2004年10月18日

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悩ましい介護保険の費用負担

厚生労働省は大規模有料老人ホームに他の市町村から転入してきた入居者の介護費用について、転居前に住んでいた市町村に負担させる方針を固めたとの報道です。
この問題の背景には、当サイト過去記事でも触れたような、次に掲げる介護保険財政の仕組みにまつわる根本的な問題に起因しています。

①介護保険の財政は国民年金・厚生年金等とはことなり、市町村が単位となっている。なぜ、市町村が単位となっているかについては、介護は地域密着のサービスであるべきだ、との思想があるように見受けられる。市町村が財政単位となっていることから、当然、地域間格差の問題が生じ、保険料に極端な格差が生じていたり、介護認定の基準にも地域間の格差が報告されている。
②「介護施設の立地に相応しい地域」と「介護を必要とする老人が多い地域」とは当然に一致しない。したがって、介護施設に入居するために、老人が市町村を移動して転居することはよくある。
③上記の人口移動に伴い、「介護施設の立地に相応しい地域」に介護を受ける老人の流入が多くなり、当該地域の若年層にとっては、「あかの他人の老人が移り住んできたために、保険料が増加してしまう」という不公平感が生じてしまう。こうしたことから、グループホームの建設を市町村が抑制する動きが始まっている。

今回の報道は上記の③に掲げたような不公平感を除去するための措置といえるでしょう。ただ、日経のネットの記事では「大規模」有料老人ホームとなっており、グループホームの問題も視野に入れているかどうかは定かではありません。
ただ、このような措置を設けてしまうと、別の種の不公平感・不条理が生まれてくる可能性があります。すなわち、「私の住む地域の介護保険料は高いけど、その割に有料老人ホーム等の介護を受けられる施設が乏しい」といった類のものです。
いつまでたってもこうした不公平感が生じるのは、やはり介護保険の財政単位が市町村単位であるためなのでしょう。私は、介護保険財政も国でまとめて一つに移行すべきであるとの考えです。財政が一つにまとまれば、事務処理上のコスト減にも大きくプラスになると思われます。
最近、新聞で見かけることがあまりなくなってしまいましたが、年金・医療・介護等を総合的に考え直すという、社会保障協議会の健闘に期待したいところです。

Posted by Ken Kodama at 11:13 | Comments (0)

2004年09月06日

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介護保険改革の動向

介護保険の財政悪化に歯止めをかけるための改革案が本日の日経のトップを飾っていました。主なポイントは「①介護施設入所者から居住費用を徴収する②介護サービス事業者の指定を6年毎に更新しサービスの質を確保する③予防に重点を置き筋力トレーニングや栄養改善指導などの新・予防給付を導入する」、といったところでしょうか。
介護保険については、手探りの中、準備不足との批判も受けながら、トライ・アンド・エラーで試行錯誤を繰り返し、年金のように脳死状態になるはるか手前で、ある程度のスピードをもって、小刻みに改革を実施しているという点で評価できます。(もちろん、まだまだ改革のスピード向上の余地は十分あると思われますが)ただ、もちろん現状で満足してはいけないので、あえて批判をするとすれば、「新・予防給付」に関することになります。
介護保険の財政を圧迫させている最大の理由は軽度の要介護者の急増によるもので、軽度の要介護者の発生を最小限にとどめるために、予防給付を実施するというのは、論理的に極めて正論です。しかし、役所が行う筋力トレーニングや栄養改善指導なんて、聞いただけで、退屈そうではないですか?筋力トレーニングなどは、週何日か定期的に行ってはじめて効果が現れると思うのですが、お年寄りがそうした場に参加したいという誘因がなければ、成功し得ないプログラムだと思うのです。実施開始の2009年(準備にこんなに時間をかけていてよいのでしょうか?)までにはまだ時間がありますので、細部にまで細かい配慮をゆきわたらせて、効果的なプログラムになるよう、更なる政府の努力に期待したいものです。

さて、「介護」といえば、今の話題はモブ・ノリオ氏の「介護入門」でしょう。私は文芸春秋で読みましたが、ラップと大麻と介護を結びつけたという時点で、既に個人的な評価は高いです。文芸春秋紙には芥川賞選者の評があり、賛否両論、特に厳しい否定論が多いのに驚きましたが、最も痛烈な批判は河野多恵子氏の「祖母があやつり人形にしかみえなかった」という評であると、私は思いました。前回の「蹴りたい背中」といい、やはり芥川賞に選ばれるだけの小説は面白いですね。お時間のある方は、是非読んでみて、介護問題をソフト・ハードの両面から考える機会を持たれるとよいと思います。

Posted by Ken Kodama at 09:50 | Comments (0)

2004年07月17日

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他人事ではない介護

社会保障審議会による介護保険見直しの議論に関する報道が本日の日経新聞でありました。本日は、介護保険見直しの内容の詳細について述べるよりも、「介護は他人事ではない」ということをみなさんに、是非知っていただきたいと思います。
先の年金改革法案では、日本中が年金の話題で盛り上がりましたが、一方で介護の問題となると、新聞報道等も盛り上がりにかけてしまいます。報道が盛り上がらないのは、我々読み手に関心がないからです。なぜ、我々が、介護に関心がないかといえば、そもそも自分とは関係がないことと、楽観視している人が多いからだと思われます。つまり、老いて夫婦で縁側で日向ぼっこしながら緑茶をすすっているような老後は想像できても、我々の親や、まして自分自身が介護の対象になろうなどと、考えたくもないから、介護問題を直視しないのが実情だと思われます。
介護は本当にそんなに疎遠なものなのでしょうか?ここで、私が尊敬する介護の専門家である春山満氏著作の『介護保険 何がどう変わるか』から、若干古いデータではありますが、数字を引用したいと思います。
同著作によると、1998年に厚労省が発行した介護保険に関するパンフレットには以下のような記述があったそうです。
 ● 65歳以上の人で人生の最期に6ヶ月以上の寝たきり、痴呆、要介護を経験する人は50%を超えている。
 ● それらの人々の寝たきり・要介護状態の平均年数は5年7ヶ月である。
つまり、この数字が信頼たりうるものであれば、2人に1人は5年7ヶ月の寝たきりないし要介護状態となってしまうというわけです。
介護保険は、このような要介護状態になってしまったときに、金銭面でサポートしてくれる制度ですが、やはり年金と同じように財政面でかなり厳しくなりつつあります。官僚や一部の専門家の手に介護保険の見直しをゆだねてしまうのではなく、我々国民が目を光らせていないと、公的年金の二の舞になってしまうということを、肝に銘じておくべきだと考えます。
また、自分自身のファイナンシャルプランを作成するときにおかれても、親や自分自身の介護のリスクをどう手当てするのか、といった視点が重要になってくることを忘れないで下さい。

Posted by Ken Kodama at 18:32 | Comments (0)

2004年05月16日

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グループホーム増設に歯止め

厚生労働省は介護保険を使って高齢者に共同生活の場を提供するグループホーム(介護住宅)が特定地域に急増している問題で、市町村に設置を拒否できる権限を2006年度から認める検討に入ったとの報道
グループホームについて説明が要るかもしれない。グループホームとは主に痴呆症のお年寄りが5~9人で専門の介護スタッフとの共同生活を通じて、痴呆のケアをするもの。以前は痴呆症のお年寄りをベッドに縛り付けておくなどということもあったらしい。そうした扱いに比べて、はるかに人間としての尊厳を重視しているし、また、痴呆症状の緩和という観点からも絶大な効果があるらしい。食事の準備を共同で行ったり、リビングのようなスペースで団欒をしたり、そうした昼間の生活が適度な疲労を生んで、夜徘徊することも減少するという。
そんな素晴らしいグループホームの増設になぜ歯止めをかけるのかというと、問題は先日にも触れた介護保険財政に関係してくる。詳しい経緯に関しては、このサイトに譲るが、要はグループホームが充実している自治体に域外から痴呆症者が移り住んできて、その場合、介護保険金の支払いに備えるため、その地域の地元の人々の保険料が増加してしまうという現象が生じるためだ。
しかし、報道でも触れられている通り、この動きによって人間的な尊厳を大切にしたケアを受けられるはずだった痴呆症者が、そうでない治療を受けるなどということにもなりかねず、懸念される。
もとをたどれば、介護保険の保険者が国でなく市町村であることが問題なのだが、介護保険は果たして地域で行うべきか国で行うべきか、これは非常に難しい問題である。近い将来設立される社会保障協議会にて是非実のある議論を行ってもらいたいところである。

Posted by Ken Kodama at 17:40 | Comments (0)