドについては、そのうち大きな社会問題になるのではないかという気がしています。警鐘を鳴らすという趣旨のエントリーです。また、このエントリーは某2chの掲示板で、好意的なコメントとともにリンクを貼っていただいたようで、訪問者数のアップにも貢献しました。
最近、このようなファイナンシャル・プランナーとしてのネタが減少しているのは、自らの関心が他にも広がりつつあるのと、某社にて会員向けのマンスリー・レポートを執筆させていただいているためです。

当ブログは無料のコンテンツであり、私がブログを運営する最大の目的は自己研鑽にあり、したがって統一したテーマ感が薄い点についてはご理解いただけると思います。しかし、リピーターの方も増加しているようであり、継続して訪問いただいている方には、テーマが散漫である点については申し訳ないと思っています。そこで、例えばはてなアンテナのようなサイトに当ブログを登録していただき、関心のある記事が更新されたときのみ、ご来訪いただければ、無駄なお時間を省くことができるのではないかと思います。

・・・なんて暮れの挨拶が続きそうな文章になってしまいましたが、まだ10日近く残っているので、書きますよ(笑)。挨拶はもう少しあとということで。

Posted by Ken Kodama at 10:40 | Comments (0)

2005年11月22日

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エニアグラムから見た姉歯氏

本日のエントリーは、当ブログの一連のエントリーとの比較において異色といえます。連日メディアにて取り上げられているマンションの構造計算書の偽装問題ですが、建築業界の抱える問題というマクロ的なアプローチからは、多くの専門家の方から意見が呈されており、私から付け加えるべきことはほとんどありません。私が関心を持ったのは姉歯氏の人格です。「悪びれる様子がない」「モラルがない」とメディアで表現される姉歯氏ですが、彼はいったいどういう人物なのでしょうか?これは人命にも関わり得る重大な問題であると知りながら、なぜこのような行為に及んだのでしょうか?
人格を知る上で有用となるツールにエニアグラムというものがあります。「エニア」というのはギリシャ語で9を表し、エニアグラムとは簡単に言えば人間を9つのタイプに分けた性格分析のようなものです。また9つのタイプにはそれぞれ最も健全であるレベル1から不健全であるレベル9までの、レベルの高低があるのもエニアグラムの特色の1つです。言うまでもなく、1人1人の人間とはオンリーワンな存在であり、このようなタイプ分けで人格の全てを説明できるとするのは問題がありますが、少なくとも人格を知る上での手がかりを与えてくれるという点では有用であり、一部の企業にはエニアグラムを活用した人材開発が行われているとの話も聞きます。本日は、姉歯氏がエニアグラムにおいてはどのタイプに属するかという点について、私なりの仮説をご紹介しておこうと思います。観察のみに基づいて、エニアグラムのタイプ分けを行うのはなかなか難しく、反証の事実があれば当然修正すべき仮説にすぎないという点は予めご了承下さい。
姉歯氏はエニアグラムにおけるタイプ3に属するというのが私の考えです。9つのタイプそれぞれについては、他のサイトでご参照いただくとして、タイプ3の簡単なプロフィールを説明しておくこととしましょう。タイプ3に属する人々は、周囲が自分に対して関心を抱いてくれることを求めます。その一方で、自らの感情と隔絶されている点が特徴的で、従って感情的なアプローチによってではなく、自らの行動の成果を誇示することにより、他者からの関心を惹こうとします。ですから、タイプ3の人が健全なレベルにいるときには、仕事ができるとの評判がたつことが多く、その方の知名度が上がれば、成功の体現者として憧憬の眼差しで注目を浴びることもあります。
タイプ3の人々が健全であるというのは、彼等の理想像と実際の行いが一致しているときであり、理想と現実の乖離が激しくなると何をするかといえば、他者を欺いてでも自己のイメージを保とうとするのです。欺瞞が発覚すれば大きな問題になると分かっていても、自己のイメージを高め他者からの関心を集め続けるために、欺瞞をやめることができないのです。
また、不健全なレベルにあるタイプ3の人々にとって、他者とは自分のことを賞賛してくれるという点においてのみ価値が見出されるのであり、最悪の場合は、必要となれば悔恨の念を全く抱くことなく、殺人を行うことができるのもタイプ3の特徴なのです。
上記の記述はエニアグラム研究の第一人者であるリソとハドソンのPersonality Typesを大いに参考にした上で私が記述したものであり、決して姉歯氏の行いに合致するように文章を創作したわけではありません。エニアグラムを知ることは、自己が不健全なレベルに至ったときにどういう方向性をとりうるのかを知る上でも、また自己の人格の成長には何が必要かを知る上でも有用なことが多いものです。
アマゾンで「エニアグラム」とキーワードを打てば多くの書物がひっかかると思われるので興味のある方は、ご一読してみて下さい。また、こちらのサイトでは、ウェブ上で診断を行い、自らがどのタイプに属するかを知ることができます。ちなみに、私が姉歯氏のタイプであると推定する「タイプ3」ですが、リソとハドソンは、アメリカという国全体がタイプ3的な文化に向かっていると指摘しており、アメリカにはタイプ3に属する人が多く、ひたすらアメリカの後を追う日本も同様と考えられます。別にタイプ3になったからといって驚く必要はなく、それぞれのタイプには健全なレベル、不健全なレベルが混在するのですから、健全なレベルを目指して自己研鑽に励めばよいまでです。

Posted by Ken Kodama at 09:46 | Comments (2)

2005年11月01日

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そっか、あっちは「紅」だった。

昨日の組閣記念撮影を見て、なぜか思い浮かんだ宮崎駿アニメの一節。

『飛べない豚はただの豚だ。』

・・・???そっか、あれは『の豚』でしたね。こちらは素敵なブルーの・・・

私の執筆しているもう一方のブログで先日ホンダの決算について書いてみました。数字という客観的なものを相手にしながら、なぜ様々な解釈が出てくるのか、という観点から考察してみましたので、ご興味のある方は是非ご一読下さい。

金融ニュースの「行間」を読む

今日は、全くビジネスの話題から外れて、私がこのブログを書くプロセスについてお話してみたいと思います。私の執筆は、まず朝の電車の中で新聞を読むところからはじまります。そして目ぼしい記事を見つけると、それをどう料理しようか考えます。そして、大まかな構成が頭に浮かんだら、一時間くらいで一気にダダダと打ち込みます。
「この程度の文章に一時間もかけてるのか」「一時間しかかけていない割りには上出来だ」など色々なご感想があろうかと思いますが、私は自画自賛タイプの人間なので、自分で読み返してみると、我ながら「よくあの短い時間でこれだけのモノが書けたな」と思うことの方が多いのです。確かに限られた時間で執筆するため、推敲が不十分で、分かりにくい表現や誤字脱字が多い点は否めませんが、私が自分でも関心するのは独自のユニークな着眼点を、これほど継続的に表出し続けているという点です。そして、白状すると、実は私は自分の「創造」のプロセスがよく分からないのです。
私は「天才」では決してありませんが、昔から「天才」の人間であることは自覚していました。どういうことかというと、例えばアンダーセン・コンサルティング在籍時代は業務改革を担当していたのですが、新業務を設計するにあたって、私の同僚はファクトをベースにロジックを積み重ねてソリューションを提案していましたが、私の場合ロジックは後付けで、ソリューションは電撃的にひらめくことが多く、自分ではこの状態を「神が舞い降りた」と表現していました(笑)。しかしイタコのように神が舞い降りるのを待っていたのでは、「納期」という問題もあるため、「ロジック」を積み上げて解にたどりつく手法も習得したのですが、そうして得られたソリューションは「神が舞い降りた」ときのソリューションに比べて、かなり不恰好に見えることは否めません。恐らくは私は「直観タイプ」の人間なのでしょうが、この直観がどのようなメカニズムで機能しているのか、私には全く分かりません。ですから、創造のプロセスをコントロールすることなど、私には到底不可能なことです。
なぜ、こんなカミングアウトもどきを書く気になったのかというと、先日胆嚢を摘出して以来、なんだか「以前ほど神が舞い降りなくなった」気がするんですね(笑)。実は私の胆石は7つも出てきたのです、親指の爪くらいの直径1.5センチくらいの奴が!!!ブラピとモーガン・フリーマンの『セブン』を見た方はご存知でしょうが、私は7という象徴的な数字と私の胆石の数を結びつけ、私の中の7つの大罪(高慢、嫉妬、憤怒、怠惰、強欲、暴食、色欲)が取り除かれたのだ、とオペ体験をとらえることにしていたのです。でも、術後約10日を経て感じるのは、どちらかといえば負の面が多いのですよ。ま、傷もまだ完全にくっついてはいないので、疲れているからだとは思うのですが、今日も新聞記事を見ても電撃的なひらめきが舞い降りなかったため、こんな告白もどきのエントリーにしてみたという次第です。
もし、今後このブログが急速につまらなくなるということがあれば、私は胆石とともに創造力を失ってしまったということです(笑)。そうなっても哀れな男の末路を見届るために、時々ブログを覗いていただけると嬉しいです。

Posted by Ken Kodama at 10:53 | Comments (0)

2005年10月27日

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年を重ねるごとに恐いものがなくなる

テレビで手術室のドキュメンタリーが放映されていれば即座にチャンネルを変え、病院でベッドで移送される患者に遭遇すると即座に目をそらせる・・・そんなビビリの私が、先週オペを受けるという体験を致しました。ある臓器を丸ごと摘出してしまったのですが、本日退院後になじみのうどん屋で、お気に入りの味噌煮込みうどんを食したりと、なんだかあっけないオペ体験でした。これでまた一つ、恐いものがなくなりました。病院の待合室のジジババが病気自慢をしたくなる心境が分かった気がします。(笑)私もその道にかけては日本で有数の名医を手こずらせるほどの、容易ではないオペだったのですが、どんなにすごいオペだったのか、語りたくてうずうずしています。
とはいえ、さすがに本日は疲れているので、また新たな機会に、オペ体験を詳述してみたいと思います。

Posted by Ken Kodama at 15:04 | Comments (4)

2005年10月13日

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人格者 佐藤康光棋聖

本日の日経新聞の一番最後の文化欄はお読みになったでしょうか?佐藤康光さんという将棋棋士が、『王座戦で14連覇した羽生善治さんの強さの秘訣』と題して、簡単に言えば、羽生四冠を讃える内容の文章を書いています。恐らく将棋ファンの方はあまりいないと思われるために、簡単にこの文章のバックグラウンドを紹介しておきましょう。
王座戦とは日経新聞が主催するタイトル戦で、今月の1日に羽生四冠は14年連続その王座を防衛するという偉業を成し遂げたのです。それまでは、故大山名人が名人戦を13連覇したのが記録だったので、この記録の重みがご理解いただけると思います。そして、14連覇の影で敗れたのがこの佐藤康光棋聖なのです。
将棋とは勝ち負けが全ての世界。そして、この大舞台で敗れて2週間とたっていない時点で、相手の勝利を讃える内容の文章を書かされるというのは、かなりツラく屈辱的であるはずです。加えて、佐藤康光棋聖は①棋界のナンバーツー的な実力者であり、かつ②それなりにプライドが高いということを知っている人には、こうした文章を書く佐藤棋聖がいかにつらいかが身にしみて分かります。たとえて言うならば、故升田幸三氏に故大山名人を讃える文章を書いて下さいというようなものです。それにも関わらず、こうした文章を書く仕事を引き受けるのは、③佐藤康光棋聖の人格が成熟しているからに他ならないからなのですが、この①②③と番号をふったあたりを、エピソードを交えて「将棋オタ」の私が皆さんにお伝えしたいと思います。
まず、現在の将棋界の力関係ですが、羽生氏が7大タイトルのうちの4つを保持し、残りの3つのうち2つを羽生氏と同年代であるため「羽生世代」と呼ばれる森内名人と佐藤棋聖が保持し、20歳そこそこの若手の渡辺竜王が残りの1つを保持し、突出した羽生氏を残りの3人がナンバーツーとして追う展開と申し上げてよいでしょう。加えて佐藤棋聖は、今年棋聖のタイトルを羽生氏の挑戦を受けて防衛に成功しています。佐藤棋聖もかなり強いわけなのです。
そして、佐藤棋聖のプライドの高さを伝えるエピソードとして、こんな話があります。大きなタイトル戦などは、プロ棋士や新聞記者が数人集まってリアルタイムで「検討」をすることがよくあります。佐藤棋聖もその検討に加わっていたいたときに、ある局面を検討していたとき、佐藤棋聖はその局面には「詰みがない(王様が助かるということ)」ことを発見して、周りの新聞記者に伝えました。すると、その新聞記者は「そうですね、でも一応ソフトで調べてみましょう」と言って、将棋のソフトを使って、本当に「詰みがない」のかどうか検証を始めました。それを見て、佐藤棋聖は「(将棋界ナンバーツーの)私が詰みがないといっているのに、(私の言うことを信用しないでソフトで検証するとは)なんたることか」と嘆いたそうです。
佐藤棋聖の人格の成熟度合いを伝えるエピソードには、次のようなものがあります。現将棋連盟会長の米長氏は昨年、現役棋士から引退したのですが、その引退表明直後の対局相手が、この佐藤棋聖でした。米長氏が対局室に来てみると、佐藤棋聖がなんと和服で待っていたのです!一般的には、和服を着て対局に臨むのは大きなタイトル戦などの場合だけです。その対局はタイトル戦ではなかったにも関わらず、佐藤棋聖が和服で臨んだのは、「これが米長先生に教えてもらえる最後の対局だから」と考えたからに他なりません。感動した米長氏は、自宅に電話をかけて自らも和服を家族の方に届けてもらい、午後からは両者和服で真剣勝負に臨んだとのことです。
と、これだけエピソードをお伝えすれば、本日の日経新聞を読んで、こうした文章を今の佐藤棋聖に依頼すること自体が、いかに対人的な配慮に欠ける行為であるか、分かっていただけるはずです。昨日のエントリーと無理やり結びつけてしまえば、確かに「理」にはかなっている村上ファンドですが、連日あのような形で新聞紙面をにぎわすのを見るにつけ、村上氏の対人的な配慮の無さが浮き彫りになります。大河ドラマも同じテーマを扱っていますが、やはり「理」だけではダメで「情」への斟酌も重要であるということです。みなさんも、上司や部下などのビジネス上で重要な相手の日常の言動を観察しその価値観を受け入れた上で接するよう心がければ、相互依存関係に立脚した成熟した人間関係が構築できるはずです。

Posted by Ken Kodama at 15:40 | Comments (0)

2005年09月12日

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片山さつきと猪口邦子の異同を述べよ

本題に入る前に2つほど。まず、本日の日経新聞の17ページの『経営の視点』の「セブンイレブン変わる便利さ」と題されたコラムですが、このコラムの前半はまるで私の前日のエントリーをパクッたかのごとくの内容です。まあ、私一人に限らず、日本のビジネスマンの思考回路は日経新聞に毒されている訳なので、どちらが卵か鶏か、という側面もありますが、私の文章を格調高い文体で書くとああなる、といった感じの内容なので、お時間のある方は是非ご一読をしてみて下さい。

もう147円のお茶なんて飲む気がしない・・・

また、もう一点ですが、私の執筆するもう一方のブログである『金融ニュースの「行間」を読む』ですが、最近の選挙をにらんでの株高の背景にある機関投資家の売買動向を分かりやすい言葉で考えてみました。ある方から「小難しくて分かりにくい」という趣旨のご指摘を受けたので、文体を平易にしてみたので、是非こちらのブログもご覧になってみて下さい。

で、本日の本題ですが、私のブログはアクセス解析のソフトで、どんな検索ワードでたどりついたかが調べられる訳ですが、ここ最近増えているのが検索ワードが「片山さつき」です。さらに昨日は「昭和のパーマ」なんて検索ワードが3件もありました(笑)。こうした需要と供給のミスマッチが発見できる面白さがあるのがアクセス解析ソフトですが、こうした検索ワードでたどりついた方には、先日の私のエントリーは何とも肩透かしだったはずで、そういうニッチな訪問者のために、本日は一筆したためたいと思う次第です。政治とは一線を画すのがこのブログのスタンスでしたが、今回は政治うんぬんというより「人物ウォッチング」の視点のエントリーということでご了承下さい。

【①キャリアの延長線上としての政治家】
これは標題の二人のみならず、佐藤ゆかり氏にも共通している点ですが、今回の選挙を自らのキャリアの延長線上にあると捉えている点が特徴的であるといえるでしょう。もちろん、これまでの官僚の出馬も動機を同じくしているでしょうが、今回の刺客に特有なのは、専門性がかなり強烈に前面に打ち出されている、という点です。この3人に限らず、一般的にキャリア志向の女性の特徴としてゼネラリストよりスペシャリストを志向するという傾向が顕著に窺えます。猪口氏は外交、佐藤氏は経済政策、片山氏は行政改革をメインフィールドとして今後の政治活動を続けていくのでしょうが、こうしたキャリアのスペシャリスト志向のゴールに「政治家」を据えるというのは、国民としてはあまりありがたくない側面もあります。
もちろん実務の現場を知った人間が政治家になることは、大きなメリットをもたらすことでしょう。ただし、週刊朝日の記述から知ったことですが、例えば猪口氏は出馬の前に上智大学の学長選に名乗りを挙げて落選したそうです。これらの候補者が「前職よりも高いポスト」として、政治家を捉えているのであれば、日本の未来は危ういといわざるを得ません。自らのキャリアアップという利己的な動機と、国民生活の向上という利他的な動機をどこまでバランスをとって考えているのか。この3人には特に問いただしたい気がします。

【②「天然」猪口VS「海千山千」片山】
「昭和のパーマ」なんていう検索ワードで私のサイトに来る方にとっては、恐らく前段の記述は無意味に等しいでしょう(笑)。猪口氏と片山氏は、キャリア志向、「かつての」美貌、髪型などから似た側面ばかりが強調されてきましたが、決定的な違いは、猪口氏は「裏を知らない」が片山氏は「裏を知りすぎている」点にあるのでしょう。
いつぞやの日経新聞に書かれていましたが、片山氏は静岡の支援者の前で土下座したとのことです。これは彼女の人格の象徴的な側面で、「目的達成のためには何でもしてみせる」ということです。そこには若干(というレベルかな?)の勘違いも存在するものの、支持者が義理人情を求めれば土下座をしてみせ、昭和のパーマが不評と分かればはちまきで髪を束ねてみせ、よく言えば他人の目を意識し他者の求めるものを敏感に察知し、それを提供しようとする柔軟性を兼ね備えているのが片山氏です。
対して、いつまでたっても箱の中のお人形(という表現も恐いが・・・)といった感のあるのが猪口氏です。国連の軍縮大使を務めていたときの映像で、会議がクローズするときにバンバンと机をハンマーで叩いた後、ガッツポーズを見せたのが、彼女の「天然」さの象徴と言えるでしょう。
こんな「天然」な人よりも、外相に相応しいのは、資質的な面でいけば片山氏の方に軍配が上がる気がします。でも、片山氏だとやりすぎて、金正日の前で引田天巧ショーもどきをはじめそうな恐さもありますが(笑)。

Posted by Ken Kodama at 11:00 | Comments (1)

2005年08月07日

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今頃読んでる『7つの習慣』

先月の入院がたたって、病み上がりにも関わらず5つの仕事を同時並行でこなさねばならず、かなり参ってます。本日も日曜日にも関わらず、レポートを書いていて、なんかしんどいですね。休みたいときに休めないのが、サラリーマンにはないつらさですね。
で、あまりの忙しさに今までの手帳ではスケジュール管理ができなくなり、ロフトの手帳売場で見つけたのが「フランクリン・プランナー スターター・キット」という1万円くらいする、システム手帳セットの箱。なにやらよさげな予感がして購入してみると、説明書には、システム手帳の説明とは思えないほど深い内容が・・・読んでいくと、どうやらこれは、数年前にベストセラーになった、あの『7つの習慣』で展開されていた人生論を実現するための、ツールであるらしい。
となると、読まねばならぬのが『7つの習慣』。発売当初は「成功のためのマニュアル本」のような印象がして敬遠していたのだが、書店で購入して読んでみると、実に深い哲学が根底になる意義深い本なのである。そして、その哲学を実践するスケジュール管理ツールが「フランクリン・プランナー スターター・キット」なのである。
『7つの習慣』で感銘を受けたことを一つ書いておくと、我々が行わねばならない事項は「重要か否か」と「緊急か否か」の2つのベクトルで以下の4つに分けられるという。

①重要かつ緊急なこと
②重要だが緊急ではないこと
③重要でなないが緊急なこと
④重要でも緊急でもないこと

全ての人が①を最優先するのは当たり前だが、②の重要だが緊急ではないことにいかに時間が割けるかに、成功の鍵がかかっているという。意思の弱い人は、忙しいにも関わらず、ネットサーフィンばかりして④の重要でも緊急でもないことに時間を費やしていることが多いという。幸いにも私は、入院経験を経て④に時間を費やすことがいかにおろかなことを知ったし、また、病気のせいでお酒を口にすることはできなくなったため、そんな外的な事情も手伝って、②の緊急ではないが重要なことに時間を費やせるようになった。
このブログを書き続けるのも、こうして書き続けることが私自身にとって長期的に重要であると考えるからに他ならない。このブログを通じてお仕事を依頼されたことはもちろんあるが、食べていくに必要なレベルには程遠い。短期的にはグーグルの広告収入が手に入るだけだが、新聞のニュースを読んで考えたことを書く、というシンプルな行為を日々継続したことで、私の内面は随分と成長したと思う。
本日のエントリーを読んで思い当たることがあった方は、是非『7つの習慣』を読んで、「フランクリン・プランナー スターター・キット」を購入されることをお勧め致します。
また、最近MIXIを始めてみました。まだ深いレベルでの使用法やコミュニティ内の「肌感覚」のような把握していませんが、趣味の領域でCDのレビューなんかをちょこちょこと書き始めたので、興味のある方で、かつ入会している方は、下記のURLより、私のページをご覧下さい。(私とリアルで面識がある方でMIXIに入会されていない方は招待状を出しますので、メールにてご連絡下さい。)

http://mixi.jp/show_friend.pl?id=975454

また下記ブログは週3回のペースで記事をアップしていくので、是非ご覧になって下さい。

金融ニュースの「行間」を読む

Posted by Ken Kodama at 13:23 | Comments (0)

2005年07月23日

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11日間の空白で得たもの

11日間もの間のブログ更新の空白・・・この間私は断食をしていた、といっても真実からはそう遠くはない。

7月12日の朝、毎朝のことながら「今日はどの記事を料理しようか」と思案しながら日経新聞をちらちら見ながら朝食をとった直後、強烈な嘔吐感に見舞われる。その嘔吐は2時間経過後も止むことはなく、脂汗にまみれながらもだえ苦しみ、遂には救急車を呼ぶという決断に迫られ、私の11日間の入院生活が開始する。
最初の7日間は点滴投与により食事を一切絶たれることとなるが、入院2日目にして嘔吐の苦しみからは逃れられることとなり、その後私は「病院」というものの問題、そしてその背後に控える「家庭」の問題をつぶさに観察することとなる。
私は内科病棟に入院したため、周りは高齢の患者の方が多く、老人医療の現場を目の当たりにすることになる。介護問題に対しては、当初より関心があり、山井和則氏著の『こんな介護施設を選びなさい』等の著作から、介護の現場を推し量る他なかったのだが、現場ははるかに壮絶であった。徘徊老人の手足を縛る「身体拘束」については、同著作の影響も受け、私は批判的であった。しかし、同じ病院内の近くの病室に尿を撒き散らしながら徘徊する老人がいた場合、治療のために入院する側としては、「身体拘束」は安眠を得るための保証をも意味するのである。
それでも「人間的な」介護を追及し「身体拘束」との決別を試みようとするのであれば、高コストという難問につきあたる。「しばらない」介護・医療を実現するためには、まだまだ知恵を振り絞らねばなるまい。

さらに、私が目にしたのは、いわゆる「独居老人」の生活である。入院患者は見舞客の多いものと、そうでないものに二分される。当然、その差を分けるのは家族がいるかいないかであるのだが、結婚していない私にとっても、他人事の問題ではない。
国民生活白書はかつて、独身者の増加をとりあげたが、若き「独身貴族」はいつかは「独居老人」へと移行するのである。日本という国家には、独居老人に対する問題意識が欠落している。
退院後に特別養護老人ホームへの入居を希望する患者の方がいたが、介護の必要のないものが特養に入居するのは難しい。かといって、独居で生活をすれば、確実に要介護度が高まることは事実である。健康な独居老人が集合生活する場、いわゆるグループリビングという生活形態が様々な面から考えて有効であるのに、いまだグループリビングは試験的な段階に止まったものである。

第三は、私個人というミクロの視点で。この病気のおかげで、私のささやかな楽しみであった「飲食」は大きく制限を受けることとなる。ここで思い出すのは私が敬愛するスティービー・ワンダーの軌跡である。彼が生まれて間もなく、視力を奪われてしまったことはあまりにも有名だが、1973年の名作Innervisions発表直後の交通事故により、彼は味覚と嗅覚までも失うこととなる。これは神様が「もっと音楽(聴覚)に専念しなさい」と与えた試練であったのかもしれない。なぜなら、翌年の"Fulfillingness First Finale"そして1976年の"Songs in the Key of Life”というR&Bという枠を取り去った名作を立て続けにStevieは発表することとなるからである。さらに商業的には成功しなかったものの、1979年の「サントラ」である"Journey through the Life of Secret Plants"は、これは21世紀の今聞いても未だに追いついていけない時代感覚を先取りした未来の音楽の集大成である(西城秀樹の「愛の園」の原曲も収録されています。)
酒を奪われ、油モノを奪われた今、私に残されているのは仕事のみ。今まで以上に集中して、社会のために貢献できる仕事を追及していきたい。

なお、入院中に二つ嬉しいことがあった。一つはサイトのリピーターの訪問者数のカウントがほとんど落ちていなかった、というよりむしろ増えていたこと。更新がない間もサイトに訪れてくれた方に心からお礼を申し上げたい。もう一つは雑誌WEDGEで、私のコメントを取り上げていただいたこと。恐らくは雑誌を見て当サイトにアクセスしていただいた方もいるようである。同誌8月号の『ファンドに豹変する証券会社が企業に弊害をもたらす』という記事でコメントさせていただいているので、ご興味のある方は、駅売店でWEDGEをお求めいただきたい。

入院生活を経て、いつなにが起こるかわからないということを深く思い知るにいたった。そのため、少しでも時間を有効活用するため、当ブログは冗長な「ですます調」を改めさせていただくことをご了承いただきたい。また内容についても、「サルでも分かる○○」的なものは、反応を見ながら減らしていくつもりである。逆境は私をますます強くする。そんな決意文で本日は失礼させていただくこととする。

Posted by Ken Kodama at 18:09 | Comments (2)

2005年05月31日

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ご質問

「5つの競争要因」「自動車」といったキーワードでの検索によるアクセスが昨日かなりあったようなのですが、なにか関連のテレビ番組でもあったのでしょうか?ご存知の方いらっしゃいましたら、興味があるので教えていただければ幸いです。

Posted by Ken Kodama at 20:17 | Comments (0)

2005年05月23日

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中学校の法教育

はじめて社会面の記事をネタにしますが、本日の日経新聞34ページには『司法入門に生徒白熱』との記事があり、私は興味を惹かれました。以下のような設定のもとで、生徒同士で議論をしてルールを作るというのが教育のカリキュラムのようです。

(引用始)
『住宅地にできた24時間営業カラオケ店のトラブル解決のため、店長や近所の人、利用客ら6人が集まってルール作りを話し合う』
(引用終)

この法教育を体験した生徒のコメントが素晴らしいのです!!以下に、引用します。

(引用始)
「一人ひとりが意見を主張し相手に伝えることは大切」増渕沙緒里さん(14)

「譲らなきゃいけないこともあった。ルールは偉い人が決めると思っていたが、みんなで話し合い納得するように作っていくんだとわかった。」坂本龍ノ介君(14)
(引用終)

特に、坂本君のコメントから、法教育のかなり本質に迫る内容が中学生に伝わったことが感じられます。ちなみに私が坂本君の気づきを得たのは、社会人になってしばらくたってからで、ルールは偉い人が決めるのだと思っていました・・・
裁判員制度開始をにらんで法曹界が主導している試みのようですが、「学校現場や文科省が必要性を感じない限りは浸透していかない(引用)」とはなんとも残念なこと。教育の現場に立っていらっしゃる方は生徒に最も近い場にいる反面、実社会から最も遠い場所にいる方でもあります。そうした方が必要性を感じるまで待つというのは、なんとも気が長すぎます。省庁の枠組みを超えて教育のカリキュラムを考える必要があるのではないでしょうか?
私がもうひとつ切に望むのは、「マネーリテラシー」に関わる教育です。年金の運用が国家と企業から外だしにされてしまったのですから、これは当然教育の現場で教えねばならないテーマだと思っています。あえて新しい科目を設けなくとも、『確率・統計』の授業の中で、リスクとリターンの関係や、分散投資の効果を説明するだけでも、大きな進展だと思うのですが・・・
「起業」に関する同様の教育が行われているという話を先日聞きましたが、それも経産省が旗を振っているとのことで文科省は関与していないようです。教育に思い入れのある首相の誕生を待たないと、抜本的な教育改革は望めないのでしょうか?

Posted by Ken Kodama at 21:05 | Comments (0)

2005年05月16日

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グリーンスパン VS ナベツネ

「私も卒業生の皆さんと共通の問題を抱えておりFRBの任期が終われば職探しをすることになるだろう(NIKKEI NETより引用)」

なんと、カッコいい去り方なのでしょう・・・私も長生きできるのなら、こういうおじいさんになりたいものですね。
もちろん冒頭の言葉は、現在FRB議長を務めるグリーンスパン氏の引退表明の報道からの引用です。「年功序列」という概念の希薄なアメリカにあって、60歳を超えて18年間、この要職を勤め上げたのには、ただただ恐れ入るばかりです。本日の日経新聞にはグリーンスパンの手腕を知る上で的確な一文がありましたので、以下に引用したいと思います。

(引用始)
『FRBの意図をたくみに市場に伝え、十分に織り込ませてから金融政策の変更を慎重に決断する手法も徹底した』
(引用終)

各国の中央銀行のトップの言動は、エコノミスト等の専門家達から日々ウォッチされるのですが、グリーンスパンの発言は、ウォッチしがいのあるものだったのではないのでしょうか?冒頭文からも彼の言葉のセンスを窺うことができますが、経済に関する経験・知識のみならず、ボキャブラリーがものを言うのがこの仕事でしょう。私は自分の文章に関して、構成力や分かりやすさという点からは、それなりの自信があるのですが、語彙量にいたっては、貧困そのものなので、見習って勉強したいと思います。
自らの辞任を、孫ほども年齢の違う「卒業生と同じ問題を抱えている」と表現するのは、少しキザな感じもしますが、日本の79歳からは絶対出てこない表現ですね。
で、本日のタイトルにある「ナベツネ」ですが、なぜグリーンスパンと並べたかといえば、同い年だからです。彼のセンスでは、「ピアスは清原より堀内の方が似合う」くらいが限界なのでしょうが、自分で並べておいて、なんだか日本人であることが恥ずかしくなってしまった次第です・・・

Posted by Ken Kodama at 19:01 | Comments (0)

2004年12月28日

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スマトラ島沖地震

他国の災害であると、なぜ、こうも鈍感になってしまうのでしょうか?昨日、このトピックでエントリーが書けなかった自分を恥ずかしく思います。今朝の新聞を見て、その被害の大きさを改めて実感させられました。

日本赤十字社では、また義援金を募集しています。皆様の暖かさを、アジアの同胞に差し伸べていただければ幸いです。

Posted by Ken Kodama at 09:58 | Comments (0)

2004年11月17日

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ライス氏国務長官に

ブッシュ米大統領が16日、パウエル国務長官の後任に側近のライス大統領補佐官を指名すると発表したとの報道です。当サイトのテーマとはかなり離れておりますが、個人的な思い入れからあえて取り上げたいと思います。
本日の日経新聞では、彼女が飛び級で大学、大学院を卒業し、彼女が「天才少女」であったことを伝えていますが、彼女のピアノの腕前については一言も言及していません。私の周りの知人もこのことをあまり知らない人が多いのでご紹介しておくと、彼女のピアノはプロ級で、なんとあのヨー・ヨー・マとの競演した経歴もあります。(このときの曲目はブラームスのバイオリン・ソナタだったのですが、なぜチェロではなくバイオリンなのか、ご存知の方がいたら、是非コメントかメールにて教えていただけると、非常に嬉しいです。)もちろん、ピアノを弾けることが政治的有能さに直結するものでは全くないということを、最も短命な某元首相を擁した我々日本人は身をもって知っていますが、それでもこうした多才な女性がアメリカの国務長官に就任するのは、なんとなく嬉しい気がします。
ライス氏がヨー・ヨー・マ氏との競演をしたときのアメリカ人の反応の一つとして、面白いエントリーを発見したので、拙訳を以下に記します。

『こりゃひどい。なぜかって、これほどまで聡明で思慮深く、かつ右脳と左脳のバランスのいい人が、どうしてあんな愚鈍な政策のどう猛な擁護者になってしまうんだい??』

私は多感なティーンの時期をスティービー・ワンダーやプリンスといったブラック・ミュージック一辺倒で過ごしましだが、そうした関係から人種差別等といった問題にも関心があり、今回のライス氏の異動は多くのアメリカ黒人女性にとって意義深い出来事であったのではないかと思います。
気が早い話ですが、ライス氏を2008年の大統領選の候補にしたいと考える人も多くいるようで、そうしたサイトも米国では人気があるようです。一方で、民主党の候補としての出馬の噂が絶えないのがヒラリー・クリントン氏です。2008年の大統領選が女の戦いになったら面白いですね。

Posted by Ken Kodama at 10:08 | Comments (0)

2004年10月27日

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新潟県中越地震への支援(続報2)

本日も大きな余震がありました。
新潟地震への義援金の寄付金控除に関する関心から、当サイトへのアクセスが増えています。
新潟県が窓口となる義援金については下記新潟県のサイトに寄付金控除が受けられる旨が明記されています。

新潟県中越地震災害義援金の受け入れ

また、寄付金控除の仕組みについては、下記FP総研さんのサイトの説明が分かりやすいです。

FP総研サイト

寄付金控除に関する同サイトの説明を以下に引用させていただきます。

『本人の所得や控除の状況により、異なってきますが、大雑把にいって、扶養一人として、給与700万円位までの人は寄附金控除額の10%、年収700万円から1300万円位までの人は20%が還付になります。』(引用終)

上記の記事は2001年10月2日現在に書かれたものですが、上記内容が大きく変わるような税法の変更は現時点までありません。

Posted by Ken Kodama at 13:56 | Comments (0)

2004年10月25日

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新潟県中越地震への支援(続報)

新潟県のサイトが、つながるようになりました。

● 新潟県中越地震災害義援金の受け入れ

税法上の措置としては以下が明記されています。

『所得税法第78条第2項第1号の規定に基づく寄附金控除、法人税法第37条第4項第1号の規定に基づく損金として扱われます。』(引用終)

つまり、平たくいえば個人の方であれば先ほど記述した寄付金控除を受けることができ、法人であれば損金に計上できるということです。

● 新潟県中越地震災害義援物資の受け付け

希望されている物資は保存食品、飲料水(ペットボトル入り)、 紙コップ、紙ざら、使い捨てカイロ等とのことですが、市町村への割り振りの都合から、まとまった単位での物資を希望しているとのことです。

Posted by Ken Kodama at 16:00 | Comments (0)
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新潟県中越地震

この度、地震の被害に遭われた方々にお見舞い申し上げます。
当サイトをご覧の方々は、何らかの貢献をしたいが、仕事の制約がある、という方々がほとんどであると思います。そうした方のために、ご参考になる情報のリンクを下記に用意しましたので、ご参照下さい。

【義援金募集窓口】
● 日本赤十字社
(現在まだ新潟地震関連での募集は掲載されておりませんが、過去の経緯から近々アナウンスされることと思います。)
● はてな義援金窓口
(「はてな」をご利用の方はポイントを義援金として送付できるようです。)

義援金に関しては、所得税の寄付金控除を受けられる可能性があります。所得税の寄付金控除の仕組みに関しては、こちらのFP総研さんの説明が分かりやすいのでご参照下さい。また、所得税の寄付金控除が受けられる義援金とそうでないものがあるので、関心のある方は、各窓口に直接御問い合わせ下さい。

現時点では新潟県庁のサイトは非常につながりにくく、また、今後義援金の窓口も多く設置されることと思います。

【地震関連情報】

● 新潟県中越地震情報
(地震関連のブログのトラックバックが集まっています。またこのサイトの左側には、地震関連サイトのリンクが収集されています。)

【ボランティアをお考えの方へ】

● 現在の防災ボランティア情報(BY 内閣府)
● ボランティアの心構え

また、日頃「CSRを実践したいが何をしたらよいか分からない」とお考えの企業の方も、困った状況にある日本国民を支援することは、それは十分立派なCSRの一形態です。この際に、是非ご検討下さい。

Posted by Ken Kodama at 10:49 | Comments (0)

2004年09月27日

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内閣改造

当サイトのふさわしい話題ではありませんが、改造内閣のメンバーが発表されました。私の個人的な感想は、ポスト小泉を配慮したメンバーになった感があります。谷垣、麻生、中川、町村、この辺りを小泉首相自身が、自分の後継にふさわしいと考えているのでしょう。小泉首相自身もそろそろ身の引き方を考えていることを匂わせます。
そして、個人的に「お疲れ様」と声をかけてあげたいのが、川口前外相です。マスコミや政治家からあれほど叩かれ続けたにも関わらず、淡々と、かつタフに仕事をこなされてきたのには頭が下がります。民間出身の方ですが、女性で一般企業で成功されるのは、